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第五章 トアル村 その3


  3


 アリアバードとエミリーがトアル村に到着してから3日が過ぎた。その間、ふたりの祓魔師は準戦闘態勢を維持していた。つまり昼夜逆転の生活である。


 変化が起こったのは、完全な新月まであと数刻という夜だった。


「エミリー。あの方角に黄色く光っているアレは何だと思う?」


 エミリーはアリアバードの指差す方向へ視線を向け、さらに目を凝らしてみた。しかし、新月が作り出す暗闇以外を見出すことができなかったので、


「先輩。わたしには何も見えません」


 と、答えるのが精一杯だった。


「ほら、あれあれ」


 アリアバードは、さらに指差してみせたが、エミリーはいいえと首を振ることしかできなかった。


 エミリーの否定を受けても、アリアバードには黄色く光る何かが視えていることに変わりはなかったので、


「だんだん近づいてくる」


 と、エミリーに状況の説明を続けた。


 さらに幾許(いくばく)かの刻が流れた後、アリアバードは『聖なる光』を使うことに決めた。相手がアンデットであればダメージになるし、そうでなくても闇を払えるから正体がはっきりする。エミリーとともに肉眼で確認し、状況を共有することを優先したのだ。


 エミリーに意図が伝わるように、敢えて呪文の詠唱を行う。もちろん射程を延ばす術式も組み込むことも忘れない。


「『聖なる光』」


 前方上空が青白い光で輝き、辺りが照らされた。


「ゴブリン!」


 エミリーは驚愕した。


「見た目はそうだけど、グールだね。よく見て。『聖なる光』で焼かれだしてる」


 アリアバードは、冷静にグールの体表から煙が出ていることを指摘する。


 そのような状況下でも、ゆったりと動きながら近づくことをやめないグールを前に、恐怖を感じる祓魔師たちではなかった。アリアバードは相手がどのように動いても対処できるような構えを取り、エミリーはメイスを前方に突き出す。


 そこから先は対等の戦闘ではなく祓魔師たちの一方的な無双劇であった。とくにアリアバードは流麗とも表現すべき動きで、エミリーがメイスで一体のグールを『滅却』する頃には、残りのグールを跡形もなく消し去っていた。グールたちにとっては、『触れること叶わず(アンタッチャブル)』という名の、まさに蹂躙であった。


 戦闘を終えて一息ついたエミリーがアリアバードに尋ねた。


「先輩に見えてた光って、アンデットのオーラだったんですね。いつ精霊魔法を修得したんですか?」


「僕、精霊魔法は使えないよ?精霊も視えてないし」


 アリアバードは、エミリーの指摘を否定した。


 それでも、エミリーは自身の主張を曲げなかった。


「でも、遠くから視えてたのは、アンデットのオーラだったってことですよね?」


「とりあえず、そういうことにしておこうか。結論のでない話は後回し」


 アリアバードは、エミリーの主張を受け入れつつも、自身に起きつつある変化について深く考えることはしなかった。仮に、エミリーの主張どおり精霊魔法の能力に目覚めつつあるとしても、検証を重ねるには人手が不足していたから。


「任務が終われば、考える余裕もできるさ。今は目の前のことに集中しよう」


 アリアバードはエミリーに促しながら、グールたちがやってきた方角へ視線を向ける。


「……とは言え、何処からやってくるのか足跡を追いかけるのは、陽が昇ってからで十分か」


 あっさりと前言をひっくり返して、アリアバードはエミリーとともにトアル村へと引き返すのであった。




 翌朝。


 と、表現するのかが悩ましい、グールを返り討ちにしてから数時間後。


 短いながらも休息を取ったアリアバードは、神殿で留守を預かるオスカーにグールたちの出所を突き止めることを告げると、早々に村を発った。


 夜半過ぎにグールを蹂躙した村境を目指す。


 戦場に着くと、そのとき自分の立ち位置を思い出しながら、グールがやってきた大凡(おおよそ)の方向に当たりをつけた。幾つか残る足跡の中から自分とエミリーのものを除外する。そして、残された複数の足跡から特徴的なものを選び出して、注意深く追跡を開始した。


「先輩。『足跡追跡』は、わたしたちが行う必要があるんですか?」


「技能をもった協力者を雇うのが確実なんだろうけど、何時もそんな人がいるとは限らないからね」


 そういった理由でカシウスに鍛えられたとアリアバードは語る。


「……こっちか」


 エミリーには何の変わり映えもしないように見える平地を、アリアバードはときどき独り言を口にしながら進んでいく。


 何度か方向を確かめながら、さらに平地を進み森の中を抜けていくと小さな湖の(ほとり)にたどり着いた。


 とつじょ現れた湖は、畔から離れてしまうとすぐに森の中に入るように存在していた。川の水が流れ込むことも、また流れ出すこともなく、その姿はまさに孤高であった。向こう岸には崖が見えるが、そこまで周囲を歩き切るには、それなりの時間がかかりそうだった。


「こんなところに湖があったなんて」


 川を遡ってきたわけではないから、湖の出現にエミリーは目を見張った。


「そうだねぇ」


 アリアバードはエミリーに同意しているはずなのに、その間伸びした声は驚いた様子を表現できていない。


「足跡は湖に向かって右側から迂回してきている」


 足元を見ながら、確認するようにアリアバードは一人語()ちる。


「……ということは、向こう側に何かあるのか」


 視線を向けても、その先に見える湖と森は揺らめくことすらせず、何も語ることはなかった。

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