4話 アリエルへの復讐2
――種を明かせば、こういうこと。
「あなたの姿を勇者にします。その方が、きっと、復讐される側はおどろくでしょう。言葉も大事だから、一時的に通じるようにしておいてあげますね」
「なるほど、サプライズなのニャ」
「ですから、あなたも勇者のように振る舞ってくださいね。……間違えても語尾に『ニャ』とかつけないこと」
「そんな語尾つけたことないニャ」
「……猫語を翻訳する過程でわたくしの耳には『ニャ』が聞こえるだけなのかもしれませんね。まあとにかく、台本は用意しますので、わたくしの言う通りに」
「お前の『台本』にある筋書きこそ、ご主人様の最も望む復讐方法なのかニャ?」
「間違いありません。わたくしと勇者は一心同体です」
「お前はご主人様ではないニャ。お前とご主人様は別人だニャ」
「……もののたとえですよ。心が深くつながっているのです。だから、彼の考えていることはわかります」
「そうか。まあ、任せるニャ。猫に復讐は難しいからニャア」
「ええ、お任せください」
……そんなわけで、ボクはご主人様になった。
それが一番、いいらしいから。
◆
「ッ……だ、誰かッ……! 誰ッ」
「おっと」
「ェグォ!?」
早速工程を一つ忘れてしまっていたので、慌ててこなす。
たしか、最初は――
「喉をつぶす――悲鳴が上がらないように。復讐を邪魔されないように。あと、魔法使いだから、魔法を封じるために。しかしデコピン一発で潰れるもんなんだニャア」
「……」
「あれ、つぶしすぎたかニャ? 顔が真っ青だニャ。おい女神、どうしたらいいかニャ?」
スゥ、と空間から銀髪のメスが歩み出てくる。
子供のような体格を、透けそうに薄い白のワンピースで包み、厚底サンダルで身長を誤魔化している翼の生えたメスだ。
「ああもう、あなたは……もう少し加減してくださいよ。一瞬で終わってはダメなんですから」
「そう言っても、ボクはヒトの喉を潰した経験がないんだニャ。デカイ生き物のくせしてずいぶんもろくてびっくりしてるんだニャ」
「今のあなたは生前の勇者の倍は強いんですから。……ほら、死ぬ前に治癒を。うまく調整できればいい感じに喉がつぶれた状態にできますよ」
「魔法だニャ。ボクは猫だけど魔法使えるのかニャ? 魔法ってヒトだけのもののはずだニャ」
「使えますよ。そのために人化させているんですから。というか――一人称は『ボク』ではなく『俺』! それから語尾とかに『ニャ』をつけない!」
「……もうめんどくさいからお前やれニャ」
「わたくしは加護を与えたあなた以外に干渉できないんです! 言葉責め一つとってもあなたに任せないといけない……それに、人類に直接危害を加えることができないって、言ったでしょう!?」
「わかったニャ。怒鳴るニャ」
「……ニャ?」
「わかった。怒鳴るな。『俺』がやる。それでいいんだろう?」
「うーん、勇者。……まるで勇者が生き返ったよう……あ、早く早く、痙攣して倒れて動かなくなりつつある!? 早く治癒して! アリエル死んじゃう! 死なないでアリエル! 虫のように生き延びてクソ女!」
「えーっと……治癒」
手をかざせば、緑色の輝きがほとばしった。
その輝きはアリエルの喉に吸い込まれ、そして――
「だ、誰か……! 誰か!」
「あ、治しすぎた。えい」
「ッグ!?」
「今度はまたつぶしすぎた……デコピンでも強いのに踏んだらもっと潰れるかあ。治癒治癒」
「……もう、やめて……! やめてください……! なんで私が、こんな……」
「調整が難しいなあ。もう一回」
「ッグギィ……!」
「呼吸できる? 死なない?」
「……」
「……うーん、ヒューヒュー言ってるだけじゃなんだかわからない……まあ、いいか。しゃべれそうならもうちょっと潰そう。ようやく復讐の入口かあ。だいぶつまずいた感あるニャア」
喉を潰す、という簡単そうなこと一つとっても、慣れが必要だ。
何人か潰したり治したりしていけば、そのうちうまくやれるのだろうか?
「えーと次は、両手両脚を拘束する」
「!?」
アリエルが目を見開き、ずりずりと体を絨毯に引きずりながら後ずさった。
なるほど、こうやって逃げられると面倒だから、手足を動けなくしておく必要があるのか。
「――拘束」
「……!?」
あとずさっていたアリエルの体が動かなくなる。
でも、それだけじゃなくて、口から血の混じった泡がこぼれ始め、白目を剥きだした。
「……気持ち悪い。なにあの表情……ヒトはよくわからんのニャ……」
「クソ猫ォ! 拘束が強いんだよォ! 手足の萎縮が始まってる! これじゃ『拘束』じゃなくて『圧縮』じゃないですか! 潰してどうすんの! もっと優しくしてあげて!」
女神が横でキャンキャン騒いでいる。
犬みたいで苦手。
「そうは言っても、そんなに力をこめたつもりはないんだニャ」
「いいから拘束解いて!」
「はいはい。『解除』」
「……ああ、かわいそうなアリエル……手足が圧縮されて半分ぐらいの薄さになっちゃって……あのねぇ猫さん、手足の指は、なんのためにあると思ってるんですか?」
「……物をつかむためでは?」
「違いますー。一番敏感な痛覚を備えていることから、丹念に一本一本つぶすためにあるんですー。それを全部いっぺんにペラペラにしちゃったらダメでしょう?」
「ボクにはヒトの生態はわからんけど、たぶん潰されるための器官なんか体のどこにも存在しないと思うニャ」
「とにかく治して! 指はあとで使うから!」
「はーいはい」
「勇者はそんな返事……する!」
「もう面倒くさいからお前本当に全部やれニャ」
「だからできないんですってば! ……ああもう、ほら、喉まで治しちゃって……」
女神が大きなため息をつく。
たしかにアリエルの体は――拘束をかけた際になぜかねじ切れた服はともかく――完治してしまっていた。
赤い瞳に涙をためて、こちらを見ている。
治った手足で自分を抱きしめるようにしている。
震えているのは、寒いからだろうか?
あんな薄着でこの夜はつらいと思った(猫並の感想)。
「お、お願い……お願い……! 償うから……! なんでもするから……! もう、やめて……! もう、痛いの、やだ……やだ……!」
「……なるほど」
「お願い……! お願いだから……! 謝る! 私、謝る! あなたにしたこと全部謝るから……! 宝石も、お金も……あ、み、身分! 身分も! あげる! 王になれるわ! 私の夫として! だから……」
「ひょっとして、痛くて苦しい?」
「そ、そうなの! 何度も喉をつぶされて、手足を……お、思い出したくもないほど、痛くて、苦しくて、つらくて……!」
「――じゃあ、成功してるんだニャア」
ヒトはデカイ生き物だ。
しかも、ご主人様と旅をして、実際に戦っていたこいつらは、デカイ生き物の中でも強い生き物だ。
それでも――痛くて、苦しい。
こんな巨大生物ども、喉を潰した程度じゃあ痛くもかゆくもないんじゃないかと心配だったけれど……
「お前が痛くて苦しいなら、ボ……俺は嬉しいよ」
「……え?」
「だって、痛みと苦しみを味わわせることが復讐だっていう話だから。なるほど、この調子でがんばっていこう。――振り出しからだ。まずは、喉を潰す」
「待っ――」
懇願は、醜い悲鳴に変わる。
いや、なるほど、このよくわからない声と、あの恐い顔は、痛くて苦しい時の顔だったのだ!
復讐は勉強になる。
さて、あと何回やればうまくできるだろう?