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朝の夢のことなど忘れ、真面目に授業を受けること数時間。昼休みとなり教室は一気にざわめきだす。それに紛れながらシユは一人、大きく溜め息をこぼした。
確か今日はイユリと食べる日ではないな、と確認しながらも、シユは気に入っている中庭を目指して立ち上がる。
「あ……」
「シユ……!」
教室を出た先、シユは複数人の女子に囲まれたレーヴェンと目が合った。頭一つ出ているためかどちらからも見つけやすかったらしい。レーヴェンは完全に困り果てている。
「レーヴェン、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
シユが声をかけるよりも先に、女子たちの視線が全てその方向に向く。彼女たちはそれがシユだと分かった瞬間、少しずつレーヴェンから距離を取り始めた。
シユはその行動に首を傾げるも歩み寄る。
「すみません、彼と話したいことがあるので今日は譲っていただけませんか?」
「う、うん……」
「どうぞ……」
「ありがとうございます」
シユは柔らかく笑い礼を言うも、彼女たちはどこか申し訳なさそうに去っていった。シユもレーヴェンも立ち尽くしたまま緊張が解けたように短く息を吐き切った。
「助かった……どうしていいか分からなかったんだ」
「いえ、私も話があるのは事実でしたから」
「話……?」
はい、とシユは頷く。レーヴェンは確かめるように周りを見渡し、頭を掻いた。
「あまり人がいないところがいいんだ、どこかないか?」
「……屋上、はどうでしょうか、私もあまり行かないので」
「分かった」
少し考えたシユがさらに上に続く階段を指差し、レーヴェンも頷いて階段を上りはじめる。
シユ自身、中庭で過ごすことがほとんどのため屋上の様子は知らなかったが、ドアを開けてみれば吹き抜ける風と共に静かな屋上の風景が飛び込んでくる。どうやら他に生徒はいないよう。
「……本当に誰もいないな、よかった」
ひとまず安心したように呟いたレーヴェンの声を聞き、シユはフェンスまで歩いて行った。手をかけて遠くを眺め心を落ち着かせる。
「昨日、ウェイニーが誘ってくれましたよね。家に来ないかと」
「ん? ……ああ」
シユはレーヴェンを振り向き小さく笑顔を見せる。珍しく、無邪気さが垣間見えるような。
レーヴェンはまさか、というような顔をした。
「そのお誘いを受けたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「っはは、お前──……もまた突然だな」
レーヴェンは勢いで笑い、言葉を続けようとして一度、尻すぼみになり困ったように笑った。その中には嬉しさも含まれているようだった。
シユもつられたわけではないが、似たような表情になる。
「ごめんなさい、でもどうしても話をしてみたくて……」
「いや、それは問題ない。きっとあいつらも大歓迎だ」
レーヴェンはシユと距離は空けるも横に並び微笑む。これにはつられてシユも安心したように笑った。
「都合は合わせますので」
「次の休みにでも会えそうだな、絶対に即答だと思うぞ?」
それは良かった、シユは下を見下ろして目を伏せる。
一時言葉が切れ、沈黙が訪れる。
「レーヴェン」
「……どうした」
「気のせいかもしれませんが、私のことを呼びづらそうにしていますよね」
「……」
半ば図星か。レーヴェンはそっと目を逸らした。
「構いませんよ、好きに呼んでいただいて」
「そう、か……分かった、ありがとう」
今度はシユが微笑めば、レーヴェンも吹っ切れたように目を伏せて笑う。そして辛そうに震えた溜め息を一つ。
「……ウェイニーもお前のことを気に入っているからな、何かあったらまた連絡する」
「あぁ、それなら私が行きます。レーヴェンは休んでください」
レーヴェンが離れ出て行こうとしたところ、シユはやんわりと制止し自分から離れる。彼の身体のことは分かっていたのに、と少しばかり配慮が足りなかったことに後悔の念が押し寄せる。
「なんだか、ごめんなさい……」
「いや、俺も悪い……とりあえず、またな」
「はい、よろしくお願いします」
片手をあげて何とか笑ってみせているレーヴェン。シユは心配するように笑みを返してから頭を下げ、去り際に一度振り返ってから屋上を出て行った。
「……今更、何を遠慮してるんだ、俺は」
ずるずると座り込み、頭を抱えたレーヴェン。そよいだ風にフェンスの向こうの空を見上げ、目を細める。
「おいお前ら、俺だ──」
左手の人差し指、指輪の水色の石が淡く光を発した。
今日はもう帰るだけとなり、おそらく兄妹の中でも一番早く外に出たであろうシユは、正門前に立つ人物に早足で近づいた。彼は近づいてきたのがシユだと認めると体を起こす。
「本当に次の休みすぐにでも、だと」
「もう確認したのですか?」
ああ、とレーヴェンは頷いた。なんて早い、シユは流石に驚いて目を見開いてしまう。
「とりあえずそれが伝えられればよかったんだ、それじゃあ」
「あ、ありがとうございます……」
早くも帰路についていったレーヴェン。シユも彼にあまり負担をかけたくないために何も言わなかった。素っ気なく見えてしまうも、二人としてはそれで十分だと思えていた。
「シユちゃん、さっきの人もしかして……」
後ろからやってきてシユの隣に並び、レーヴェンの去った方を見ているイユリ。そのまま何も言わずにシユを見上げ面白そうに頬を緩ませている。
「もう友達になったの?」
「イユリ、何かとんでもない勘違いをしていませんか……?」
表情を見ればすぐに分かってしまう。シユは言い表せられない気分でイユリの嬉しそうであり、面白がっている顔を眺める。
「ふふっ、そんなんじゃないよ……シユちゃんが気になるんだったら、きっと何かあるんじゃないかなぁって」
「そう、ですか……」
「いいことなんじゃないかなっ!」
そして今度は本当に嬉しさ全開であろう笑顔。
シユはその笑顔を見て安心するが、一抹の不安を胸にレーヴェンが去った方を今一度見つめた。




