第一章 祓魔師は海都にて その4
4
「おおよその状況と、我々の希望は理解して頂けたと思います」
「場数を踏んだ経験豊富な回復役がほしい。だろ?」
アリアバードは、飲み干したコーヒーカップを小指に引っ掛けながら、キサマを指差して、回答する。
「御名答」
「……君たちも大変だね。でも、あいにくと僕は休暇中なんだ。法王府に話を通すといいよ。デュラハン相手なら、きっと凄腕の神聖騎士をコンビで派遣してくれる」
アリアバードは、友人の苦境より、自らのバカンスの計画を優先させる意思を示した。薄情なのか。友人たちの実力を信頼しているのか。
「あなたは、そう言い出す。と思いまして、既に法王府で手続きを済ませてきました。こちらが、その書類。カシウス枢機卿には、渋ることなくサインして頂けました」
部署のトップの名前を出されたアリアバードの表情が、歪んだ。
黒衣の魔術師は懐から折り畳まれた紙を取り出すと、アリアバードの前に広げて、差し出してみせた。
アリアバードの薄緑色の瞳は、紙に書かれた文字を追いかけ始めた。
『特命 祓魔師アリアバード殿
貴殿に、ランチェスター侯爵家に呪いをかけたデュラハンの退治を命じる。貴殿の全力をもって、依頼主に助力されたし。
なお、この文章を読んでいる時点で、当任務を受諾したものと理解する。
法王府退魔部統括 枢機卿カシウス』
アリアバードの脳内に、養父でもあるカシウスの親しい者にだけ見せる人を食ったような笑顔と「じゃあ、あとは任せた。大丈夫。お前なら問題ない」というノリの軽い口調の声が、追加で再生された。
「あの人は……」
両拳を握りしめ、顔を俯けて震えるアリアバードに、
「我々は、別に宿を取りました。明日、朝食が終わるころに、また此処に来ます。これは『施錠』の指輪です。それでは、明日の朝まで良い夢を」
と、キサマは言って、コーヒー代と壊した扉に再び鍵を掛けるための魔法の指輪をテーブルに置くと、ヴィリーと共に宿屋ヴォストークを後にした。
このような経緯で、祓魔師アリアバードの無断バカンスの計画は、上司である枢機卿と友人である魔術師の取引によって、出発地として定めていた海都フォン・ブラウンに辿り着いたところで、頓挫したのだった。
物語は、ここまでです。
続きはシーンの矛盾を突いたり、設定を考えながらなので、遅筆になります。