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6

 翌日、まだ完全に回復したとは言いきれないシユだったが、朝から体調を崩すこともなく一日の授業を受けきった。

 ただ一つ、心残りだったのは昨日の彼を見かけなかったこと。あまり先延ばしにしてしまっては謝ることの意味がなくなってしまう。

 今日は最初から一人で帰るということを伝えておいたシユは一人、誰に合わせるのでもなく、ゆっくりと外に出た。


「あ! シユー!」

「……?」


 やや俯きがちに歩いていたシユは顔を上げる。また、聞いたことのない声だと思った。けれど、親しい友人を呼ぶような、明るい女の子の声。


「こっちよ、こっち!」


 正門前、シユに向かって大きく手を振る少女がいた。距離が離れているせいか、両者共に注目を受けてしまっている。

 遠目に見ただけでも、シユは彼女のことを知らなかった。一方、彼女はシユを知っている様子。シユは小走りに少女の元へ向かった。


「ふふ、こんにちは~!」

「こ、こんにちは……」


 両手でシユの手を取り、嬉しそうに笑顔を絶やさない少女。

 額にかかる前髪は少なく短く、しかし長く伸ばされた後ろ髪は毛先が縦ロールよろしく巻いている。赤い髪が毛先にかけて色が薄くなっているが、髪型も相まって快活な印象を受ける。大人でも子供でもない、どっちつかずな雰囲気の少女だ。

 あまりに嬉しそうなのは何故か。シユはついていけずにされるがままであったところ、少女は一瞬悲しそうな顔を浮かべた。


「どうして私の名前を?」

「ん? ああ、こいつに聞いたのよ」


 それも本当に一瞬のことであり、少女はすぐに笑みを浮かべた顔に戻る。

 そして、少女があごで示した人物。シユはその顔に息をのんだ。まさか、この時間で会うことができたとは。


「人づてに聞いたんだ、悪かったか……?」

「い、いえ……私も昨日助けていただいたのにあんな態度を……本当にごめんなさい」

「……いや、驚くのも無理はないからな」


 そう、シユから目を逸らした彼の左耳で、水色と紫のしずく型のピアスが揺れた。


「そうそう! あたしはウェイニーで、こいつがレーヴェン」

「シユ、です……」

「うん、知ってるわ、よろしくね!」


 レーヴェンと話しをしている最中、離されていたシユの手を、ウェイニーはもう一度取る。よく見てみれば、ローズピンクでまとめられたストーンもついているネイルが施されているその手。両手の薬指にも同じく、ローズピンクの石がはめこまれた指輪をつけている。

 繋がれた手を少々乱暴に上下に振られるのも愛嬌か、シユはつられて微笑んだ。


「ね、今度家に来てよ!」

「ウェイニー……!」

「ほら、一応会わせておきたい人もいるし」

「と、突然ですね……」


 身を乗り出してくるウェイニー。突飛な発言にレーヴェンは焦ったように怒り、シユは呆気にとられてしまう。期待がこめられた瞳には断ることができなくなるような謎の圧力があった。


「でもシユにも用事はあるだろうし──」

「……っ」

「あ、レーヴェン……?そろそろまずい?」

「っああ、悪い……」


 何の前触れもなく、眉間に皺をよせ口を覆ったレーヴェン。顔色も悪く辛そうだ。

 ウェイニーは特別慌てた様子もなく、むしろ話を中断されて嫌そうな顔をした。内心では心配しているのだろうが、酷いものである。


「ぐ、具合が悪いのなら早く帰られた方が……」

「ええ! そうさせてもらうわ……シユにも待っている人がいるみたいだし」

「……え?」


 ウェイニーはシユの手を離し、後ろを睨むようにしてレーヴェンの腕を掴んで乱暴に引き寄せる。困ったような最後の言葉に、シユはあたりを見渡すと正門に寄りかかり待機していたのか、カイルの姿が。

 どうして待っていたのか、シユの疑問をよそに、カイルはシユと目が合うと頷いて歩き出してしまう。来い、と言われているようだった。


「シユ、またね!」

「はい、また……」


 満面の笑みで手を振ってくれるウェイニーに、シユは応えて微笑み返し小さく手を振り返す。そのまま名残惜しそうに彼らに背を向けた。




「……ほらっ! これで大丈夫でしょ?」

「っ……力、加減ってものをな……痛ぇ……」


 ばっしりといい音を立ててレーヴェンの背中を叩いたウェイニー。

 顔をしかめ叩かれた背中をさすりながら、レーヴェンは涙を堪えているような表情のウェイニーに目を見張った。


「……今なら、あんたの気持ち、分かるわ」

「そうか……」

「辛いわね、これ……」


 手の平の付け根で目元を拭うウェイニー。完全に涙を流してしまう前というのがせめてもの強がりなのだろう。レーヴェンは何も言わずにウェイニーが落ち着くのを待った。






 昨日の恐怖心はどこへ行ってしまったのだろう。

 淡々と歩き続けるカイルの背を追いながら、シユはふとそんなことを思った。

 ウェイニーという第三者がいたからか。引っ張るような明るさでそれを打ち消してくれたのか。少なくとも、あの気持ちが追いつけないほどの会話の連続はシユにとって心地良いものがあった。

 どうしようもなく、懐かしい──。


「シユ」


 は、とシユは立ち止まる。少し前でカイルが振り向いたというのもあったが、今、自分は何を思ったのか、と。遮ってきた声に思いは霧散してしまった。


「あいつらには気をつけておけ」

「……何故です?」

「あれはまだあの身体に慣れていない」


 訝しんだシユから表情は消える。言い表せない驚きでそうなったような。

 カイルはそれでも事実を述べたまで、という顔をしている。


「なんだか、最初からそうではなかった、というような言い方をするんですね」

「……そうだ」

「一体何を──カイル……!」


 それきり、またシユに背を向けて歩き出してしまうカイル。それ以上なにも答える気がないというその背中に、シユは諦めると同時に、含まれている意味も理解できていた。

 そこで一人の人物が頭を過る。隠すことのない、あれだけの笑顔を見せてくれた彼女は。


「……違う?」


 そう、ひとまず思ったところで、シユは早く帰ろうと一歩踏み出した。考えたいことは部屋に戻ってからに尽きる。

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