第8話 弱いということは……
「――……でよ、ホント、笑っちゃうだろっ?」
「ハハ、ちげーねぇー。にしてもよ、ソイツもホント情けね……」
――ドンッ!
「ぐおっ⁉」
「お、おい、大丈夫かよ?」
「ッ、いてーなっ、ボケッ⁉ どこ見て歩いてんだっ⁉ あっ、こら、待ちやがれ、このヤローッ‼」
普段なら立ち止まって平謝りする状況も、今はそんな声さえも耳に入らないほどに……。それこそまるで強弓より放たれた一本の矢の如く、行きかう人の波に逆らうかのように走り抜けていく。
「~~~~~~~~~~~~~~ッ‼」
汗とともにとめどなく溢れ出てくる涙……。そして、拭っても拭っても滲み出てくる情けなさ、悔しさ……‼
野次馬たちの、延いては仲間たちの嘲笑、罵倒といった悪意を直に受けたことによって、10年前のあの光景と今とが重なり居ても立ってもいられず、気が付けば、炒った玉蜀黍が爆ぜるように、僕は冒険者組合を飛び出していた。
別にどこか行く場所があって走り出したという訳でもなければ、それこそ頭の中はぐちゃぐちゃで……。
兎にも角にも、一秒でも早く、あの場から消え去ってしまいたかった。
あのままあそこに居たら、その場に崩れ落ちて泣き喚いてしまいそうだったから……。
かと言って、クビになったことについてもそうだが、この件で誰を恨むというよりも、何よりも許せなかったのは、自分自身に対してであった……。
「~~~~~~ッ、ぼ、僕が、僕がもっと強かったら……!」
そう、全てはその一念のみ……。自らの弱さに無性に腹が立ったんだ……。
僕がもっと強ければ、チームをクビになるようなこともなく、仲間たちとも上手くやれていた筈なのに……。
何より、チャモアたちにあんな事を言わせずにも済んだ筈なんだ……‼
全ては僕が弱かったばかりに、チャモアたちにもあんなことを言わせてしまったのだと……‼
彼らの本音を聞かされた上で尚、僕は彼らの事を恨む気持ちにはなれなかった……。
それ以上に、弱いという事がこんなにも悔しいということに生まれて初めて気付かされた気がした。
「くっ、ぐす、うぅぅっ、~~~~~~~~~‼」
こうして走ってる間中も、自らの不甲斐なさに涙が次から次へと溢れて止まらなかった……。
擦れ違う人々の奇異な視線さえも僕を嘲っているかのように感じてしまい、いっそこのまま消えてしまえたらどんなに楽だろう……。
そんな気持ちに苛まれながらも、全力でもって足を動かし続けていく。出来ることなら、いっそこのまま永遠に走り続けていたい‼ そんな衝動に駆られるも……。
僕は直ぐに現実というものを思い知らされることとなる……。
「――……ゼェ、ハァ……くっ、ハァ……」
かれこれ20分も走っただろうか? この時点で、僕の心臓はバクバク……。息も絶え絶え、ここまで走り続けた足に至っては鉛のように重く……。それこそ最早、走ることはもとよりまともに歩くことさえも困難な状況になってきていて。
「ぐっ……‼」
自らの体力のなさ……。この事実が輪をかけて僕を更に惨めな気分へと追いやっていく。
結局、最後はよろけるようになりながらも、半ば意地になって必死に足を動かし続けた結果、ついに限界を迎え、ピタリと足が止まった先はというと……。
「ゼェ……ハァ、ハァ……ハァ……。? ……――ッ⁉」
辿り着いた先は、キチンと区画整理された街の中心部なんかとは見た目からして違っていて、何といえばいいのか……荒れ放題?
建物一つとってみても、コレは……。ね、年季が入ってるといえば聞こえはいいけど……。そこかしこに酒瓶らしきモノが転がってるし、それに……。
「zzzzzzzzzzz……」
酔っ払いと思しき男性が先ほどから僕のすぐ横で熟睡なさっているし……。
「………………」
そこはかとなく、何ともいえない危険な匂いを醸し出している一帯……。
も、もしかして、ココって……う、裏街ってヤツですか?
勿論、意図的にココを目指していたわけでもなければ、あくまでも人気の少ないところを選んで走り続けた結果、ココへと辿り着いてしまったというわけなんだけれど……。
よりにもよって、それが裏街とは……。僕ってヤツはどこまで運に見放された男なのだろう……。
――裏街、そこは、グランベリーの街の西側に位置する一帯の総称であるとともに、別名、悪所とも称されている場所であり、地元民はもとより、冒険者であっても迂闊に近寄らない一種の無法地帯と化している地域だそうで……。
あくまでも噂話で耳にした範囲内での知識でしかないのだけれど、喧嘩、詐欺、麻薬、人身売買は言うに及ばず、挙句の果てには殺人までもが息を吸うのと同じような感覚で日々横行しているとか……。
それも被害者は一般人だけにとどまらず、冒険者であっても油断すればたちどころに食い物にされてしまうという正に弱肉強食の世界……。
ある意味、魔物よりも質の悪い人間が巣くう地域……。
そんな所へ肩書は冒険者とはいえ、まだまだ駆け出しの、それも最弱に近い今の僕なんか悪所の住民からしたら鴨が葱を背負ってやってきたようなもの……。
「……………………――ッ‼」
脳裏を過った最悪の映像に震えが走る。
只でさえ落ち込んでいるっていうのに、この上更に身ぐるみ剥がされるような目に合ったら……。
それこそ、先ほどまでの悩みすらも一瞬頭の中から消し飛び、サーっと血の気が引く思いがした。
「か、帰ろう……」
何某かのトラブルに巻き込まれる前に、とりあえず早々にこの場から離れようと踵を返そうとした時だった。
「――そこのアンタ、ちょっとイイかい⁉」
「――ッ(ギクッ)⁉」
突然の呼びかけにこれでもかと大きく身体をビクつかせると同時に、僕の足は石化でもしたかのように固まって動かなくなってしまう。
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