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6話 猫と女神のこれから

 気の強そうな、しかし美しい猫。


 アリエルの変わり果てた姿を見て最初に抱いた感想が、それだった。



「アリエルを猫ちゃんにしてみました!」



 書棚の前、布かれた陣の中心に転がる赤い毛並みの猫を指さし、女神は笑う。

 楽しそうだった。

 しかし、ボクは楽しいと思えない。



「猫になるのを罰みたいに言うニャ。小便ひっかけるニャ」

「あわわわ……! 待って! 待って! 勇者の見た目で小便ひっかけないで! わたくしに猫をバカにする意図はありませぇん!」

「……うさんくさいニャア……」

「猫の姿にしたのは、ヒトの姿を剥奪しただけです。そして、もう一つ――面白いことを思いつきまして」

「どうしたニャ」

「この猫アリエル、猫のあなたから見てどうですか?」

「栄養状態がよさそうだニャ」

「そうではなく、美猫だったりしません? 見てくれはよかったですからね」

「するニャ」

「お相手としては?」

「『お相手』とは?」

「子孫を残すの、お好きでしょう? そのお相手としては?」

「発情してから考えるニャ」

「……そっか、猫はそれがあったか……」



 女神はガックリと肩を落とした。



「まあ、発情期じゃないものは仕方ない……じゃあ、発情期が来るまで、暗闇にでもしまっておきましょうかね」

「暗闇にしまう?」

「なにもない空間に閉じ込めておくという意味です」

「それは『危害を加える』ことにならないのかニャ?」

「なりますね」

「いいのかニャ?」

「今のアリエルはヒトではないのでやりたい放題です。お尻に『炸裂弾』とか詰めることだって可能ですよ」

「……女神のルールも抜け道があるもんだニャア」

「このあとアリエルには猫を孕ませて、猫にしか欲情しないようにして、それからヒトに戻そうかなって」

「殺さなくていいのかニャ?」

「殺すのはいつでもできますよ。生き恥をさらさせる方が先です」

「なるほどニャア。ボクはてっきり、復讐とは殺すことだと思っていたのニャ。色々あるもんなんだニャア」

「大事なのは、『苦しめること』と『破壊すること』ですからね。尊厳や性格、努力他大事にしているもの……すべてを剥奪すること。それが復讐です」

「勉強になるニャア」

「では、復讐の連鎖を止めに行きましょう」



 女神はアリエルをどこかへ――手も触れず、どこか暗い場所へと投げ入れ、言う。

 あいつの言葉はあいまいでわかりにくい。

 ボクは女神の説明不足を責める。



「お前の言葉は意味が不明だニャ」

「あなたの言葉も油断するとすぐ『ニャ』に戻りますよね」

「もう復讐は終わったはずだニャ。アリエルはもういいはずニャ。だったらボクの体も早く猫に戻してほしいのニャ」

「まあ、それはあなたの力なんで念じれば戻りますが……まだアリエル関連は終わってませんよ」

「ボクの発情期が来るまで取り置きなのは知ってるニャ」

「そうではなく……言いませんでしたっけ?」

「なにをだニャ?」

「『九族殺せば復讐の復讐は起こらない』」

「……」

「この城には幸い、アリエルの親戚が集っています。今のあなたなら猫の姿でもそれなりの力を奮えますが、やはり勇者の姿でやった方がいい。メイドや家令、衛兵たちにその姿をさらして、大陸中に喧伝してもらいましょう。――『蘇った勇者が復讐を開始した』と」

「なるほどニャア」

「ああ、でも、アリエルの母親だけは残しておきましょう」

「一番近い親族なのに、なんでだニャ?」

「猫を産む娘を見せてあげないと」

「うーん、お前、性格悪いニャア。ボクの知る女神っていうのはもっとこう……」

「わたくしがもし女神として堕落したのならば、それは、勇者が亡くなったせいです」



 銀髪の、幼い容姿のメスは笑っていた。

 ヒトの大きさとなり、ご主人様の姿をとった今のボクだからわかるけれど――

 女神の笑顔には、安心感を覚える。



「ずっと、勇者とともに世界を見守っていました。彼を通して世界を救ってきました。……その彼を、この世界の人々は裏切ったのです」

「……」

「わかりますか? 勇者を裏切り殺したというのは、わたくしの半身を殺したも同然です。世界を救おうとした我々を殺したも、同然なのです。……いくら温厚で知られるわたくしといえど、激怒して当然では?」

「お前に温厚感は感じたことないニャ」

「猫には難しいかもしれません。……わたくしが、力のほとんどをあなたに移譲したのは、この復讐に対する覚悟の現れです。わたくしがこの復讐に賭けた思いの強さ……勇者にさえ半分しか渡さなかったわたくし自身の力をほぼすべてあなたに移譲したことから、わかってください」

「つまり、今のお前は弱いのかニャ?」

「そうですよ。わたくしはあなたにだけ干渉できるし、あなたはわたくしに干渉することができる。あなたが今、わたくしを裏切り殺せば、わたくしの力を総取りできます」

「……」

「やりますか?」

「猫は道理と恩と、義理を知るニャ」

「……」

「お前はムカつくうざい女神だけれど」

「こらこらこら。かわいらしく美しいですよ、わたくし」

「……お前がご主人様のために怒っているのは、わかるニャ。それをボクは嬉しく思うニャ」

「じゃあ、わたくしと一緒に、世界に復讐をしましょうね。全人類を滅ぼすほどの復讐を」

「それはダメだとお前自身が言ってなかったかニャ?」

「男女を最低ひと組は残さないといけませんからね。世界はヒトによって観測されますから、ヒトを完全に絶やすわけにはいかないのです。世界を守護する女神としてはね。だから全人類を滅ぼす『ほどの』復讐です。『滅ぼす』復讐ではなく」

「……なんだかニャア」

「では改めて――よろしくお願いします、猫」

「……よろしくニャ、女神」



 ボクらは互いに手を取り合った。


 ボクらのこの手はきっと、猫には難しい色々な『しがらみ』を断ち切っていくのだろう。

 すべて断った先に、いったいなにがあるのか――


 ……思いを馳せては、みたけれど。

 未来のことを考えるのは、やっぱり猫には、難しい。

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