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1話 はじまり、はじまり

 なんのために生まれて、なんのために生きるのか?

 わからないまま終わる。



「ああ、そんなのはイヤだイヤだイヤだ……!」



 処刑場にはたくさんのニンゲンたちが集っていた。

 断頭台に首を乗せられ、これから殺されようとしている英雄を見に来ているのだ。



「俺がなにをした!? 俺が悪いことをしたか! 俺が……チクショウ、チクショウ、チクショウ……!」



 英雄がうわずった声で叫ぶたび、群衆からは歓声があがる。

 早く殺せ、と誰かが言った。

 もったいない、命乞いを続けさせよう、と誰かが言った。

 いきなり首を切らず、指先から順番に刻んでいけ、と誰かがいった。

 それがいい、とみんなが言った。



「……」



 英雄は好き放題叫ぶ群衆を見て、笑う。

 もう叫ぶ気力もないような顔だった。



「俺のしたことは――なんだったんだろう」



「徒労」



 英雄のそばに誰かが近付いていく。

 カツンカツンと木製のステージの上、靴音を高らかに響かせ歩む――女。


 真っ赤なドレスを身にまとったそのメスはたしか、第三王女。

 様々な理由――王位継承権が低かったこと、それでも王族であるから政治的な配慮、そして多少の『戦う力』を持っていたことなど――から、英雄とともに『魔王』を討ち果たした仲間のはずだった。


 そいつは鮮やかな赤い髪をなびかせながら、断頭台に拘束された英雄へ顔を近付ける。

 英雄は、おどろいた顔をした。



「アリエル!? お前、俺と一緒に捕われたんじゃ……」

「違いますわ、勇者様。私が、あなたを捕えたのです」

「……お前、まさか……!?」

「あら、説明の手間がなくて大変結構。大変だったのですよ。『魔王を倒したものの、魔に魅入られ悪となった勇者を捕える』のは」

「…………そういうことか。裏切ったのか! 仲間のお前が、俺を!」



 英雄の顔には再び活力がみなぎっていた。

 アリエルをにらみつける。



「まあ、恐い恐い。……お陰で私の王位継承権は盤石になりました。あなたには感謝をしておりますのよ。本当に……あなたがいなければ、私は王族であるというのに、貴族どもにさえ見下され、ただ後世に血統を遺すためだけの道具となるところでした。ありがとうございます」

「そうだ、お前は王位継承の有力候補になった! 魔王を倒した実績が認められていたんだ! それでも俺を裏切る必要があったか!?」

「だってあなた、平民でしょう?」

「……」

「ああ、違いましたわね。第五身分――平民未満から始まった人生でしたかしら? ……そんな生き物が、私の(・・)輝かしき魔王討伐にかかわっていたなどと……後世に残してはいけないでしょう、そんな記録。もし後の世を生きる平民未満どもが、あなたを目指して無謀な夢を見たらどうするのです?」

「……無謀な夢?」

「『身分が低くとも、実績さえ上げれば王宮に出入りできる』……ましてや、王族である私の旦那になろうなどと! ……ああ、恐い、恐い……あなたが私を妻と呼ぶなど、想像しただけで怖気が走りますわ……第五身分が、王族を、妻になど……ああ、恐ろしい……!」

「……まさか、それだけの理由で?」

「『それだけ』!? ……第五身分はこれだから……身分というものがなんなのか、本当に理解できておりませんのね。……はあ……まず、あなたは、私を直視できる光栄におののき震えるべきです。私と言葉を交わすことを許されている奇跡にいちいち頭を垂れるべきなのです。それがなんですか、気安く、友か自分の女のように扱って……」

「……」

「後悔はできましたか?」

「……え?」

「わざわざ周囲に音が漏れぬよう結界を作ってまで、あなたにことのあらましと、身分というものの重要さを説いて差し上げているのですよ?」



 ボク(・・)は、気付く。


 そういえば、英雄がさらされている壇の下――集まった群衆たちの声が、いつの間にか消えていたということに。



「私がこれだけ親切に、あなたの罪悪を説いて差し上げている……だというのに、今までの己の行いを深く恥じ、私への扱いを悔い、間違いだと認め、深く謝罪をする……そういうことは、できないのですか?」

「……俺は……俺が反省したら、どうなる? 仲間は助かるのか?」

「仲間?」

「アリエル、お前以外にも一緒に旅した仲間がいただろう? そいつらは……」

「……チッ」



 赤い瞳のメスは舌打ちをした。

 見上げれば、そいつの顔は醜く歪んでいた。



「わかっていないようですね。勇者様――第五身分の分際で、私の名前を呼び捨てにしないでくださらない?」

「……」

「仲間? 仲間ねぇ。……ああ、あなたが仲間だと思っていた連中は、きちんと身分をわきまえていますわよ。あいつらなら、今後、使ってやってもいい」

「……そうか」

「あら、裏切った仲間の身を気遣うなんて。まだ英雄のつもりなのかしら?」

「……」

「――けれど、あなたのしつけを怠った、あなたの故郷の連中は、ダメですわね」

「…………え?」

「見せずに殺して差し上げようかと思いましたけれど、やはり、しつけは大事なようです。身分をわきまえぬ者の末路を、ご(ろう)じましょう」



 アリエルが視線を向けた先では、群衆のあいだを裂くようにして、荷車が数台、運ばれてきていた。

 その荷車には布がかぶさっていたが――


 虫がたかっていて。

 白い布が赤黒く染まっていて。

 それから、とてつもない『死』のニオイがした。


 荷車が群衆たちの中心に来たところで――

 アリエルが叫ぶ。



「みなさま!」



 その声で、群衆たちが一斉にアリエルへと視線を向けた。

 いつのまにか、音を遮断する結界は解かれていたようだ。



「お待たせいたしました! 魔に堕ちた英雄の処刑をこれより執り行います!」



 群衆が湧く。

 その熱狂を見て、アリエルは赤い瞳を細め、満足そうに笑う。



「ですが! 二度とこのようなことが起こらぬよう、第二の『魔に堕ちる者』が出ぬよう! 我ら神聖王国はその『芽』を確実に摘むことにいたしました! ――荷車の布を外せ!」



 高らかに命じれば、荷車を運んでいた兵士たちが、一斉に布を取り払う。

 そこには、たくさんの死体が飾られていた。


 股のあいだから脳天まで一本の杭を通され死んだ、ヒト樹木とでも呼びたくなる串刺し死体が、たくさん、あった。


 表情がわかるものは、みな、苦しそうな顔をしていた。

 目玉をくりぬかれ、口を縫い付けられた者もいたので、彼らの考えはわからない。


 死体たちの共通点は『服を着ていない』『串刺しにされている』程度で、皮が剥がれていたり、体の一部がなかったり、ラクガキされていたり、女だったり、男だったり、子供だったり、老人だったり、本当に色々なヒトが、色々な手段で、色々なことをされているのだろうと予想できた。



「ご覧ください! 魔に堕ちた勇者の故郷の者どもです!」



 一瞬、群衆は事態が理解できなかったようで、水を打ったように静まりかえった。

 けれどすぐに、熱狂する。

 それは、先ほどまでの熱狂とは比べものにならないほどだった。



「アリエルウウウウウウウウウ!」

「ご覧くださいみなさま、この元勇者の、恐ろしい面相を! このような者を育てた村の者は、やはり『魔』の素養があったのです! 我ら神聖王国は決して! 決して、このような者どもを許しはしません! 優れた民と、神に祝福された王の創り上げる、清浄にして美しい国を、これから私とともに築いていきましょう!」



 英雄の怨嗟の叫びは、民衆が次なる王――アリエルを称える声にかき消された。

 それでも、英雄は叫び続ける。


 彼の流す血涙が、ボクのすぐ近くにこぼれる。



「アリエルウウウウウ! 裏切り者おおおおおおお! 殺してやる! お前だけは必ず殺す! 俺の怒りを忘れるな! お前の人生に呪いあれ!」

「まあ、恐い恐い。……ああ、しかし、あなたはたしかに勇者だった! その本性がどのようなものであれ、人類の脅威を除いたことはたしかなのです! 最終的に魔に魅入られ、第二の魔王になったとはいえ、一度は世界を救ったのです!」

「アリエルウウウウウウ!」

「なので、せめて一瞬で殺して差し上げましょう。その程度の慈悲はかけるべきなのです」

「ありえるううううううううううう!」

「――刃を落とせ」



 ジャキン。

 断頭台の刃が落ち、英雄の首が落ちる。


 ボクの目の前に。


 血涙を流し、目を見開いたままの彼――ご主人様の顔を、ボクは舐めた。



「……哀れなものね。あなたを悼むのは、もはや道理もわからぬ猫一匹だけ(・・・・・)



 アリアエルは赤い髪をざわめかせて笑う。


 勝ち誇った彼女の言葉は間違いだ。

 たしかにボクは猫だけれど、道理ぐらいはわかる。


 たぶんボクは、ご主人様からたくされたのだ。

 復讐を。

 首が落ちたあと、ご主人様がボクを見たのは、きっとたぶん、そういうことだと思う。

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