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「つまり、だ」


 コバエの声に、航平は現実へと引き戻された。


「こいつは、お前を戦いに巻き込んだことに責任を感じて、お前の記憶の一部と魔力を自分に移した。そして、今後の人生の助けとして、オレサマを残したのさ」


 航平は、無言で目の前の秋野 瑞希を見詰めた。意識のないその肉体は、微動だにしない。


「そこでお前に問いたい。秋野 瑞希は、もうお前には魔法使いや魔獣とは関わってほしくないと考えていた。だがお前は今この通りだ。どうする?ここで彼女を目覚めさせるってのは、その願いの叶わなかった現実を彼女にタタキツケルってことなんだぜ。それでも、お前は彼女を目覚めさせたいか?」


「なあコバエ」


 航平が口を開く。


「お前の固有能力は、“導く”ことなんだな?」


「ああ、そうだ」


 コバエは頷いた。


「今までお前に過去の光景を見せていたのはオレサマだ。オレサマの記憶の中に、お前を導いてたんだよ」


「なら」


 航平は顔を上げると、コバエを見た。


「もうお前の中で答えは出てるんじゃないのか?俺に聞くまでもなく」


 よく気付いた、と傍らの有河が呟いた。


「けっ。見抜かれてたか」


「そりゃわかるさ。言動が矛盾してるんだから」


 航平は体をコバエに向け、正面で対峙した。


「本当に彼女との約束を守っていたのなら、俺を魔獣に引き合わせて魔力を回復させたり、過去の記憶を見せたりしないだろ?お前は実際のところ、彼女の復活を願ってるんだろ?その先でどんな結末が待ち構えていようと、彼女か再び目覚めてくれるなら、お前は良いんじゃないのか?」


「まあ、大方正解だ」


 だが、とコバエが続ける。


「一つだけ訂正だ。オレサマは、結末が幸福であることが約束されない限り、こいつを目覚めさせようとはしなかった。そして、それが約束されているからこそ、オレサマは動いたんだ」


「約束されていた?何に?」


「お前だよ」


 コバエが即答する。


「記憶がないにも関わらず、お前は秋野 瑞希という存在に突然行き当たった」


「いや、だってあれは偶然―――」


「偶然は有り得ないんだよ。彼女の言葉に従い、オレサマがお前を彼女や魔法使い、魔獣と関係を持たないよう導いていたんだから。だが結果として、運命は俺の導きに逆らった」


「何か――」


 航平は続く言葉を呑み込むと、しばらく黙り込んだ。


「いまいち腑に落ちないが、まあそんなに重要なことではないのかもな。彼女の意識を戻す。話はそれからだ」


 やがて、航平が口を開く。コバエは小さく吐息を吐くと、有川に目配せした。有河は頷くと部屋を出た。


 しばらくして、有河が戻ってきた。手には、掌サイズの小さな箱を持っていた。テープで厳重に覆われたその箱を、有河は航平に差し出した。


「この中に、彼女の意識が入っている。コバエなら、この中の意識を彼女の肉体に導ける」


 航平はそれを受けとると、ベッド上に座る秋野 瑞希を見た。それから、隣のコバエに視線を移す。


「コバエ、やれるか?」


 航平の問いにしかし、コバエは答えなかった。無言のまま、コバエは秋野 瑞希をじっと見詰めていた。


「...コバエ?」


 航平は再び声をかけた。しかしコバエは、一切の反応を示さない。


「コバエ、まさかお前―――」


 その様子を見ていた有河が、不意にはっとしてコバエに詰め寄った。


「“導ける”と言ったのは、そういうことだったのか?」


「気付かなかったのか?」


 秋野 瑞希に顔を向けたまま、コバエは答えた。


「秋野 瑞希の意識をその器へ移したはずのミドナの姿が見当たらねぇ。――その箱、他に何かしらの特殊魔法が施されてるだろ。恐らくミドナは、秋野 瑞希の意識を移した際に、魔力を使いきって消滅した」


 有河は絶句した。


「消滅って―――何の話だよ」


 航平がコバエに訊ねる。それに有河が答えた。


「使い魔の固有魔法っていうのは、使い魔自身を形成する魔力を消費して行われるんだ。その消費量は、使う魔法の規模によって変化する。例えば、時間を巻き戻すといったような大がかりなものは、大方が一回から二回という使用制限に縛られている。またコバエのように、従来は消費量が少ないが、場合によっては大量の魔力を必要とすることもある」


「この箱は、何者かによって生半可な魔力が通用しないような魔法がかけられている。これから秋野 瑞希の意識を導き出すには、オレサマの魔力を全て使い切らなきゃならねえ」


「魔力を使いきると―――どうなるんだ」


 嫌な予感を覚えながら、航平は恐る恐る訊ねた。


「オレサマのこの体を形成する魔力も根こそぎ持っていかれる。つまりオレサマは消滅する」


「そうか―――」


 コバエの説明を聞いた航平はうつむいた。


「そうか」


 そうは、とコバエが答える。


「だがまあ、安心しろ、航平。それでもオレサマはやるぜ。オレサマの存在一つで秋野 瑞希が帰ってくるって言うのなら、安いこった」


「でも、それじゃあお前が」


「ッ!いいんだよ。ゴチャゴチャうるせえな。オレサマはやると言ったらやるんだ――だかな航平、一つだけ約束しろ」


 コバエは航平の目を覗き込んだ。


「オレサマ、言ったよな。秋野 瑞希を目覚めさせるには、結末が幸福であると約束されてなければならねえって。航平、お前がそれを約束しろ」


「え?いや、でも」


 航平が困惑する。


「大丈夫だ。オレサマがどれだけお前らのことを見てきたと思ってるんだ」


「そう言われても...」


 航平は言葉を濁した。


「それから」


 コバエが続ける。


「彼女が起きたら伝えてくれ。楽しかったぜ、ってな」


「ああ、それは了解したが――」


 航平はしかし、コバエと顔を合わせることが出来なかった。俯き加減のまま、そう答えた。


「それじゃあ、やるぜ」


 コバエは、航平の持つ箱と秋野 瑞希との間に入り、目を閉じた。それまでそれらを傍観していた有河は、その頃にそっと部屋を出ていった。


「コバエ!」


 不意に、航平が顔を上げる。コバエは片目を開けた。


「その...ありがとう。短い間だったが、俺も楽しかったぜ」


 コバエは小さく微笑むと、再び目を閉じた。

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