10話 悪役令嬢は外堀を埋められる
「えー、当校はですな。貴族のご子息ご令嬢をおあずかりさせていただくにあたり、さまざまな実績を残し、王家からもその実績を高く評価され続け今日に至るわけなのですが……」
話が長い!!
舞台脇でまた校長の長い話を聞かされている。
ちらっと生徒たちが座っているほうを見ると、どうやらほとんど寝てしまっている。
もしかして校長は催眠魔法の使い手なんだろうか……
アベルも、今度は椅子がないので寝られまいと思っていたらなんと立ったまま寝ていた。
器用なことである。
「シアンさん」
エドが小声で声をかけてくる。
「どうしたの? あんまりしゃべると先生から睨まれちゃうわよ」
「いえ、この後少し時間を作っていただきたくて」
「それくらいなら全然いいけど……」
「お願いします」
?
なんだろう。
もしかして、さっきの王子とのことをもっと言及されるのだろうか……怖い。
「では、これを持ちまして学校代表としてのですね。挨拶を終えさせていただきます。次は隣国マーテラからお越しいただきました、シアン・ミラ・マーテラ様からご挨拶がございます」
校長がその言葉を最後に降壇する。
私の出番だ。
「シアンさん、頑張ってください」
「ありがとう、エド。次はアベルの番だから起こしておいて」
「いや、起きた。気遣いは無用だ」
終わった瞬間に起きるなんて、アベルがすごいんだかあの校長がやっぱり催眠魔法でも使っているのか……
「じゃあ、行ってくるわね」
スポットライトの落ちるステージへと上がると、万雷の拍手が私を招いた。
驚くほどの歓迎ムードだ。
「わ、すごい……」
ちょっと感動してしまう。
こんなに誰かに歓迎されたのは、前世を含めても初めてに思う。
シアンの立場は微妙で、マーテラでも誰かに歓迎されるということがなかった。
だから素直に嬉しい。
マイクなんてものはないので、簡単な風魔法を使って遠くまで声を届ける。
さんざん練習したその口上を、聞きやすいように、早くなりすぎないように丁寧に。
「ご紹介にあずかりました。シアン・ミラ・マーテラです。ぜひ気軽にシアンとお呼びください。この度はこの学校の校長先生から招いていただく形でこの入学させていただくことになりました。クリスナー王家からも承認いただいており、ここでの経験が両国の親善の懸け橋、その一助になればとも考えています。これから三年間、皆様と勉学、剣術、魔法など、さまざまなことに精力的に励みたいと思います。皆様ともぜひ交流を深めたいと思っており、お声がけしていただけますととてもうれしく思います。私からお誘いすることもあると思いますので、遠慮などはなさらず気軽にお付き合いください。これからよろしくお願いしますね」
……よし、噛まなかった!
ぺこりと頭を下げるとまた拍手が起こる。
無難な挨拶になったが、反応を見る限りまぁまぁ高評価なはずだ。
「では。お次はクリスナー第二王子、アベル・ディ・クリスナー様からご挨拶がございます。引き続きご静聴をお願いいたします」
壇上を降りると、今更緊張で胸がドキドキしてきた。こんな大勢の前でスピーチした経験だって2回の人生で初めてだ。頭が真っ白にならなかっただけ自分を褒めてあげたい。
「良いスピーチでしたな」
「ありがとうございます、校長先生」
反対の方にはけて行ったので、先にスピーチをされていた校長先生と顔を合わせる。
「しかし、次はアベル様のスピーチですか……なんというか、心配ですな」
「彼は破天荒ですし、型破りですからね。少し会っただけですが心配というのは同感です」
しかし、どうなることやら……
そういえば、ゲームの時はアベルはどんなスピーチをしたっけ。
流石にそんな細かいところまでは覚えてないな……ゲームの入学式時点では彼はまだ主人公ともシアンとも会っていないわけだし、あまりキャラに関係するような話はしてなかったはずだけど。
考え事をしているうちに、どこか大げさな足音を立てながらアベルが壇上に上がった。
先ほど私が受けた拍手にもまして、激しい拍手が巻き起こる。
指笛なんてものまで聞こえてくる始末だ。清聴とはなんだったのか。
というかこの人達、貴族なのにノリが良すぎである。なんだかんだ言っても年ごろということなのか、あるいはアベルが人気なのだろうか。
「ははは、よいよい! 俺のスピーチである! 盛大に盛り上げるがよい!」
アベルも手を挙げて煽っており、まるで観客を盛り上げるバンドマンのようだ。
バンドコンサート行ったことないけど。
「うむ。では始めよう」
生徒たちがシンと鎮まる。
なんだこの統率……
「先ほど紹介に預かったが、俺はアベル・ディ・クリスナーである。この国の第二王子だ。いまさらと思うものもいるかもしれぬが俺は謙虚なので、すべての国民が自分を知っているなどとうぬぼれぬ故な」
自分でいうのは謙虚と言い難いのでは……?
むしろ彼は謙虚さとは程遠いところにいる気がしてならないのだけど。
「うむ。というわけで俺はこの学校で三年間、勉学に励むことになる。生徒として入学したからには同級生は同級生として扱うつもりであって王族貴族平民など関係がないし、先輩は敬おう。まだおらぬが、後輩には良き背中を見せられるよう日々の鍛錬を怠らぬ。みなも今一度、そういう意識を持ってほしい」
にわかに生徒たちから拍手が起こる。
つまりアベルは、学生という身分があるうちは身分のことを考えるなと、王族の立場から発言したわけである。礼儀を崩してよいのは地位の高いものが許したときだけ。生徒の中で身分の高いアベルが平等にと言っているのに、それよりも身分が低い貴族が敬語を使え礼儀を重んじろなどと言ったところで他の生徒からは失笑を買うだけに違いない。
当然高い位の貴族は苦い顔をしているが、アベルは気にもしていないようだ。
「まぁこれは俺から皆への願いだ。今まで貴族とちやほやされ、平民と虐げられていた人間もいように、いきなり変えろと言われても難しいであろう。俺が言いたいのは少なくとも、貴族が平民と普通に話していても後ろ指を指すような真似はやめよということだ。何も無理やりに親しくせよとまでは言うまい。かくいう俺も、すでに平民に一人友人になりたいものがいる。俺の次に、お前たちの代表として挨拶するものだ。それを嗤ったりするようなものがいれば、俺が許さん」
それはもしかしてエドのことを言っているのだろうか。
もしエドと仲良くなるためだけに牽制のようにこんな話をしたのであれば、私は嬉しいけど。
しかし、生徒は早々に説教じみた話を聞かされてどこかうんざりしたような顔をしている。
アベルの考えは私はいいと思うが、皆に支持されるようなものではないらしい。
入学式という人生の門出というタイミングの悪さも、それに一役買ったかもしれない。
「ふむ、皆退屈そうな顔をしているな。無理もあるまい。だがこれは俺にとって大事な話なのだ」
前置きをして、アベルがふぅと息を吐いた。
「……実は俺は恋をした」
瞬間。
フロアが熱狂した。
「ええい、鎮まれ鎮まれぃ! 俺も恋愛には初心である。そう盛り上げられては照れるではないか!」
開いた口が塞がらない。
あの人、全校生徒教員たちの前で、何を言っているんだろう?
ちょっと何言ってるかわかんないです。
脳が理解するのを拒否している。
ふぅー!! というはやし立てるような声がどこか遠くから聞こえてくるように感じる。
「相手は誰なのー!?」
女子生徒の一人が質問を投げかけた。
さ、流石に言うわけ
「いい質問だ。先ほど登壇し挨拶をされていた、シアン・ミラ・マーテラその人である」
女子たちの黄色い声が歓声に混じる。
──いやいやいや!!!
これ私もしかして、外堀埋められている!?
「つまりだ! 俺は王族である! 彼女もまた、王族である! 本来軽率にかかわっていいものではない、だが! この学園中は恋愛も学業も交友も、すべてを身分にとらわれることなく一人の生徒として節度を守り行おうということを俺はここで皆に表明したかったのだ!!」
アベルが腕を上に突き上げると、さきほどまでとは比べ物にならない歓声がホール中に響く。
同じことを言っているのにえらい反応の違いだ……完全にしてやられた。
確かに、アベルはゲームの時でも貴族の中でも位の低い主人公との交流のため、周りの貴族の認識を改めようと奔走するような下りはあった。
だけどこんな大規模じゃなかったし、あれは互いが両思いであることが前提としてあったイベント。今とはまるで状況が違う。
これではまるで外堀を埋められている!
私がアベルの誘いを学内で断ってしまっては、それを見た生徒からの嫌がらせは避けられないことは想像に難くない。それどころか男子生徒と話すことすら怪しい!
王子の想い人となれば、友達も作りにくい──私の目的から最も外れた展開に、目の前が真っ白になるような思いだ。
人目がなかったら吐いてしまっていたかもしれない。
そのとき、制服を着た一人の男が壇上に上がり、熱弁する万雷の拍手を受ける彼へと白い手袋を投げつけた。
「エド……?」
見たこともないような怒りを取り繕うともせず、体を震わせたエドが、アベルをにらみつけていた。