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「ごめんなさい」
中学三年生の秋野 瑞希が、目下に眠る少年に頭を下げた。病室のベッドの上で、酸素吸入器や点滴に繋がれたその少年、中学三年生の航平の意識はなかった。
「私がこんなことにあなたを巻き込んだせいで―――私のせいだわ」
秋野 瑞希が、航平の顔を見詰めて呟く。
「私と出会わなければ、あなたはもっと幸せな人生を送れたのかもしれない―――私や魔獣なんかに会わなければ――」
ごめんなさい。再び、秋野 瑞希は謝った。
「さっきも、橋の下に突き落とす他に、あなたを助ける術が私にはなかった。これ以上の危険に、魔法使いでないあなたの身を晒すことは出来ない。――もう私に、あなたと一緒に居る資格はなくなったわ。あなたに私ができる唯一のことは、この先あなたが魔獣や魔法使いとは無縁の生活を送れるように手助けすることだけ――」
秋野 瑞希が、大きく深呼吸する。
「ミドナ、お願い」
秋野 瑞希が呟くと、航平の頭上に、いつかのウサギ似の使い魔が出現した。その使い魔の背中から、二本の触手が伸び、航平と秋野 瑞希の眉間にそれぞれ触れた。
突如、ミドナと呼ばれたその使い魔の体が輝いた。同時に、航平の額に繋がれた触手の先端が同様の輝きを発した。それは触手をたどってミドナ本体へと向かい、続く秋野 瑞希に繋がれた触手から、彼女へと流れた。
やがて、ミドナの輝きが収まり、ミドナは二人から触手を外した。
「ありがとう、ミドナ」
秋野 瑞希が、右の掌を空に差し出す。ミドナはその上に乗った。
「エリウス、出番よ」
不意に、秋野 瑞希がこちらを向いた。
「オレサマか?」
呼ばれた視点の主はそう反応すると、彼女のもとへ近付いた。
「ええ、あなたよ。あなたに頼みたいことがあるの」
視点の主、コルガレア ・バナージ・エリウスはベッドに眠る航平の顔を覗いた。
「何をしたんだ?」
秋野 瑞希に訊ねる。
「私達魔法使いや魔獣に関する一切の記憶と、体内の魔力の全てを私に“移した”。これで航平はもう、魔獣や私達を感知できない」
「そうか―――それで、頼みたいってことは?」
「航平がこの先、魔法使いや魔獣とは無縁の生活を送れるように、“導いて”あげて。あなたのその能力で」
「それはいいが―――」
コバエはしかし、逡巡した。
「お前はどうするんだ?」
「そうね――まずは、残りの一匹を片付けて、それからは...きっとまた、この町を守ってくでしょうね」
「もう会わないのか?こいつとは」
秋野 瑞希が頷く。
「会わない方がいいと思うから―――そんな風に見ないで。いいのよ。全部私が悪い」
「そんなわけねえさ」
コバエは、秋野 瑞希を真っ直ぐに見詰めた。
「オレサマは、お前らをずっと見てきたから知ってる。お前らはよくやってたよ。よくずっと、お前達だけでこの町を守ってた」
ふ、と秋野 瑞希が微笑んだ。
「何か変ね。あなたがそんなこと言うなんて」
「ああ、柄じゃねえ」
まあ、とコバエは話を区切る。
「そういうことなら、任されたぜ。安心しろ。オレサマがこいつを良い方向へ導いてやる」
「ええ、えりがとう。それじゃあ、私はもう行かないといけないから」
秋野 瑞希は、こちらに背を向けた。