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第二章 事情と思惑 その3


  3


 キサマが希望した部屋に、アリアバードも居を構えることにした。元々は召使い用の空き部屋だったところである。賢者の学院の導師という格で言えば、貴賓用の客室が相応しいのだが、


「前回と違って来賓ではありませんし、学院の正装礼服も持ってきていません。それに来客の応対が面倒くさいです」


 と断ったのだった。


 アリアバードも、


「僕はもともと平民だし、ヴィリーも狩猟会で忙しいだろ」


 と言って、ヴィリーに召使い側の部屋を希望したのであった。キサマの部屋に転がり込んだのは、連絡をとるのに移動するのが手間だからという理由である。


 とは言うものの、召使い用の部屋に主人であるヴィリーが赴くわけにもいかなかったので、アリアバードとキサマとヴィリーによる対デュラハン戦の三者協議は、自然とヴィリーの執務室で行われることになった。


 それは太陽が夜の緞帳の向こう側へ消えて、さらに時間を重ねたあとのことであり、幾つもの予定をこなし切った多忙なる執務室の主、その日最後の予定であった。


 アリアバードとキサマが執務室を訪れると、ヴィリーは二人に着座するように勧めた。彼らが椅子に腰を掛けると同時に、ヴィリーの傍付きの少年がコーヒーと小菓子を乗せたワゴンを押してきた。


 傍付きの少年が、礼式に則った配膳をしようと肩肘を張っている様を見て、アリアバードは、そんなに畏まらなくていいのにと思った。そして柔和な微笑みを傍付きの少年に向けると、


「そんなに緊張しなくても、大丈夫だよ」


 と、優しく言った。


 傍付きの少年は、安堵して表情を崩しかけたが、ヴィリーの眼前であることを思い出し、礼式が型崩れになってはいけないと、なんとか緊張感を取り戻した。


 配膳を終えた傍付きの少年が控えの間に下がると、ヴィリーは容器の蓋を開けてシロップを取り出し、コーヒーに入れた。彼は、その気性に似合わず大の甘党であった。


「領内で採れたメイプルシロップだ。お前たちも使うか?」


「せっかくだから、頂戴しようかな」


「私は、遠慮します」


 黒衣の魔術師以外のカップには、さらにクリームが追加され、内容物なかみはいわゆるコーヒー色に染め上げられた。


 一呼吸おいてから、アリアバードは語りだす。


「デュラハンのことだけど、いくつかの討伐失敗例によると、夜の天辺を超えるころに何処からともなく現れる。最初は屋外。それから玄関を通過する。そして対峙する障害を排除しながら対象の元へ訪れる……」


 それから、過去に任務に失敗した生き残りたちによる証言をアリアバードは語る。


「……そして、返り討ちに失敗した時は、対象が惨殺され、デュラハンは首級を上げてから、何処へと姿を消す……」


 それは法王府に記録として残っているもので、冒険者たちがデュラハンと対峙した記録は、成功例も失敗例も数に入っていない。


「返り討ちにすることが要点なんだけど、僕は回復兼攻撃補助、キサマは火力後衛、ヴィリーは攻撃前衛……」


 アリアバードは、パーティ構成の不備を指摘した。


「……このメンバーで、誰が防御前衛を担ってくれるんだい?」


「母上に、護衛の騎士のアランを借り受けた」


「そんな根回しをしてたのか」


 淡々と語るヴィリーに、アリアバードは驚きを持って返した。ここにいる三人だけで強行すると思っていたからだ。


「俺たちが崩壊したら、標的が俺でない限り誰かが犠牲になる。そのときは母上にアラン一人が付いていても意味がないからな。ランチェスター家の名誉のためと言ったら、不承不承、受け入れてくれたよ」


 出自からして大貴族であるエリザベートにとっては、自分とヴィリー以外の召使いたちが死んだところで大したことではなかった。だが、ヴィリーは渋るエリザベートに対して、貴族として最も重要な点――家名の誉れを付いたのだ。殺害予告をしてきたアンデットを退け損ねて犠牲者を出した、などと不名誉を社交界で口にされるのは、貴族にとって――例えランチェスター侯爵家でなくても――永劫の屈辱なのだ。


「それから『石の従者』も用います。同時に三体製成して、三体一組の盾にします。数は力ということで」


 キサマが補足して付け加えた。


「『石の従者』を含めれば五人(?)か。アランさんと『石の従者』が防御前衛、ヴィリーが攻撃前衛、僕が遊撃兼回復、キサマは火力後衛。パーティの安定感が増したね」


「あなたを前に出すのは気が引けるのですが」


「仕方がないさ。他に『滅却』を使える人間がいない」


 神聖魔術『滅却』。アンデットの動作を停止させ、完全に滅ぼすための魔術。『滅却』自体は比較的初級の魔術なのだが、これを打ち込まないと、アンデッドは肉体がバラバラになっても、釣り上げられた魚のような仕草でいつまでも動き続ける。これを滅ぼすには、大きな炎で焼き尽くすか、太陽光を浴びせるか、『滅却』を撃ち込むしかない。デュラハン級のアンデットになると、魔力付与された武具か魔法でなければ傷つけられない上に、殲滅するためには『滅却』を使える人間が必要だからである。


 キサマが懸念しているのは、アリアバードが『滅却』のために余力を残さざるを得ないことと、遊撃とはいえ前に出なければいけないことであった。


 アリアバードの戦闘法は、『神力付与』と『滅却』を駆使した体術である。そのため防具は鎧ですらない革の服とズボン。動作の緩やかなゾンビやグールといった低級アンデットなら、その実力差から触れられることなく一撃で『滅却』できるのだが、デュラハン相手にはそうはいかない。パーティを組み、『高速浮遊』を使い、尚且つ正面切って戦わないとはいえ、長剣を振るうデュラハンの前では、アリアバードの防御力は「ペラペラ」と表現しても過言ではなかった。


 アリアバードはキサマの懸念を受け止めながら、彼が安心得られるように言葉を続けた。


「腕の立つ騎士が二人もいるんだ。デュラハンの注意を逸らすとき以外は、回避と回復に専念するよ」


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