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第十二幕 真紅の麗武人(Ⅱ) ~アーデルハイド・ニーナ・ヴァイマール

「失礼。あなたがヴァイマール殿ですね? 私はマリウス・シン・ノールズと申します。宜しければ是非あなたのお力にならせて下さい」


 アーデルハイドが私兵に指示を出して一時的に単独になったタイミングを見計らって声を掛ける。


「むっ? 何だ、あなたは? ……悪いが今は浪人などに構っている暇はない。失礼する」


 マリウスの方を振り向いたアーデルハイドは、胡乱げな目を彼に向けたかと思うと素早くその風体からマリウスの素性を読み取って、馬鹿にしたように鼻を鳴らしてきびすを返そうとした。


「おいっ! 随分な言い草じゃないか!! 偉そうにしてるけどアンタだって浪人だろっ!?」


 その侮辱的な態度に反応したのは、マリウスではなく勿論ソニアだ。今回は大人しくしていると約束はしたが、相手から挑発的な物言いをしてきた場合は話が別だ。


 だが食って掛かるソニアの姿をチラッと一瞥したアーデルハイドは、今度は不快げな表情で顔をしかめる。


「ふん、女連れとは……。浪人ではなく、遊び人の間違いであったな」


「こいつ……! いい度胸じゃないか……」


 更なる挑発に表情を無くしたソニアは、スゥッと目を細めて前に出ようとする。だがそれをマリウスが手で制した。


「よせ、ソニア……。ヴァイマール殿、不躾だった事はお詫び致します。見た所、賊の討伐に向かわれるご様子。こう見えて私も彼女も剣の腕には覚えがあります。是非ともご協力させて下さい」


 自分達が協力する事で一秒でも早くその用事が終わるなら、それに越した事はない。それにアーデルハイドは見るからに武人気質のようだ。ならばここで武芸達者ぶりをアピールしておく事で印象を好転させられるかも知れないという狙いもあった。


 挑発的な態度にも激昂する事なく紳士的に対応してくるマリウスの姿に、アーデルハイドは少し意外そうな顔をして若干だが態度を改めた。


 だが同時に難しい顔でかぶりを振った。


「ただの賊ではない。…………ドラメレクだ」


「ドラメレク? それは……賊の名前か何かでしょうか?」


 マリウスの問いに答えたのは、アーデルハイドではなくソニアであった。



「ドラメレクって……まさか、【賊王】ドラメレクの事かいっ!? この近くにいるのか!?」



「知ってるのかい、ソニア?」


 滅多な事では動じないはずのソニアが畏怖を持ってその名を呼ばわる事に違和感を感じたマリウスが聞いてみると、ソニアは神妙な表情で頷いた。


「噂だけはね……。残虐無道、悪鬼羅刹。奴が率いる軍団に狙われた村は女子供まで容赦なく皆殺し。何もかも奪い尽くし、殺し尽くし、焼き尽くす……。奴が通った後には草木も生えないって話だ。それでいて武芸軍略に優れ、今までにも何度も官軍の討伐隊を返り討ちにして撃滅してるらしいよ……」


「……!」


 そんな凶悪極まる剣呑な輩がこの近場を根城にしているというのだろうか。確かにこのガルマニア州は北にはハイランドと共通の壁であるデュアディナム山脈が聳え、他にも大小様々な山岳地帯を要する、山賊には都合が良い地方かも知れないが……。


 アーデルハイドが厳しい表情のまま首肯する。


「その通りだ……。間違っても興味半分で関わっていい相手ではない。命が惜しくば今すぐ立ち去る事だな」


 静かな口調でそう言うアーデルハイドの姿に、マリウスは激しい違和感を覚えた。


「そんな危険な相手と解っていて何故あなたは戦いを挑むのです!? 官軍も倒すような相手に私兵だけで挑むなど余りにも無謀です!」


 アーデルハイドはマリウスの方をキッと睨む。


「ここの太守も刺史も、他の街との戦を理由に兵を出そうともしない! 奴等はドラメレクと戦って兵力を無駄・・に消耗する気など無いんだ! それが解っているから賊共は増々付け上がる! 民を守る為には私がやるしかないのだっ!」


「……!」


「それだけではないぞ……? 私はな……10年前、ドラメレクに自分の村を滅ぼされ目の前で妹を殺されたのだ! 妹はたった6歳だったんだぞ!? なのに奴は全くお構いなしに刺し殺したんだっ!!」


「……ッ!!」


 アーデルハイドの凛々しく美しい顔が、醜いとさえ言える憎悪と殺意とに歪む。それを見たマリウスは息を呑んだ。アーデルハイドが凄絶に笑う。


「私が私兵を率いて賊を討伐して回るようになった全ての切欠だ。私はここ数年ずっと奴の行方を探していたのだ。そしてやっとその所在を掴んだ! ……奴だけは私が殺す。例え刺し違えてでもなっ!!」


「…………」


 マリウスはその激情に飲まれたかのように、言葉もなく息を詰めて固まっている。そのマリウスの様子に、アーデルハイドは更に暗い笑みを深くする。


「……興味半分で関わるなと言った理由が解ったか? 私に何用であったかは知らぬが、諦めて帰る事だな。これはあなた達には関わりのない事なのだから」


「…………」


 アーデルハイドはそれだけを告げると、もう話は終わったとばかりに身を翻した。そして既に出陣の準備を整えていた兵士達と共に、馬に乗って街を出立していった。


 マリウスは一言もなくただ黙ってそれを見送るのみであった。





「……行っちまったね。で? どうすんだい? 柄にもなく黙りこくっちまってさ。思いの外深刻な話だったんで萎縮でもしちまったかい?」


 宿へ帰る道すがら、先程から一言も喋らず深刻そうに何かを考え込んでいるマリウスに、ソニアが少し挑戦的な口調で問いかける。


 するとマリウスはゆっくりと顔を上げてソニアの方を見た。


「……駄目だよ」


「あん?」


「やっぱり彼女をこのまま放っておいては駄目だ!」


 その目には確かな意志が宿っているように見えた。それを認めてソニアが口の端を吊り上げた。


「……ま、そうだね。あの女、このままじゃ確実に死ぬだろうね。私怨で目が曇っちまってる。普段どれだけ優秀か知らないけど、あれじゃとても冷静な指揮なんて無理だろうさ。その辺の賊相手ならともかく、敵がドラメレクじゃ遥々自殺しに行くようなモンだ」


「――彼女にあんな憎悪に満ちた顔をさせていては駄目だ! 彼女には……もっと勇気と誇りに満ちた凛々しい笑顔こそが相応しいはずなんだ!」


「は、はあ!? な、何だって!?」


 ソニアは自分の耳を疑った。


(か、顔? 今、顔って言ったのか、コイツは!?)


 てっきり死地に向かうアーデルハイドを救う為に加勢を決意したのかと思ったら……! 


「僕達も行こう! 彼女にあんな顔をさせていてはいけないっ!」


「あ、ちょ、ちょっと! ……ったく! そんな理由かい!」

(……ま、アイツらしいっちゃらしい、のか?)


 一目散に宿に向かって駆けていくマリウスの後ろ姿を追い掛けながら、ソニアは妙に納得したような心持ちになってしまうのであった……


次回は第十三幕 真紅の麗武人(Ⅲ) ~怨讐の末路



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