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2話 猫と神の力と復讐決意

 ご主人様を酷い目に遭わせたのは、アリエルという人間のメスと、それから、何人かの仲間たちだ。


 すごいやつらだ。


 なにせ、ご主人様と一緒に戦って世界を救っている。


 そしてボクは猫だ。

 旅に同行したけれど、別に戦ってない、ただのみんなのマスコットだ。



「……ああ、こりゃあ無理だニャ。復讐はやっぱやめとくニャ」



 ――ちょいちょいちょいちょーい!



 お気に入りの屋根の上で眠ろうと思ったら、よくわからんメスの声が頭に響いた。

 暖かい季節なので、昼間の家の屋根は日差しのお陰でちょうどいいあったかさなのだ。

 寝るのだ。



 ――猫! ネコォ! コラ! 猫! 話を聞きなさい!



「うっさいニャア……シラミかノミか知らニャいけど、ボクの頭の上でキャンキャン騒ぐんじゃないニャ。ボクの眠りを妨げるなら、ボクはお前らを全力で殺すニャ」



 ――わたくしはシラミでもノミでもありません! わたくしは女神です!



「シラミの神がなんのようだニャ」


 ――シラミの神ではなく、人類の神! 勇者に力とか与えたアレですよ!


「昼ご飯どうしようかニャア」


 ――猫! おい猫! ネコォ! 寝るな! 無視して寝ようとするな!


「……」


 ――このッ……! ならば、これで!


「……うぐぇ!?」



 首に圧迫感!

 慌てて目を開ければ、そこでは――


 ヒトのメスが、ボクの首を踏んでいた!


 どんな見た目なのか、さっぱりわからない。

 踏まれているボクからだと、白いスカートの中にはいた白い下着しか見えない。

 ただ、足の細さや白さ、そしてパンツのふくらみ具合から、オスだったご主人様とは違う性別であることがわかるだけだ。



「なにするニャ! ボクの真っ黒な毛皮は足ふきマットじゃないニャ! そういうのは犬でやれニャ! あいつらならいくら踏んでもバカみたいに舌出して喜ぶからニャア!」

「おいコラクソ猫! 女神の神託を受けておいて無視して寝るとか何事ですか!?」



 謎のメスの声は、先ほどまで聞こえていたシラミの声に似ていた。

 まさか――シラミじゃない!?



「ひ、ヒトだったのかニャ……ん? でもヒトならなんでボクと会話できるんだニャ? ボクの言葉は、ヒトなんかにはわからないはずだニャ」

「神なのでなんでもアリです」

「そうか、じゃあがんばれニャ」

「踏まれながら無視を決め込むとはいい度胸してるじゃないかクソ猫」

「いいのかニャ? あまりボクに危害を加えると、街のヒトが黙っていないのニャ。猫はみんなに愛されている動物だからニャア……猫をいじめると、人生が終わるのニャ。その覚悟があるなら、ボクに虐待を続ければいいニャ」

「ご安心を。わたくしの姿は、あなたにしか見えません」

「なんニャと……」

「だからあなたを踏み放題です! このように! ほれ、このように!」

「ぐああああ!?」



 痛くはない。

 けれど――なんたる屈辱!


 行く先々でメス猫を落としまくったボクの毛皮が、薄汚いサンダルを履いた足に蹂躙されている!

 これは美という概念に対する冒涜であり、神をも恐れぬ所業だった。

 神を恐れないなんて、頭がおかしい。

 この世界のヒトは、みんな、神をえらく恐れているのに……


 ……まさか!?



「お、お前……! お前が、神かニャ!?」

「猫との話はびっくりするほど進まない! 神だって言ってるでしょ!? さっきからずっと言ってるでしょ!? ねぇ、わたくしの話聞いてた!?」

「お前、めんどくさい女みたいな口調やめろニャ」



『ねぇ、私の話聞いてた?』

 それはもちろんタイミングが合えば聞くけれど、そんなにいつでも君の話にばかり神経を尖らせてはいられないんだニャ。わかれニャ。


 だいたい、めんどくさい女に限って、猫に語りかけるのは、どうにかしてほしい。

 ボクはお前らの悩みをぶつけるためのサンドバッグではないと言いたい。



「……で、その神がボクになんの用事だニャ?」

「復讐! 誓ったでしょ!? 勇者の亡骸に! そのために力を貸しに来たんですよ!」

「…………おお! 誓ったニャ! ボクはご主人様をあんな目に遭わせた人類を決して許さない」

「いえ、人類丸ごとはちょっと勘弁してほしいっていうか……でも、首謀者を許せない気持ちはわたくしも同じ……」

「じゃあお前が全部やれニャ」

「そうもいかない事情があるのです。……猫、これから大事な話をしますからね。逃げずに聞きなさい。いいですね?」

「わかったニャ……はぁ、めんどくさ……」

「逃げても、すぐにまたあなたのそばに出現できますからね」

「……ボクはご主人様の復讐を固く誓っているのニャ。そのためなら退屈そうな話でもなんでも聞いてやるニャ」

「不安……」



 が、メスはボクを踏むのをやめた。

 足をどけて、ボクの目の前にしゃがみこむ。


 ようやくそのメスの容姿がわかる。


 幼いヒトのメスだ。

 髪は銀色で、瞳も銀色。

 真っ白い、派手に背中が空いた丈の短い服を着ていて、その背中からは翼が生えていた。


 下着は真っ白で、腰の両端でヒモを結んで留めるタイプだ。

 ご主人様に曰く『この手の下着は透けやすい服を着ている者が好む傾向がある』、なるほどたしかにこのメスの着ている丈の短い真っ白な服は透けやすそうだなと思った。


 そして履いている編み込みサンダルの底はずいぶん厚くて、ご主人様に曰く、『底の厚いサンダルを履いた女は身長の低さを気にしてるんだ。あまりからかってやるな』とのことなので、ボクはそのメスの身長に言及するのは避けようと思った。


 ご主人様はいつでも正しかった。



「わたくしは、女神ンロトルィアヴ……」

「発音しにくい名前だニャ。やる気が削がれるニャ」

「勇者は『ロトル』と」

「……名前なんかに大した意味はないニャ」



 猫に『ロ』とか言わせるな。

 無理だから。



「……いいですかクソ猫、わたくしには様々な力があります……しかし、制約もあるのです」

「ボクをクソ猫呼ばわりとはいい度胸だニャア。それが猫に頼み事をする態度なのかニャ?」

「では、名前は?」

「…………」



 ボクは猫である。

 名前はまだない。



「……名前なんかに大した意味はないニャ」

「では『クソ』と」

「女神よ――そこは、ボクの小便の間合いだニャ。ご自慢の厚底サンダルに黄金の液体を引っかけられたくなければ、あまりボクの機嫌を損ねないことだニャ」

「神をも恐れぬ猫」

「この世のあらゆる序列は猫がトップだニャ。目の前に現れた神ごとき、猫は恐れたりしないのニャ」

「……そう、あなたの(猫にしては)優れたその知力。そして、おそらく――世界に唯一残った、勇者の味方であるという事実。……悲しいかな、人類に直接危害を加えられないわたくしが勇者の復讐を果たそうとするならば、あなたを頼る他にないのです」

「なんで直接危害を加えられないんだニャ? やる気出せニャ」

「やる気の問題ではありません。わたくしがもし、人類に直接の危害を加えようとすれば、わたくしの力すべてが失われてしまう……仇が一人ならばそれでもいいのでしょうけれど、すべての仇にお仕置きをし終えるまで、力を失うわけにはいかないのです」

「ふにゃーあ」

「あくびすんな」

「眠ろうと思っていたところなのでしょうがないのニャ。……それにしても、復讐……いや、もちろんご主人様には傷ついていたところを拾っていただき、モテテクニックを教えていただいた恩があるニャ。お陰でボクは子孫がたくさん、街ごとに彼女がいる……生物として子孫を多く残すという大任を必要以上に果たせたのは、ご主人様のお陰だニャ」

「でしょう」

「けれど……復讐がなにを生むんだニャ? 本当にご主人様は、そんなことを願っていたのかニャ? あの優しくモテモテなご主人様は、きっと、残されたボクに幸福な余生を過ごしてほしいと思っていたはずなのニャ。いや、面倒くさいとかじゃニャく。ほんとに」

「いいですか猫よ、お聞きなさい」

「なんニャ」

「復讐は、爽快感を生みます」

「……」

「正義とか、大義とか、知ったこっちゃありません。復讐は連鎖する? それはやりかたが手ぬるいからです! 九族全員皆殺しにすれば、復讐の復讐は起こりません」

「復讐マニアの女神だニャ」

「もしあなたが、心の底から、『ご主人様は復讐なんか望んでいない』と思うなら、わたくしももう、あきらめましょう。他に勇者の復讐を願う者を捜し、その者をたぶらか……説得して復讐をさせます」

「逆にお前はどう思うんだニャ」

「勇者は復讐を望んでいました。絶対です」

「じゃあやるニャ」

「あっさりしてますね」

「ヒト型の生き物の考えることは、正直、よくわからんのだニャ」



 連中は大きな体に大きな頭を持っている。

 考えることは複雑だし、そのくせ猫でもわかるような愚かなことをするし、猫に思いつくような『最善手』を打たない時も数多い。


『しがらみ』――と言ったか。

 ヒトが持っている、ヒト特有の『それ』が、どうにも、ヒトの行動に大きく影響しているようなのだ。



「ボクはなにが、ご主人様の正しい望みなのかわからんのニャ。それは猫には難しいニャ」

「……」

「そもそも、猫は昨日のことなんか覚えておけないニャ。ボクにわかるのは、ご主人様が死んでしまったこと……そして、末期の叫びに激しい感情があったことだけだニャ。その感情がなんなのかまでは、わからんのニャ」

「……なるほど」

「だから、お前が判断しろニャ。嘘偽りなく、ご主人様の最期の望みを――お前の願いも偏見も捨て去って、ご主人様が最期に望んだことを、ボクに教えるんだニャ」

「復讐を望んでいました。絶対にです。死の瞬間、勇者からはとてつもない憎悪が発せられていました」

「ならば、やるニャ。――女神、知ってるかニャ?」

「なにをです?」

「猫は道理を知っているし――恩だって、知っているんだニャ」



 報いることなら、猫でもできる。

 ……いや、違う。ヒトにはできなくても、猫なら、できる。

 なぜならば、猫は『しがらみ』がなく自由だから。



「復讐だニャ。お前の力をボクによこせニャ。あの大きくて、賢くて、強い生き物をどうにかできる力をボクにくれニャ」

「……いいでしょう。あなたには強大な……勇者に与えたものより、強大な力を。加えてサービスで、わたくしがアドバイザーとしてついていきます」

「お前はいらんニャ」

「でもあなた、わたくしの力を与えられたら、復讐相手をあっさり殺しそうじゃないですか」

「それが復讐じゃないのかニャ?」

「違いますよ。見たでしょう? 勇者の故郷のみんなを。苦しめ、なぶられ、殺された彼らを。――いいですか猫よ。片目をくりぬかれたなら、両目をくりぬき返しなさい。指を二十本折られたなら、爪を二十枚剥がしてから指を二十本折りなさい。全身の皮を剥がれたなら、剥いだヤツの皮と、そいつが大事にしている者の皮を剥ぐのです。復讐の基本は倍返し。わかりますね?」

「わからんのでお前に任せるニャ」

「あなた猫だし、王宮に入るのも容易いですよね?」

「まあ、このへんの連中は猫に寛容だからニャア。ボクらのかわいさは無敵だニャ」

「じゃあ早速、あのクソ女からやりましょう」

「お前かニャ?」

「次にわたくしをクソ女呼ばわりしたらヒゲというヒゲを抜きますよ」

「ボクに危害を加えたら女神の力がなくなるんじゃないのかニャ?」

「猫は加護の対象外なので好き放題できます」

「……恐ろしい神だニャ」

「わたくしが今、このタイミングでクソ女と言ったのは――あいつですよ。わかりませんか?」

「えーっと……ああ、アリエルとかいうメスかニャ?」

「そうです。勇者の嫁に選ばれながら、その勇者を裏切ったあいつ。勇者の嫁に選ばれながら……わたくしの勇者の嫁に……」

「落ち着けニャ」

「……失礼。とにかくまずはあのクソ女を誅戮しに行きましょう。ところで――」



 女神は首をかしげ、



「――『生き残る』と『生き残らない』、どちらのコースがいいでしょうかね?」

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