14話 悪役令嬢は謝られる
教壇にはもう人が立っていて、柔和な笑みを浮かべて私を席へと促した。
彼がルカ先生のようだ。
やっぱり見たことはないけど、かなりの美青年。早くも生徒の心を掴んだようで、女生徒の目がどこか蕩けている。
私を最後に全員が席に着いたと見えて、先生が頭を下げた。
「皆さま、はじめまして。私はルカ・メディルーナと申します。2組を担当する教員ですが、授業では魔法実技を担当することになっています。どうぞよろしくお願いします」
拍手が起こる。
いまのところ普通だ。魔法実技担当というのも、ゲーム時代も2組の先生が請け負っていた授業だったのでそちらも取って変わっていて違和感はない。
「では、ホームルームを行いましょう。早速明日からは授業が始まります。班になって行う授業も多いですから、ここで自己紹介をしてもらいます」
出席番号の若い順番に立ち上がって自己紹介を始める。
私は中盤くらいだが、必死に全員の名前と趣味を頭に叩き込まなくてはならないので必死だ。
友達を作る努力は惜しまない。
私の番が来て、少し緊張しながら立ち上がる。
「皆さま、ご機嫌よう。改めまして、シアン・ミラ・マーテラです。趣味は……そうですね、お菓子作りでしょうか。メイドのライラが得意で、よく教えてもらっています。機会があれば皆さまにも振る舞いたいと思いますので、気軽にリクエストをしてくださいね」
出来るだけ気軽に聞こえるように抑揚をハッキリさせて、全員と目が合うように教室中を見回しながら、話す。
みんな私の自己紹介を、やはりどこか緊張しながら聞いているようだ。
生まれた時から特別な身分と教育されているのだから、自分より上とされる立場の人間への感情はやはり複雑なものがあるのだろう。
とはいえアベルの演説の効果はあるようで、その緊張感のようなものはそこまで表面化していることもない。
アベルが公開告白などしてくれたことも彼らの意識改革の一助を担っているだろうか……
まぁ、あのまま進んでいると、私はみんなの意識の中でアベルのものみたいになってしまって、友達なんて夢のまた夢になってしまっていただろうからどうにも褒める気は起きないけど。
その点はエドに感謝しなければならなかった。
エドもちょっと自分勝手で、そこは怒りたかったけど。
ともかく私の自己紹介で拍手は起きて、私は再び着席する。
何人か自己紹介して、メイの出番が来た。
なんだか私も緊張してしまうけど、大丈夫だろうか……?
ガタガタっと慌ただしい音を立てて、メイが立ち上がる。
「は……はじめまして!! メイ・レスカンディと申しまふっ」
…………静寂が降りた。
思わず笑ってしまう人がいたらまだ救われたのだろうけど、あまりの不意打ちに皆固まってしまってそんな様子もなかった。
メイの顔が青ざめるのが見えてしまう。
「あ、あの……趣味は……」
多分、最初の挨拶で精一杯の勇気を振り絞ったのだと思う。そのまま勢いに乗れればよかったのに躓いてしまって、どうしたらいいかわからないのだ。
……これくらいの不幸、昔だったら見逃していただろうか。厄介ごとには関わらないのは日本人の鉄則だ。
でも、今の私は違う。
すっと立ち上がって、メイの席へと歩いていく。
メイは困惑したようだったけど、私が無理矢理に手を取って握ってあげると少し落ち着いたみたいだった。
色々考えてしまうからいけない。パニックになったときは一度さらに大きく混乱させてでも、思考を全て吹き飛ばしてリセットさせるのが大切だ。
「深く呼吸して?」
メイは素直に私の言うことを聞いて大きく息を吐いた。
「はい、大丈夫。落ち着いた?」
「はい! ありがとうございます、シアンさん」
「頑張ってね」
一言激励して、席に戻る。
ふぅ。
しかし、あまり過保護にしても彼女の成長の機会を奪ってしまうだろうか……
自分で操作していたキャラクターだしなんとなく愛着があるので居た堪れないとつい突っ込んでしまう。
とはいえ私の株も上がるだろうし、打算的に見ても今のは悪くなかったんじゃないだろうか。
そういうことにしておこう。
メイは気を取り直して自己紹介をはじめ、クラスメイト達はそれを静かに聞き入っていた。
? 何か、嫌な視線を感じる。
目立つことをしたので多少は覚悟していたがこの視線は少し異質だ。
敵意のようなそれは、先生から向けられていた。
……さて、どういうことだろう。
「シアンか。すまなかったな」
ホームルームが終わったので保健室に二人の様子を見に行ってみれば、アベルがすぐに謝罪してきたので私は面食らった。
「なんのことでしょう。保健室にお運びさせていただいたことでしょうか」
「いや、先ほどの演説のことだ。迷惑だった……のだろ」
……まさか、そのことで謝られるとは。
アベルの性格と世間知らず的に、良い悪いと感じる以前に何か誰かに迷惑をかけたかどうかなんて気づけまいと思っていたからびっくりだ。
多分、具体的に何がいけなかったのかはわからないだろうけど。
「迷惑……そうですね。迷惑といえば迷惑だったかもしれません。ですが貴方が悪いとは思っていません」
「どういうことだ?」
「ほかの人の心の内がわからない……のですよね」
アベルが驚いたのがわかった。
初期のアベルは行動力の塊だが自分の中の正しさしか知らない。常に肯定されながら生きてきたからだ。
屈辱のままに頭を下げるもの。好感を覚えながらも身を引くことを選ぶもの。
肩書の前に意志を捻じ曲げられる人々と接する中で、アベルは人をおもんぱかるという能力に欠如したまま大きくなってしまう。
しかしそれゆえの失敗や衝突も多く、主人公や仲間たちの交流の中で他人の心の内を理解することを身に着けていくのだけど、今はまだ、彼は人の心がわからない。
「それは貴方を取り巻く環境のせいなのです。貴方のせいではありません。同じ環境で育てば誰しもがそうなりましょう。であれば、貴方のことを責め立てることは無意味なのです」
例えば、赤子になぜ喋れないのかと問い詰めたり、教育を受けていない人に何故歴史を知らないのかと責め立てることのように。
しかしアベルは依然、納得いかないといった様子だ。
「しかし、迷惑をかけてしまったのは事実なのであろう。理由があれば迷惑は気にせぬとでも言うつもりなのか。それとも俺が王子だからそのように言うのか?」
「どちらでもありません。……私たち友達でしょ、アベル。友達だったら少しくらいのこと、大目に見てあげるものなんだから」
アベルは目からうろこが落ちたという感じでぽかんとしていた。
体面を繕うために、罰とか功績とかやむにやまれぬ理由とか、そういうものでしか貴族は人を許せない。
アベルもきっとその許し方しか知らなかったんだろう。
でも、これからは私が教えてあげるのだ。
友達として。
「友達、か。そういうものだったな、友達とは」
「ええ。だから気にしないで。エドが止めてくれたから大きいことにはならなかったし、もう私も気にしてないから」
「こうも優しさに甘えていいものだろうか」
「自分に厳しくするのはいいけど、他人の優しさには甘えないと。そうしないと、厳しいばかりで嫌になっちゃうでしょ?」
特にアベルは自分に厳しいしね。
勿論好意に甘えてばかりもいけないが、そんなことは言わなくてもアベルはわかってるだろう。
「……エドアルドか。奴にも手間をかけた。しかし奴も素晴らしい人間だな。よもや俺よりも強いとは」
「認めるんだ。勝負はうやむやになってたのに」
「事実を認められんほどの愚か者にはなりたくないと常日頃考えている。乱入してきたあのマントの人物も素晴らしい腕前だった。正体が気になるところだが」
「あっ! そういえばもしかして、私に迷惑をかけたかもなんて考えたのはエドの入れ知恵?」
「よくわかっているのだな。その通りだ。もっとも、本人はさっさとどこかへ行ってしまったが」
いきなりラグナの話をするからうっかり急に話題をすり替えてしまった。怪しまれないだろうか。
……しかし、なんとなくエドの行き先はわかるな。
多分だけど、ラグナに会いに行ったのだろう。
喧嘩になっていなければいいけど……。
全く攻略キャラ様たちは誰もかれもキャラが強くて、私の頭が悩みすぎてしまいにはパンクしてしまいそうだ。
「じゃあ、私エドのことも気になるから。またね」
「ああ。またな」
また、話をしてあげよう。
何がいけなくて多分どうすればよかったのか。
友達だから。