いつかの日々をまたここで
あれから数ヶ月と経った。
シユは夜野家を出て、こちらで与えられていた彼らの屋敷へと身を移し生活するようにはなっていたが、元より生活を共にしていた夜野家の兄妹たちとは変わらず交流を続けている。
新しい環境にも慣れ、家の設備も整い、安定した日々を送れるようになった最近では、後からやってきた彼らも夜野家と馴染んだ関係を築きつつあった。
シユとレーヴェンも卒業というかたちで学校を出、自由な時間を過ごせるようになっている。そして、半ば敵対していたカイルとレーヴェン、ウェイニーも和解し、今ではそれなりの友人として付き合うようになっていた。
そして、ミスカラルド対面時に見かけただけであり、ほぼ初対面であるクィディーと兄弟たち。彼らのクィディーに対する第一印象は、親父と似たような匂いがしたとのこと。
だが手合わせ仲間、新しい力を持つ彼らとの少しばかり危険な遊びは、特に双子、アシュウばかりだが興味を惹かれるらしく、毎度激しい手合わせをすることは決まりとなりつつあった。
こうして今も喧嘩にも似た派手な手合わせが行われている。
「手前、剣捕まえるのは卑怯だろっ!」
「五月蝿いよ、そうやって言って殺されるだけとか無様すぎる、よ!」
「危ねぇな!?」
この通り、今はアシュウとテリスが本当の戦闘でもしているかのような剣幕を見せている。
思うと剣を使う相手は珍しい。今までは飛び道具を使ってくる相手ばかりだったため、未だ剣との間合いの詰め方はこうして勉強中ということか。実戦など起きないのだが。
今しがたテリスがアシュウの剣をチェーンで絡め取り、動きを封じて反撃に出たところだ。遊びらしく本気で当てには行っていないが、威力が強めなのは感じられる。
「髪くらい毟り取ってやればいいのよテリス!」
「剣折られても知らないからな、アシュウ」
その周りでは観戦と謳いつつ、野次を飛ばしまくるウェイニーとラシュウ。
押され気味であるアシュウにとっては、どちらも敵の野次だ。彼はそれをうるせぇと黙らせ、使えない剣に代わり、蹴りを繰り出す。が、察しのついていたテリスにあっさりと避けられてしまった。
そうして終いには避けられた反動であらぬ方向に曲がった剣が手から離れ、取り落としてしまう始末。アシュウの完敗に終わった。
「お前ら強すぎねぇ?」
「そりゃあ殺さなきゃ殺される環境にいたからね」
実力差があり過ぎて悔しさを通り越しているのだろう、アシュウは胡坐をかいて座り込む。素直な文句を流しながら答えたテリスは柄かから落ちた剣を拾い上げ、彼に返す。
「でも僕だってヒヤヒヤしたよ、剣相手とかほとんどないし」
へえ、とそこは興味なさげなアシュウは刃こぼれがないかどうかを確かめると、それを隣に置いた。どうやら問題はなかったらしい。
「手合わせでも遊びでもなかったな……ただの稽古……」
「あー? ならお前もやってみろよ!」
それで負けろ!
最大級馬鹿にして鼻で笑ったラシュウに指を突き差したアシュウだったが、彼はどこ吹く風、といった様子でそっぽを向く。
「嫌だよ、今日はやる気がない」
「何だよ、負けるのが怖ぇのか?」
完全に煽っている。いつもの止まらない喧嘩でも始まるのかと思えば、ラシュウはそれに言い返すのも面倒だという、あからさまな表情を浮かべた。
これは本当にやる気がない。親しくなって間もない彼らでさえそれが分かったのだ、尚更それが分かったアシュウはすぐに諦めたらしく、足首に手を置きながら体を揺らす。
「なあ、あいつ連れてこいよ、危なそうな奴」
「クィディーたちなら後から来るって──ああほら、いるよ」
テリスの視線を追った先、この裏庭を直接眺められる部屋に彼はいた。悠々と手を振ってきているということから、大分前には着いていたと見える。既にくつろいでいるようだ。その正面と間にはヴェルクとディスタの姿もあり、彼らも観戦を楽しんでいたらしい。
アシュウはその姿を認めた途端に、出てこいと言いながら窓辺へと走って行く。
屋敷に出入りするための階段にて様子を見ていたシユとイユリ、レーヴェンはそれを目で追いかけ、イユリは笑い声を上げた。
「最初は父さんに似てるって嫌そうな感じだったけど仲良くなってよかったなぁ~」
「仲良くなったと見てもいいのでしょうか……?」
端から勝負を挑んでいるようにしか見えないのだが、敬遠しているよりはいいということか。
クィディーは出て行く気がないようでアシュウの声ばかりが響いている。
「ただ単にあいつの容赦のなさを前に遊びたいだけなのかもな」
「ふふ、そうかも。でも危ないんだよね……シユちゃんがいないと気が気じゃなくて」
今では向こう見ずで群を抜くのはアシュウになりつつある。喧嘩っ早い、血の気が多いことが一番に挙げられるが、危険だと知っていながら面白いと喜び勇んで首を突っ込みに行くため質が悪い。
何よりそうしてこの間、危うく大怪我をしそうになったのだ。シユがいなければ今頃ベッドの上か。好奇心が勝るのは致し方ないとしても、程々にしてほしいというものだ。
「あいつ、頭に血が昇って駄目になるタイプね」
終始困った野次を飛ばしながら観戦していたウェイニーだったが、その実よく見ていたらしい。一旦の休憩にと階段までやってきた彼女はアシュウを見ながら何の感慨もなしに言ってのける。
それを聞いたシユは、以前はあまり気にもかけていなかったが、一つのことを思い出した。
「そう言えば喧嘩をしたという日はアシュウの負けが多かった気がしますね」
「でしょ? ちゃんとしてればいい線いくと思うんだけど」
多少の嗜み程度だとしても、要は勿体無い、ということだ。彼の場合は最低限の嗜みという以前に鬱憤晴らしのための手段にしかなってなさそうだが。
「何だ、しっかり上から見てたんじゃん」
「上?」
「カイルとクレイだよ、今見えなくなったけど」
伸びをして上を向いたから目に入ったのだろう、テリスの一言に屋敷を見上げるレーヴェン。しかし、既に人の影はなく、テリスはアシュウに置いて行かれた剣を拾い上げながら彼らの名を口にする。
やるならやってろ、というような二人だったが、一応それなりの観戦はしていたようだ。
「あれ、戻っちゃうの? ラシュウ」
「まぁ、あの馬鹿がどこまで無様に負けるか見たかっただけだし」
やや気怠そうに戻ろうとするラシュウも先程は一々気に障るような野次を連発していた。もしかしなくても、いつもあのような調子でアシュウの気を削いでいたのだろう。今はその必要もないということか。
聞けば間違いなく怒りを買うその発言はアシュウには届かなかったらしく、彼はまだクィディーに食いついていた。窓は開けられているが、片手で簡単にあしらわれている始末。
「そうだ、ラジョラは?」
「そっち側の部屋、母さんとといたけど」
クィディーとアシュウで騒がしい方を右側とするなら、今シユたちが座っている階段を挟んだ左側を指差すラシュウ。彼女も後から行くとは言っていたため、もう談笑しているのならそれはそれでいい。
そのまま屋敷の中に入ろうとドアを開けたラシュウは、止められたように急に立ち止まった。
「あら、ちょうどよかった。そろそろ休憩したらって思って」
姿こそ見えないものの、中からはシルフェイミの声が聞こえてくる。呼びに来てまで休憩を促すということは、中に入ってゆっくりしてほしいのだろう。シユたちは立ち上がった。
そして、右の部屋でもラジョラが声をかけたのか、アシュウが盛大に文句を垂れながら戻ってくる。
「馬鹿にしやがって、少しくらいいいじゃねぇか……」
「その頭を一回死んで治してこいってことだろ」
「あ?」
へ、とまたも馬鹿にして笑いながら中に入って行くラシュウの後をすぐさま追いかけるアシュウ。結局今日も言い合いの喧嘩が始まってしまったようだ。
「あれが普通なのかしら」
「仕方ないんじゃない?」
どうせ関係ないし。そんな様子で戻るテリスとウェイニー。シユとしては見慣れてしまった光景のため、何を思うこともなくレーヴェンと共に騒がしい声の響く屋敷に入る。
これだけの人数ともなればリビングに集まるのが決まりとなっていた。そこで全員が思いのままにくつろいでいく。毎回出てくる手作りの菓子が楽しみというものだ。
シユはその道すがら、ミスカラルドを捕まえたらしいクィディーを見つけた。何やら話をしているところを見るに、“あれ”をまたやってほしいという頼みだろう。
これは余談だが、こちらで仲間全員が揃って間もない頃、シユは一度も会うことの叶わなかったあの姉妹と顔を合わせることができていたのだ。クィディーの押し切った頼みで、番人が創り出すあの狭間の空間で。
リネモアとミシュガー。それが姉妹の名前。緑がかる金の髪、同様の瞳をした、本当に雰囲気が不思議な二人だった。人によって捉え方が異なるというのは誰にでもある話だが、この姉妹の場合、それが顕著に表れるらしい。その中で、シユは彼女たちをただ綺麗だと思った。前に言われていた通り、口には出さなかったが。
番人とて暇ではないだろうに、だがクィディーは問答無用でそれを頼み、彼に不要の負担をかける。一度手をかけたのなら最後まで面倒を見てくれてもいいじゃねぇか、というのがクィディーの言い分だ。自分でどうにもできない対価を支払ったこの状態を棚に上げて。
「シユ、どうした」
「いえ、ミスカラルドとクィディーがいたものですから。今行きます」
少しの間、立ち止まり物思いに耽っていたらしいシユはレーヴェンの呼びかけに、また足を進める。目的のリビングからは甘く、良い香りが漂ってきていた。
思わず頬が緩む。まるで新しい家族が増えたようだと。場所が変わっても変わらないものはそこにある。こうしてまた、豊かな日々を積み重ねていくことになるだろう。新しいこの場所で。




