初めての席替え
俺もエレナもそれぞれ仲のいいグループで近況報告をしあう。見渡すと元気だったかとか、何してたとかたわいもない会話でクラス中盛り上がっていた。
8時30分。予冷が鳴ると生徒たちは各々友人たちとの会話を切り上げ、自分の席へ戻る。しばらくして教室の戸が開き、スーツをまとった女性が中に入ってきた。しかし彼女の身なりは裾が出ていたり、腕まくりをしていたり、髪は整えられておらず長くのばされていると少しだらしないと表現せざるおえないような格好だった。
「私は竹内純子という。今年はこの一年A組を受け持つことになった。この学校に来てからそうたっていないがそれでも君たちよりかは長くいる。それなりにこの学校のことは知っているつもりだ。何かわからないことなどあれば、気軽に私のところに来てくれ。一年間よろしく頼む」
自己紹介を聞く限り、服装はあれだが悪い先生ではなさそうだ。
「では初めに出席をとる。自分の名前を呼ばれたら返事してくれ。では出席番号の一番から。赤坂ーー」
「ちょっとまってください!」
バン、と強い音がしてクラス中の注目が彼女へと移る。音がした後ろを振り返ると、竹内先生の声を遮るように、エレナが机に手をつき立ち上がっていた。
「何か言いたいことがあるのか、皆川?」
「はい。私はかねてよりこの学園に対して不満に思う点がいくつかありました。そのうちの一つ。なぜこの学校は席替えをしないのか。聞けばほかの学校では席替えを学期ごとに行っています。そうすることで周囲の環境を変え、生徒の学業に対するモチベーションの向上を図っているそうです。ところが我が学園は、席替えは無駄だという先入観を以て切り捨てて、これを行っておりません。
私たちは三年間席替えを行ってこなかった。しかし中学を卒業し、高校に上がったこのタイミングで。いや、このタイミングだからこそ私たちを取り巻く環境に変化を加えてみたい。試してみる価値は十二分にあると思います。どうか一考していただくないでしょうか」
エレナの訴えを聞いた竹内先生はしばし考え込むしぐさを見せる。腕を組んで首をかすかに横にし、思考する様子はさすが英経の教師だと感じさせる凄みがあった。
「確かに皆川の言い分は一理あるように感じる。先入観を以て物事を判断することを良しとは言えない。ということで私は試験的にこのクラスで席替えを行ってみようと思う。異論があったら言ってほしい」
ということでエレナの要望は通り、始業式の後に席替えが行われることとなった。
クラスの中からは席替えなんてめんどくさいことしたくないとか、後ろのほうの立地のいい席をめぐっていざこざが起きてしまうのではないかという意見も聞こえた。しかし席替えに対する興味が勝ったのだろう。そういった反対意見はごくごく少数であった。
席替え決定のほとぼりも冷めぬうちに、クラス一行は始業式が行われる体育館へと向かう。長い廊下を抜け、階段を降り、渡り廊下を進む。高等部に上がったため移動距離は少し長くなった。こういった小さな変化に、自分は高校生になったということを少しずつ実感させられる。
体育館につきクラスごとに所定の位置で整列すると、竹内先生から腰を下ろして待てと指示が出る。
しばらくすると教頭の司会で始業式が始まる。まず春休み中にあった大会等の成績優秀者が表彰される。次は校長のありがたいお話を聞き流す。最後に生徒部が体育祭に関する連絡事項を読み上げて退屈な始業式は終わった。
体育館から教室に戻る高校部一年A組一行の足取りは飛ぶように軽かった。周りからは新学期早々なぜあんなにテンションが高いんだ、と異様な目で見られたが、彼らに気にしている様子は全くなかった。