第二章 事情と思惑 その4
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狩猟会当日。
ホストであるランチェスター侯爵家の血族が、招いた貴族たちともに予定を順調にこなしている頃。
白き祓魔師と黒衣の魔術師は、自分たちが間借りしている召使い部屋に引き篭もっていた。そもそも招待客ではないというのが表舞台に立たない理由であるが、キサマには賢者の学院導師としての身分が、貴族たちの噂になって騒がれることを避けたいという理由もあった。
「『容貌偽装』を使ってもいいのですが、出歩かないのがいちばん無難です」
そしてアリアバードにも、法王府の公式声明――ランチェスター家には誰も派遣していない――を覆すわけにはいかないという事情があったので、
「あなたは、それでなくても注目を集める容貌なのですから、私以上に貴族たちに騒がれます。あいつは何者だ。と素性を詮索されるのは、避けたいところでしょう?」
というキサマの助言を受け入れて、一緒に引き籠ることにしたのである。
「僕は古代語魔法を修得してないし、『変装』の技術も必要なかったから。『開錠』ならまだしも……」
仮に法王府の祓魔師だと暴露たところでカシウスやヴィリーが、その政治力を発揮して問題をなかったことにするだろうが、それはそれで別種の面倒ごとを呼び込むことを、アリアバードは経験から熟知していたのであった。
部屋に引き篭もる十分な理由があった二人であったが、そのことに不平不満を感じはしなかった。それはアリアバードにとっては任務中にアンデットが活動し始めるまでの待機と、キサマにとっては研究室での没頭と同義語でしかなかったのだ。
朝の祈念と瞑想を終えたアリアバードがそろそろ食事にしようかと思い始めた頃、部屋の片隅の壁から白い光の粒子が現れた。それは少しずつ集まって規模を大きくしながら、やがて人の姿を型取った。
黒衣の魔術師であった。
キサマが部屋に出現すると、アリアバードは言った。
「賢者の学院に、苦もなく『瞬間移動』ができるなら、学院の正装礼服を持ってきていないなんて、言い訳にもならないよね?」
「だから言ったじゃないですか。来客の応対が面倒くさいです。と」
アリアバードの嫌味に、キサマは臆面もなく本音を言った。貴族たちには、知らぬが仏。自分は学院で講義をしており、ここにはいないという設定を、キサマは楽しんでいた。
「で、学院から何を持ってきたんだい?」
「この前の大規模『火炎防御』に関する生徒たちのレポートです。採点と助言を書き記して、返却しなければいけませんから」
「確かに、来客の応対に時間を取られたくないな。息抜く暇もない」
アリアバードは、天を仰いだ。
「そうでもありませんよ。息を抜く時間は作り出せばいいのです。重要なのは……」
キサマは一呼吸おいた。
「重要なのは、心身のリフレッシュをする貴重な時間を、暇つぶしだと勘違いする輩に邪魔をさせないことですね」
「……」
自分のバカンスを叩き潰して仕事をねじ込んできた人物が、そのセリフを言うのか。同情して損をした気する。アリアバードのこめかみと頬は少し引きつった。
狩猟会の3日間が過ぎ去り、最後の招待客が帰路につくと、アリアバードとキサマはようやく引き篭もりの生活から脱却し、ヴィリーの執務室に姿を現したのだった。
アリアバードが扉を開けて執務室に足を踏み入れると、群青色の鎧を纏った赤髪の青年がヴィリーの側に立っていた。彼がアランさんなのだろうな。アリアバードが推測を巡らせていると、ヴィリーが紹介を始めた。
「改めて紹介する。母上の護衛騎士アランだ」
「初めて知己を得ます。アラン・サヴァリシュと申します。以後、お見知り置きを」
赤髪の青年は一礼した。ヴィリーと並んでも遜色ない整った顔立ちをしているが、エリザベートの護衛を務める第一の騎士である。その実力は推して知るべきであろう。実力が拮抗する数多の騎士の中で、アランが第一の騎士として選ばれたのは、その顔立ちがエリザベートの好みだからである。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「ご丁寧なご挨拶。恐れ入ります」
アリアバードとキサマが挨拶を返したことが合図になって、作戦会議は始まった。
パーティ構成は各自の戦闘技能が被ることがなかったので、すんなりと決まった。デュラハンを迎え討つ場所は正面出入口の玄関ホールと定められた。デュラハンが必ず玄関を通過するのはわかっているので、出入口で待ち伏せをするのが効果的だからだ。貴族の別邸であるこの屋敷の玄関ホールは、5人組の集団が武器を振り回しても、まだまだ余裕がある大空間であった。
方針が決すると、真紅の貴公子は鎧を身につけ始めた。そして両手剣を帯剣する。群青色の鎧の騎士は片手剣と大型の盾を手にした。白き祓魔師と黒衣の魔術師も、それぞれに準備を整える。
決戦は今宵。一方的に殺害予告をしてきた無礼なアンデットを返り討ちにする。それが、地位も職責も異なる彼らがこの場に集まった理由なのだ。
夜が天辺を超えた頃。
ランチェスター家の別邸の外れ。森との境。
突如、漆黒の点が現れたと思うと、見る間に巨大化して、紫電とともに空間に穴を穿った。
漆黒の穴の中からゆっくりと現れた黒鎧の騎士。だが、首から上にあるべき頭部はない。頭部は左手に抱えられていた。黒鎧の騎士は、漆黒の穴から完全に抜け出すと、予告を実現するべく、別邸に剣先を向けた。
首なしの騎士は、ふたたび訪れたのだ。