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第十七幕 解語の妖花(Ⅱ) ~ヴィオレッタ・アンチェロッティ

「ここが、件の悪女の屋敷か……。流石に豪勢だね」


 大きな屋敷を見上げながらマリウスが呟いた。立派な塀付きの門構えで、外から見ただけでも金が掛かっていそうだと判別できる。広さも結構な物だ。中にはどうやら池まであるようだ。


 ハイランドならともかく、この辺境の州においてはここまで広い屋敷もそうそう無いだろう。マリウスがそう思いながら眺めていると、横からエロイーズがジトッとした目で見つめてきた。


「……今、私の家とは正反対だと思いました?」


 マリウスは心底ギョッとしたようにエロイーズを見た。


「え、ええ!? そ、そんな事思ってないよ!? それにエロイーズは理由があって小さな家に住んでいたんだし……」


 また何か機嫌を損ねてしまったかと大慌てで弁解するマリウスの姿に、エロイーズは再び口元に手を当ててコロコロと笑った。


「うふ、うふふ! 冗談ですわ、マリウス様。そんなに必死に弁解しなくても大丈夫ですわ。うふふふ!」


「え……」

 可笑しそうに笑う彼女の姿にマリウスは呆気にとられた。


「さあ、運良く屋敷の主は在宅中のようですから、早速面会を申し込みましょう」


 そんなマリウスを置いて、楽しそうに笑いながらどんどん屋敷の門を潜って中に入っていくエロイーズ。


(ふぅ……エロイーズの冗談って判りにくくて怖いな……)


 内心で大きく嘆息しながら、マリウスはその後を追って屋敷の中へと足を運んでいく。





 屋敷の家令にたっぷりと付け届けをしたのと、エロイーズの名前がこの街でも知られていたらしいのが功を奏して、その日の内に屋敷の主人である女性に面会する事が出来た。


 広い応接間で出された茶や菓子を摘みながら待っていると、部屋の扉が開いた。



「……待たせたかしら? 私がこの屋敷の主のヴィオレッタ・アンチェロッティよ」

「……!」



 マリウス達はすぐに立ち上がって出迎えた。同時にマリウスは、入ってきた人物――ヴィオレッタに目を奪われていた。



 ――妖艶、という単語が頭に浮かんだ。



 リベリア人らしい黒色の長い髪を豪華なかんざしで留め、眠たげに細められた目元とふっくらした唇は何とも言えない色香があり、目尻のホクロがそれに拍車を掛ける。


 またこれもリベリア人らしい健康的に日焼けした白い長身を、豪奢ながらかなり際どいデザインの衣装に包んでいた。


 胸元が大胆に露出してその大きな胸を強調し、また長いヒダ状のスカートは腿の付け根までスリットが入っており、歩く度に丸みを帯びた魅惑的な脚がギリギリまで剥き出しになる。


 エロイーズを含めたこれまでの3人の女性とは全くタイプの異なる、何とも蠱惑的な大人の色香溢れる美女であった。それでいて実年齢はマリウス達とそう変わらない――彼は女性の年齢を一目で見極める特技があった――ようだ。


 彼女の姿を一目見たマリウスは、絶対に、何が何でもこの美女を同志にしたい、と強烈に決意していた。


「お初にお目に掛かります。私はハイランドはロージアンのマリウス・シン・ノールズと申します。以後お見知りおきを」


 正式な挨拶を送る。帝国では怪しい者ではないという出自を示す為に、名前の前に出身都市ホームタウンを挙げるのが通例だが、他の州にいる時は出身州も一緒に挙げる事になる。


 これは他所の州の都市の名前まで知らない人もいるという事で、相手に気遣い配慮するという意味合いを含んでいる。


 隣ではエロイーズもお辞儀をしている。


「私はフランカはコルマンドのエロイーズ・ギャロワと申します。どうぞ宜しくお願い致します」



 これでヴィオレッタには改まった用件だという事が伝わったはずだ。案の定彼女は少し興味深そうな様子になる。


「あらまあ、これはご丁寧に。……貴女がエロイーズ? 『コルマンドの女相場師』の噂はこのリベリア州にも届いてるわよ? 随分やり手らしいじゃない」


 ヴィオレッタの視線を受けてエロイーズはニッコリと微笑む。


「いえいえ、私など……。実質的にこの街の舵取りをされて、周辺都市と渡り合っていらっしゃるヴィオレッタ様に比べれば非才の身にございます」


「……!」

 ヴィオレッタの眠たげな目が若干見開かれる。凡人は彼女の事を悪女と認識するばかりで、彼女がこの街で果たしている役割には大抵気づかない。


 これは私達の話を聞く価値がある、というエロイーズからの遠回しなメッセージが隠されている。


 果たしてヴィオレッタはそれに気付いたようだ。先程よりも興味の度合いが上がっている。エロイーズもまたその事を察して満足気に頷いた。やはりこのヴィオレッタは、見た目とは裏腹に頭が切れそうだという確信を得たのだ。



「……ふぅん。面白いわね、あなた達。……いいわ。それじゃ用件を聞かせてもらおうかしら?」



 応接テーブルの対面のソファに、長い脚を組んで腰掛ける。スリットスカートがずり下がってその蠱惑的な太ももが付け根まで露出される。


 自分達もソファに座り直したマリウス達だが、マリウスはその魅惑的な光景から目を逸らして話に集中するのに、意志の力を総動員する羽目になった。


「おほん! あー……ありがとうございます、ヴィオレッタ殿。本日お伺いしたのは……」


 咳払いして気を取り直したマリウスは、自分の目的が旗揚げである事。その為の同志を集める為に旅をしている事。そして……ヴィオレッタにも是非とも同志となって欲しい旨を熱心に語った。



 ヴィオレッタは流石に驚きで目を丸くしていたが、やがて納得したように頷く。


「なるほど、旗揚げ、ねぇ……。確かに今の帝国の現状を考えたら、野心があるなら一旗揚げようと考える人がいても不思議はないわねぇ」


 そこで彼女は妖艶に微笑む。


「でも……よりによって私を勧誘しようだなんて、随分物好きなのねぇ? 女だっていう事は勿論だけど、街で私の評判も聞いているでしょう?」


 そして手を広げて自分の部屋を仰ぐ。


「それにこんな贅沢な暮らしをしている私が、わざわざ好んで浪人になりたいと思うかしら?」


 当然といえば当然のヴィオレッタの反応。しかしマリウスは頭を振った。ここは理屈ではなく熱意と勢いで攻める。


「街での評判は関係ありません。戦は勿論、国作りも政治も綺麗事だけでは成り立ちません。エロイーズの言う通り貴女の能力こそが重要なのです。こうして貴女と直に会って話をする事で私は確信しました。貴女は私が国を作り天下に乗り出していく為に欠かせないお人である、と……」


 ここで一旦言葉を切り、ヴィオレッタの目をじっと見つめる。


「……それに、貴女はとてもお美しい。このリベリアに咲き誇るデイジーの如き貴女の美貌も、その能力も、こんな一地方都市で腐らせていて良い物ではありません。どうかこのマリウスと共に歩んでは頂けませんか。こんな街ではなく天下・・を貴女に差し上げてみせます」


「……!」

 ヴィオレッタが半ば呆気に取られたような表情になる。ここまで大言壮語を自信満々に堂々と宣言する男もそうは居ないだろう。しかも……



(……自分で彼女の勧誘を勧めておきながら、少し複雑な気分ですわね……)


 エロイーズはマリウスの様子を見ながらそんな事を思った。



「……いつの間にか、ただの口説き文句になってるわよ……?」 


 少し上目遣いになったヴィオレッタが小さな声で指摘する。心なしかその頬や耳に赤みが差しているような気がする。……もしかしたら見た目や言動とは裏腹に、意外とその辺の経験は少ないのかも知れない。


「あ、これはまた失礼を……。しかし私は本気です。それ程までに貴女が欲しいと思っています」


 マリウスは謝罪しながらも一切目を逸らす事なく、ヴィオレッタを見つめ続ける。彼女の顔の赤みが増々大きくなる。


 ヴィオレッタは平静を装いながらソファにもたれ掛かった。


「……ここまで面と向かって口説かれたのは初めてかもねぇ……。まあ……悪い気はしないけど……」


 と、小さな声でボソボソと付け加える。そしてしばらく何か考えるような仕草をした後に顔を上げる。


「そう……ねぇ。あなた達面白いし、正直興味はあるわ。本当に旗揚げして天下を目指すっていうのなら手を貸してあげるのもやぶさかじゃないんだけどねぇ……」


 やや歯切れの悪い様子になる。エロイーズが少し目を細める。


「……何かここを離れられない『訳』がありそうですね?」


 するとヴィオレッタは苦笑いの表情となった。


「流石に鋭いわねぇ。ええ、そうよ。私には目的があるの。その為にこの街で必死に成り上がってきたのよ。例え悪女という噂を立てられようともね……!」


 ヴィオレッタの表情が再び変わる。今度のそれは……



「もう少しで『アイツ』に手が届きそうなのよ。だから今立場を捨てて、あなた達と共にここを出ていく訳には行かないのよ……!」



「……!」

 マリウスは彼女の表情に見覚えがある事に気付いた。それは……ブラムニッツで見たアーデルハイドのそれと同種の物……即ち、憎悪・・の表情であった。



「……アイツ、とは?」


 慎重に問いかけるマリウスに、彼女はかぶりを振った。


「駄目よ。あなた達には関係のない話だわ。私は誰も巻き込む気は無いの」


「その問題が片付く事で貴女が我々の同志になって頂けるなら、それはもう私達の問題でもあります。ねえ、エロイーズ?」


 マリウスが同意を求めるとエロイーズも笑みながら頷いた。


「ええ、その通りですわ。もし我々でお力になれる事であれば、是非ご協力させて下さいませ」


「……確かに協力者がいてくれれば格段にやり易くはなるけど……本当にいいの?」


 しばらく考え込んでいたヴィオレッタだが、やがてそんな風に切り出した。半信半疑という感じだ。マリウスはここが肝心とばかりに神妙な表情で頷く。


「勿論です。それに同志云々の話をさておいたとしても、美しい女性の力になれる事は私の喜びでもあります。是非とも協力させて下さい」


 椅子から身を乗り出さんばかりの勢いでマリウスが意気込むと、ヴィオレッタはちょっとその勢いに押されるようにして身を引いて、引き攣った笑みを浮かべた。


「そ、そうなの……それはいい心掛けね。……な、何だか調子が狂うわね。まあ良いわ。却って信用できそう」


 ヴィオレッタは表情を切り替えた。合わせてマリウス達も居住まいを正す。



「どこから話したものか…………私はかつて、こことは別のとある街の太守の娘だったの。特に面白みもない平凡な街だったけど、少なくとも穏やかで平和な街だったわ……」


 ヴィオレッタは昔を懐かしむような表情になった。しかしすぐにその表情を一変させる。



「あいつが……ミハエルが来るまでは……!」

「……!」



 その双眸に憎悪を滾らせたままヴィオレッタの話は続く。


「ミハエルは旅の行商人を名乗り、他所の街の太守の紹介で父とも面識を持ったわ。そして珍しい品物の数々とその巧みな話術ですっかり父に気に入られた。奴はそのまま街で官吏の職を得たの」


「…………」


「ミハエルは非常に知恵の回る男で政治や軍事にも造詣が深くてね……。父の信用を得たミハエルは次第に街の政治を乗っ取って好き放題やり始めた。それでいてアイツは父を巧みに隠れ蓑にしていて、お陰で『圧政』のツケは全て父に回ってきた。そして反乱を起こした民衆の手で父は……!」


「……!!」

 それがヴィオレッタの憎しみの源泉か。


「ミハエルは散々蓄えた私財を根こそぎ持って街から逃げたわ。その民衆の反乱すらアイツの仲間が煽動した物だったと今では解っている。でも当時は私も幼く愚かで、父と同じようにすっかりアイツに騙されていたの。気付いた時には手遅れってヤツよ」


「…………」


 ヴィオレッタの話は佳境に入っている。それが悟ったマリウスもエロイーズも、一言も口を挟む事なく聞き入っていた。


「そしてその後、ミハエルは同じ田舎の都市をターゲットに、似たような詐欺行為を繰り返して金と力を蓄えている事が分かったのよ。だから私はこのトレヴォリに目を付けたの。立地的には私の故郷の街から離れていて、かついかにもアイツが狙いそうな条件が整っていたからね」


「……なるほど。それで先回りしてこの街で立場を築いて待ち構えていたわけですね? 復讐・・の為に……」


 そこで初めてエロイーズが確認するような口調で尋ねた。ヴィオレッタは頷いた。


「そうよ。今度は私がアイツから全てを奪ってやるの。そして最近になって遂に、狙い通りミハエルがここの太守に接触してきたのよ! もう少しなのよ! だから今ここでやめる訳には行かないのよ。私の復讐と、これまでこの街で努力してきた年月の為にもね……!」


 喋っている内に興奮してきたらしく、一気にまくし立てるような勢いでヴィオレッタは己の事情を話し終えた。



「……ありがとうございました、ヴィオレッタ様。事情は解りました。……マリウス様、宜しいのですね?」


 エロイーズがマリウスの方を振り向いて確認する。マリウスは神妙な表情で頷いた。


「ああ……つい先程、清濁併せ呑むと決めたばかりだ。ヴィオレッタ殿の復讐に手を貸すとしよう。それに話を聞く限りそのミハエルという男、放置するのは危険そうだしね」


「畏まりました。……ヴィオレッタ様、そういう訳で我々も協力させて頂きたく思います。もし具体的な計画がお有りでしたら今の内にお聞かせ下さい。摺り合わせを致しましょう」


 ヴィオレッタは2人の言葉を聞いて、再び驚きに目を見開いていた。どうやら復讐なんて馬鹿な事は止めろ的な事を言われると思い込んでいたらしい。


 だが2人が本気である事を悟ると、やがて決心したように頷いた。


「……あなた達が本当に協力してくれるというなら大分楽になるわね。解ったわ。それじゃ話すけど……これを聞いたらもう完全に後戻りは出来ない、というかさせないわよ?」


 それは当然の条件だ。マリウスもエロイーズも勿論覚悟は出来ていた。


 そしてヴィオレッタは、その場で『計画』の説明に入った……


次回は第十八幕 解語の妖花(Ⅲ) ~背徳の詐欺師ミハエル

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