特に考えてない
いつもの通学路を行く。
路地を抜け、街中を抜け、山のほうに出る。少しばかり急な坂と格闘すること約十分。やっとそれは見えてくる。
見るものを圧倒する厳然としたたたずまいにはたたずまいには百二十年という長い歴史を感じる。事実、俺も初めてここに来た時にはこの校舎に圧倒されて圧倒されてしまってた。ここに通い始めてからもう三年もたつのでさすがに今では慣れたが。
国立英経学園。日本の未来を背負う人材を育てることを目的に設立された国内屈指の名門校である。そのためここには日本各地から医者や官僚、経済界の重鎮の子息など様々な人間が集まる。
例えば俺の前を歩くのは日本でも名の知れた総合商社の社長の娘だ。そこの男子生徒は財務相事務次官の次男。そして今俺の隣を歩いているのは――。
「ちょっと、車は出ないわけ?ここってまあまあ遠いから疲れるんですけど。というか私一応いいとこのお嬢様よね?どうにかならなかったわけ、和樹?」
現在、日本の経済界は三つの企業が特に大きな力を持っている。池林グループ、鳳グループ。そして皆川グループ。様々なビジネスに参入しており、携帯電話、医薬品、家電製品など多岐にわたる。系列起用も数知れず。そんな皆川グループの総資産は国が丸々一つ買えるほどだといわれている。
そしていま俺の隣を歩く彼女の名前は皆川エレナ。皆川グループのトップ、皆川幸宏の娘である。
陽光に反射してきらめく金色の長い髪。どこまでも透き通るように白い柔肌。物語の妖精のような人間離れした容姿。かわいいでもない。美しいでもない。それ以上の言葉が必要だ、と感じさせるほど彼女の姿は際立っていた。
おまけに品行方正、成績優秀、運動抜群の三拍子そろった完璧超人。どのようなことであろうと常に周囲とは一線を画す存在として君臨してきた。血筋的にも能力的にももう誰にも文句は言えない。それが皆川エレナという存在だ。
そんな彼女の問いかけにこたえる。
「仕方なかったのです、お嬢様。幸宏様のご要望だったので。一日くらいは車ではなく歩いて登校させたいとのことでした。もし警備面で不安があるのなら心配なさらないでください。不測の事態に備えて、見えないところで安田さんが見守ってくださっているので」
「お父さんのお願いならあんたは逆らえないものね。しかたないか。まあ、たまには歩きで学校に行くのも案外悪くなかったし」
「そうですか。そう言っていただけると何よりです。学校までもうすぐですね。もう少し頑張りましょうか」
「ええ。さっさといきましょ」
少し早くなった歩みに合わせて、俺もスピードを上げて彼女についていくのだった。