12
終わりは、とても静かに訪れた。目を瞑るコバエの体が、徐々に影を薄くしていった。やがて、明るい壁にプロジェクターで投影された映像のように、ぼんやりとだけその姿が識別できるようになるまで至る。
ふと、コバエが目を開けた。航平と視線がぶつかる。
「じゃあな」
不適な笑みを残して、コバエが消滅した。航平が返答を返す間もなかった。
「じゃあな」
コバエの居た空間に向かって、航平は呟き返した。
「あの―――」
ベッド上の秋野 瑞希が、急に口を開いた。航平は慌てて顔を上げた。
「航平―――?」
恐る恐る、秋野 瑞希が航平に訊ねた。航平が頷く。
「久しぶり―――と言って良いのかな。俺には君の記憶がない」
「でも、重要な部分は見せてもらったんでしょ?エリウスが言ってたわ」
秋野 瑞希は体を航平に向けると、正座をして頭を下げた。
「ごめんなさい。自分勝手な事をしたとは思ってるわ。結局、私の決断であなたの人生を左右させることになってしまった。何て謝ればいいのか」
「いやいや、いいよ。気にしてない。俺のためにやってくれたことだし、謝らなくていいよ」
そんなことよりも、と航平は尋ねる。
「君はこれから、どうするつもりなんだ?」
「これから―――」
秋野 瑞希はしばらく思案した後、首を横に振った。
「わからないわ。でも、また魔獣から人々を守らなくちゃ」
「悪いんだが、それは考え直してくれないか?」
「どうして?」
秋野 瑞希が首を傾げる。
「もうこれ以上、君が傷付く必要はないんだよ。七年前のあの件で、魔法使いの数は増えた。君が前線で頑張らなくても、やっていけるんだ」
「でも、目の前に魔獣が現れたら放っておけない」
「そういう時だけやればいいさ。一つのゲートを一人で守ろうとか、そう背負い込む必要はない」
「そう―――なのかな」
「これまで十分頑張ったんだ。休んでも誰も怒らないさ」
「でも、そしたら私は何をすれば?」
「俺と新しい思い出を作ろう。俺が忘れてしまった分の」
「え――でも」
秋野 瑞希が困惑した表情を浮かべる。
「あなたからしたら、私は知らない他人なんだから―――」
「確かに、今はそうだけどさ」
でも、と航平は秋野 瑞希から視線をそらす。
「どうやら俺は、君のことが好きだったみたいなんだよ。コバエは、その辺にも目敏く気付いてたみたいだ。今記憶を思い出してみても、俺には具体的な誰かを好きになった記憶はない。けど、“恋をした”というその事実は記憶にあってね。それはきっと、君のことだと思うんだ」
「違ったら?」
「これから君を好きになる――――まあ、君さえよければの話ではあるんだけど」
「遊園地にでも連れてってくれるのかしら」
「ああ。水族館や映画にも行こう―――イルミネーションってのもいいな」
「楽しそう」
秋野 瑞希が微笑む。
「エリウスには感謝しないとね」
「ああ。あいつのことは忘れられない」
さて、と秋野 瑞希が立ち上がる。
「それじゃあ、早速ここを出ましょう。善は急げって言うし」
「大丈夫なのか?そんなに急に動いて」
「圭さんに魔力で何とかしてもらう。どこに居るのかしら。行きましょ」
秋野 瑞希が、航平の手を引っ張る。その手の温もりに、航平はどこか懐かしさを覚えた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
四話からの超展開には、驚いた方がほとんどかと思われます。裏切ってすみません。そんな中でも最後まで読んでいただいた方には、本当に感謝です。
一話の前書きで、日常の隣にある非日常を描きたいと言いましたが、この作品を書き始めた動機は実はもう一つあります。勘づいている方もおられるかもしれませんが、あの某魔法少女ダークファンタジーアニメの影響を受けて書き始めたのです。「魔法少女のその後を書いた作品ってあんまり見ないよなぁ」と思ったのが始まりです。ですから、作中で魔法少女が華々しい描かれ方をしていないのは、もろその影響です。
この話は元は五話ぐらいで収めようと思っていたのですが、気付いたら倍以上になっていました。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。