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「突き落としたってのは――そういうことかよ」


 橋の縁にしゃがみ込み、航平は頭を落として呟いた。脳に入ってきた記憶を、何度も反芻させる。


「秋野 瑞希は俺を殺そうとしたんじゃない―――救ったんだ」


 だというのに、どうして自分は彼女のことを忘れていたんだ。それが、川に呑まれたことでの影響の可能性を知った上で、それでもなお、航平は背徳の念に襲われた。あの状況下では、彼女があの三匹の魔獣を倒し生き残ることは、絶望的なように思えた。もしかしたら彼女は、自分を助けて死んだのかもしれない。そんな考えが航平の脳裏をよぎる。その途端、航平は深い自責を感じた。


「彼女を探そう」


 そして、まだ生きているのであれば、あの日の礼を言おう。航平は顔を上げた。

 その視界の隅に、動く動物のような影が映る。航平は何気なしに、その影の正体に焦点を合わせた。


「なっ―――魔獣!?」


 犬のような、狐のようなその獣を見た航平は、驚く他なかった。怪奇な姿をしたその獣は、紛れもなく魔獣だ。ここ数年、航平は魔獣を一度も見ていなかった。記憶の限りではおそらく、秋野 瑞希とこの橋に居たあの日に見た三匹の大型魔獣が最後だ。


「どうすれば―――」


 航平は戸惑った。あれを倒せる者は、この場には居ない。一見魔獣は何の害もないように見えたが、その実“不幸”をばらまく存在であるため、人にとっては驚異以外の何物でもなかった。その不幸によっては、最悪死に至ることもある。航平はそれを、甦った記憶の中で十分に理解していた。


 その時、航平の横を誰かが駆け抜けた。一直線に魔獣に向かってその人物は走る。後ろ姿から、それが少女だと判った。少女は手に日本刀を握っていた。少女が恐らく魔法使いであることを、航平は悟った。


 少女が刀身を振り上げ、魔獣を斬りつける。キャンッと高い悲鳴をあげて、魔獣は消滅した。少女が立ち呆ける航平に振り返る。その顔を見て、航平はあっと声を上げた。


 その顔に、航平は見覚えがあった。数日前、この船橋で投身自殺をしようとしていた、あの少女だった。少女も航平のことを覚えていたようで、驚いた顔をした。


「君はあのときの―――魔法使いだったのか?」


「それはこっちの台詞よ。何であんた、今の私を認識できてるのよ」


 それは、何故魔力を纏った状態の自分が見えるのか、ということだった。もしかして、あんたも魔法使いだったの?も少女が航平に尋ねる。航平は首を横に振った。


「俺は違う。俺は魔力を使えない。ただ見える、それだけだ」


「そう―――どうりで、魔獣を放置していたわけね」


 少女は二度、三度と納得したように頷いた。


「ところであんたさっき、“魔法使いだったのか”って聞いたけれど」


 ああ、と航平は頷く。


「何日か前にあんたと会ってたときには、まだ魔法使いじゃなかったわ。魔法使いになったのは、その後」


「そうか、なるほど。ところで、その刀は?」


 航平は、少女の持つ日本刀を指指した。普通、日本刀など持ち歩けるはずがない。他人に見つかれば即逮捕案件だ。


「本物じゃないわ。魔力で模った創り物」


「それは一体―――」


 どういう原理なのかを訊ねようとした航平だったが、それは背後からの第三者の言葉により遮られた。


「君は昨日の―――やはり魔法使いだったのかい?」


 航平は声のする方向を振り向いた。そこにはまた、やはり見覚えのある人物が立っていた。つい昨日、中学校付近を徘徊していた航平に、不審がって声をかけてきたあのサラリーマン風の男性である。


「あ、師匠」


 少女は男性のことをそう呼ぶと、駆け寄った。


「これ、お返しします」


 日本刀を男性に差し出す。


「ああ、うん」


 男性は生返事をすると、少女が両手で丁寧に掲げるそれに軽く触れた。少女の手の上の日本刀が、蒸発するかのように消滅した。


「この人、魔法使いではないけれど、魔獣は見えるらしいです」


 少女が、航平を男性に紹介する。なるほど、と男は頷いた。


「自己紹介をしよう。俺は沖。魔法使いだ」


 男は航平に手を差し出しながら言った。航平はそれを握り返した。


「戸田 航平です」


「私は三才山 恭子。何日か前にあんたに会った後で魔法使いになった。今は師匠――この沖さんのところで修行中よ」


 少女もまた、航平に握手を求めた。航平は少し驚いた。彼女のことを、気難しい子と考えていたのだ。


「あのときは勢いに任せて罵倒したけど、今は少しだけ感謝してるわ。まだ全然日は経っていないけれど、人生少しはましに思えてる。普通の人には認識できない力って、ちょっと格好いいじゃない」


「俺からも感謝を言いたい」


 沖が航平に言う。


「あのときは、全くこの子の存在に気付いていなかった。お陰で、犠牲者を一人出してしまうところだった。魔力もないのに彼女を助けたその勇気には敬服する」


「あの時―――?」


 航平はしかし、誉められたこと以上に引っ掛かる点があった。


「まるであの時、この橋に居たみたいな言い方ですけど――」


 しかし、航平の記憶では、少女以外周辺に誰も居なかったはずだ。今度は沖が驚いた。


「居たじゃないか。君達の横で、魔獣と戦って―――魔獣を認識できるんだよね?」


「ああ―――いえ。ちょっと事情があって、ここ数年、全く見えていなかったんです。見えるように戻ったのは、ついさっきのことで」


「つまり、あの時は見えていなかったってこと?」


 沖に、航平は頷いた。


「それじゃあ、昨日俺が声をかけた理由も――分からない?」


 航平は首肯した。いくつか、それらしい節には思い至っても、確信できるものは一つもなかった。


「あの時、あの場所にも魔獣が出現してたんだよ」


 航平は相槌を打った。それで、財布を落とすなどという“不幸”にあったわけだ。そう考えれば、今日携帯を川に落としたのも、先日少女と共に濁流に呑まれたのも、ただの偶然ではなかったと言うことだ。


「数日のうちに二回も、魔獣の出現位置で君を見掛けたんだ。もしかしたら君も魔法使いかもしれないと思ってな。しかしなるほど、どうりでな。俺もよく納得がいった」


 尤も、と沖が言葉を繋げる。


「君に声をかけた理由は、それだけじゃあない。その使い魔だ」


 沖は、昨日のように航平の右肩辺りを指さした。航平もまた、昨日と同じ動作で右肩の方へ視線を向けた。そこに、自分の顔の大きさ大の浮遊体を見た航平は仰天した。


「おいおい、つまんねえなぁ」


 まったく、とエリマキトカゲのようなシルエットをしたその浮遊体が言葉を発した。

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