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プロローグ:前世の記憶

 藍色の髪の女は、青年の腕の中にやさしく抱かれていた。

 顔色は蒼白。すっかりと痩せた頬と四肢。かつて、学園で有数の美形とされていた面影さえ殆どなかった。


「……あぁ」


 声を漏らして少女が微笑むと、青年は今にも泣きだしそうな顔になった。


「おい、しっかりしろ。こんな風に……しおらしくして。らしくないぞ!」

「……ふふ。でも、そっちのほうが、お好みなのでしょう……?」

「馬鹿なことを……!」


 女が周りを見ると、警戒をあらわにした大勢の男がそこに立っていて、その真ん中に、同じくらいの年頃の女が立っていた。いつも微笑んでいるようだった優しそうな顔立ちは決意に満ち、長く美しかった金色の髪はざっくばらんに短く切られてる。


「シアン様……」


 優しい声だった。

 その声を聴くと、青年の腕に抱かれた時よりも安心してしまったことを感じて、女は──シアンは、自嘲する。


「……メイ。私、あなたのことが嫌いよ」

「ええ……私もです」


 そういって、二人は笑う。

 金髪の女──メイは笑いながら涙を流していた。


「シアン」


 真剣な表情で、青年がシアンの顔を見る。

 大好きな顔。最後にこの顔が見られてよかった。

 まして、こんな風に正面から見られるなんて夢のようで……


「俺は、お前のことが──」


 言い終わる前に、シアンは残った力を振り絞って青年の頭を抱き。

 唇を、合わせた。


「……あなたの心は、あるべき場所に。今のは私のわがままです」

「ぅ……」


 青年の瞳から涙がこぼれる。

 泣かせるつもりはなかったのに。シアンは少しだけ後悔した。

 青年の腕の内から出て、よろよろと立ち上がる。

 青年の腰にたずさえてある剣を抜きながら。

 その剣の刃を首に押し当てたところで、腕が止まった。


「……たくないなぁ」


 ぽつりとつぶやく声が、全員の耳に届く。


「終わりたく、ないなぁ……どうしてうまくいかないんだろうって。ずっと出口のない迷路を迷ってるみたいだった……せっかく、やっと、一つ、うまくいくかもって思ったのに……」


 嗚咽に近い言葉を聞いて、誰も口を開けなかった。

 いたたまれず、顔をそむけた。

 唯一、メイだけがシアンの顔を見つめていた。

 今にも泣きそうできっとみられたくないその顔を。


 シアンがメイに剣を渡す。


「やって」

「……はい」


 どうして自分がとは聞かなかった。

 最後の願いはかなえねばと思った。どんなものであっても。


「ごめんなさい」

「なんで謝るのよ。馬鹿ね」


 シアンが笑う。

 メイが剣を振りかぶり、そして。


「ありがとう」


 囁くような言葉とともに、暗転した。









「「「うおおおおおおおおん!!!」」」


 泣き声を通り越し、もはやいななきのような鳴き声だった。

 特殊ED曲がしめやかに流れ始め、手もとのハンカチがぐしゃぐしゃになっている。

 しばらく部屋に嗚咽が響き、次回予告も終わり、限界女達はようやく限界感情を抑えることに成功する。


「無理……」

「メイがやるほうかぁ……私自害のほうが好きだったなぁ」

「多分円盤特典でやるでしょ。買うし教えてあげるわ」

「いいなー、富豪。私作画怪しいから若干躊躇するわ……」

「声優さんの演技に十分金出せちゃうと思うけどなあ」

「私この巻だけ買おうかな……」


 そう。これはアニメ。

 ゲーム原作2クールアニメ、『シックザールの雫(シクシズ)』終盤の名シーンである。

 主人公の住む国『クリスナー』の隣国の姫であるシアンは主人公であるメイ(ゲーム中では自由入力)を邪魔する性格の悪い女。だが、他のルートではお邪魔虫として役割を終える彼女がトゥルーエンドでは主人公に心を開くのだ。

 そして判明する真実。彼女(シアン)はみんなのために死を選ぶ──


「うおォ……ちゅらい……」

「相変わらず、みぃさんの推しって死ぬよね」

「死神すぎる」

「今回は違うから! 死んだから推しになったんだから!」

「もっとどうかと思うけど!?」


 談笑している間も、私の感情は何度か臨界点を達し、ほろりと涙が零れる。

 私たちはネットで知り合ったシクシズファンで、ネットを介して毎週地上波同時視聴をしていた。

 私こと【みぃ】の推しはシアン。トゥルー以外のルートでの憎らしさが死にざまで裏がえって、思いっきり好きになってしまったのだった。

 アニメ化が決定してからは、トゥルールートだからやるかさえわからなかったこのシーンが楽しみで楽しみでほかの二人にうざがられるほどであった。


「はぁ……良かった……」

「推しが死んでこんなに喜んでる彼女はいささかサイコなのでは?」

「いつもの」

「やかましいな!」


 いくら私の推しが頻繁に死ぬとはいえ、死んで喜んでるなんてだいぶ人聞きが悪い。それに。


「死ぬってなったほうがスポットライトが当たって盛り上げてくるでしょ。死なないキャラはそういう掘り下げとかないし、死んじゃうキャラが推しになるのは仕方のないことなの」


 死ぬキャラは待遇がいい。過去編をばっちりやり、心情描写にきっちり尺を割き、華々しい演出とともにストーリーをプレイしている人に傷跡を残すのだ。なんの出番もなく忘れられるくらいなら、いっそ華々しく死んでくれとさえ思う。……弄られるので言わないが。


「まぁそういう理屈もわかるかな~。じゃ、私そろそろ寝るね」

「私も」

「明日木曜だもんね……おやすみ!」


 当然深夜アニメであるので、リアタイ視聴は社会人にはいばらの道。

 現在午前2時。瞼が限界を訴え始めている。

 通話を切り、布団へと潜り込む。


「あ、Twitter巡回……明日でいっか。おやすみ……」


 きっと、この回を待ち望んでいた神絵師たちがファンイラストを描いてくれているはず。

 そんな期待に胸を膨らませて、眠りについた。









 そんな前世(かこ)を、思い出した。

 シアン(わたし)は吐いた。

読んでいただきありがとうございます。

なんとなく連載を始めてみましたので、ぜひ感想などお聞かせ願えると幸いです。

大いに参考にさせていただくと思います。

何卒よろしくお願いいたします。

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