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「そうして、戦闘経験のある魔法使いの居なくなったこの町に、俺がやって来た」
そんなところだ、と沖は言葉を締めた。
「彼女は―――生きているんですか?」
「ああ、そう聞いてるよ」
良かった。航平は胸を撫で下ろした。
「ただおそらく、今もまともな状況ではないと思うよ。その辺は、俺も詳しく知らない」
「誰なら知っているんですか?」
航平は重ねて尋ねた。
「彼女、秋野 の師である有河 圭という女性だ。かつて俺や秋野 の住んでいた町に一人残った魔法使いだよ」
「知ってるぜ、有河 圭」
それまで空気のようだった使い魔が口を挟んだ。
「最初、オレサマの主人はそいつだったからな」
「ああ、話しは聞いていたよ。十年ぶりぐらいかな、コバエ」
使い魔は、大仰に溜め息を吐いた。
「その名前でオレサマを呼ぶんじゃねえ。オレサマの名はコルガレア・バナージ・エリウスだ。コバエじゃねえ」
「長いじゃんか。いいんだよ、頭文字を取って“コバエ”。彼女、なかなか素晴らしい名前をつけたと思うよ。君の正確にピッタリだ」
沖が小さく笑う。コバエは舌打ちすると、航平の顔の周りを飛びながら話しかけた。
「なあ航平、お前はオレサマのこと、“コバエ”なんて呼ばねえよなぁ。ちなみに、オレサマは“エリウス”と呼ばれることを所望するぜ。まあ特に強制はしねえが、な?」
航平の目の前を、左右にぶんぶんと飛ぶコバエ。
「ああ、確かに“コバエ”だわ」
沖の隣でその様子を見ていた恭子が相槌を打った。
「分かったよ、“コバエ”」
航平もまた、笑いながらその名で使い魔を呼んだ。
「あ、おいテメェ。何だ、オレサマは孤独か。酷い話だぜ、まったく。誰が命を救ってやったと思ってるんだか」
「救った?何の話だ?」
コバエが胸を張る。
「数日前、そこのガキとお前を濁流から救い出したのは、何を隠そうこのオレサマなんだ。オレサマが居なければ、お前ら今ごろ、太平洋の底だぜ?」
「ガキって何よ」
恭子がコバエを睨む。コバエは横目にそれを見ると、フン、と鼻を鳴らした。
「そうだったのか。ありがとうな、“コバエ”」
航平がまた、その名を呼ぶ。
「あっ。だからテメェは――――もういい。勝手にしやがれ」
コバエは拗ねたようで、腕を組んでそっぽを向くと口を閉じた。
「やれやれ―――それで、沖さん」
航平は肩をすくめた後、沖に向き直った。
「その有河さんという方は、どこに居るんですか?」
「S県のO市。俺や君達の故郷だ」
「どうして、俺の故郷を?」
「君の話は、秋野 瑞希から少し聞いていた。同じ時期に転向した来た子が、魔獣が見えるらしいと相談を受けてな。その経過の中で君の故郷も聞いていた。どこの“ゲート”の影響なのか知りたかったからね」
なるほど、と航平は頷いた。
「O市に行けば、その有河さんにはすぐ会えるんですか?」
「まあ、連絡さえ入れて向こうへ出向けば会えるだろうけど―――直ぐ行くのか?」
「相手に不都合がなければ、明日にでも行きたいところです」
「そうか」
沖は頷くと、ズボンのポケットから携帯を取り出した。
「基本的に暇な人だから、急でも大丈夫だろう。明日でいいんだね?駅前に迎えに行かせるよ。念のため、君の連絡先を教えてもらっておいてもいいかい?」
沖に言われ、航平は携帯を取り出そうとした。そして、空のポケットを漁り、携帯を落とした事を思い出した。