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 何事もなく、学び舎での時間を終える。

 シユとレーヴェンが昼の休みを利用し、呪いを解くことができたと連絡を入れれば、返ってきたのは安堵という歓喜と放課後の予定。案の定、迎えにはウェイニーだけではなく、クィディーも同行するとのこと。

 そうしてやってきた下校時間。足並みを揃えながら出てきた兄弟たちがクィディーの姿を目にし、ややざわついたのは記憶に新しい。

 そして現在は番人の居座る例の部屋へと集まっていた。


「よぉ、久しぶりだな。狭間の番人さんよ」


 後ろでドアが閉まった音の次、開口一番にクィディーは片手を上げながら、どこか皮肉の漂う挨拶をする。こちらに背を向けて座っていた番人は面白そうに笑いながら立ち上がると、振り向き椅子の背もたれよりもこちら側へと移動してくる。変わらず、椅子もテーブルも二人分しかないことから、今回はこうして立ち話となるらしい。


「無事に終えたようで何よりだ」


 番人というよりはミスカラルドとして、シユに向けられたのは穏やかな微笑み。そこには昨日のように試しているような意地の悪さなど微塵もなかった。


「さて、これで君たちは自由な訳だが、どうするかは決めているのかな?」

「仮に俺たちが帰ると言ったら帰ることはできるのか? 都合良くあいつらの頭も何とかできるってのかよ」

「おい、それだと」


 焦ったように口出しするレーヴェン。帰るという選択肢についてはシユも素直には頷けないところがある。彼が迷いなくその選択をするということは、彼はシユの命運に関しては知らされていないということ。

 クィディーはレーヴェンの横槍に眉を顰める。


「……何か問題でもあるのか」

「おや、その話はしていなかったのか」


 レーヴェンは詰まったように頷き、意外だとばかりに、ミスカラルドは目を丸くする。自分の知らない内容の話を進められていることに苛立ちを見せ始めるクィディーは何の話だ、とレーヴェンに鋭い目を向けた。同様に、ウェイニーも何の話かは分かっていないようだったが、レーヴェンに目を向けて待っている。


「では私から話そうか」


 珍しいこともあるものだ。番人自ら名乗りを上げるとは。

 レーヴェンも説明できないことはなかったのだが、ここで急に話をまとめて説明するとなると自信がなく、彼の申し出は有り難くもあった。誰よりも状況を俯瞰して見ることのできる彼だからこそだ。

 全員の視線が番人へと向けられる。


「結論から言ってしまうと、帰ったところで彼女はどちらにしてもあの時期に死んでしまう」


 ああ、やっぱりそうか。

 確信にも近い予測はできていたシユとレーヴェンはそこまで驚くこともなく、その事実を受け入れることができた。一方でクィディーは理解こそできていても不可解だと首を振り、ウェイニーに至っては死んでしまうという事実に悲しさを露わにしている。


「じゃあその時期とやらを過ぎてからだったらどうなる」

「そこまでは私も分からないのだがね、おそらくだが……彼女は帰れないか、今度こそ本当に消えてしまうかのどちらかだろう」

「そんなのって……」


 ウェイニーが顔を曇らせるのも無理はない。これこそあまりにも残酷で救いがなさすぎる道だ。本当に消える、流石のシユもそれには背筋を凍らせた。


「要はそれ自体諦めろってことか……」


 クィディーは雑に頭を掻き、溜め息を吐く。しかし、次の瞬間にはいつものあくどい笑みが張り付いていた。


「まぁ、どうせあいつらを呼びつけるつもりで、帰る気なんかなかったんだけどな」

「じゃあ何でそんなこと聞いてたのよ!」

「一応だ。これでらしくねぇ未練なんざ断ち切れた」


 は、と自分を馬鹿にして笑ったらしく、クィディーは悪い笑みをさらに深くする。そうして目を合わされた番人は困ったように首を振った。彼でなくても分かる、絶対に何かとんでもない発言をしてくると。

 さて番人さんよ。クィディーは交渉でも取引でもなく、ただ一方的に自分の意見を通そうとするように、彼に手を向けて揺らす。


「俺と取引でもしてくれねぇか」

「全く、何を考えている……?」


 彼の飄々とした態度、腹の内が読めないと、番人は腕を組んで表情を硬くする。それでも、彼の言う取引自体をしないわけではなく、先を促すように一つ、頷いた。


「あいつらもちょっとここに呼べねぇかと思ってな」

「何かを支払う気があるのかね……?」


 ああ、もちろんある。

 取引そのものを真面目にする気はあるらしいクィディーだが、態度は不真面目そのもの。何かの拍子で支払うはずの対価を知らん顔で放り出してしまいそうな雰囲気だ。

 だが、一応取引としての形は成立しているため、番人は彼に手を差し向ける。


「では、何を差し出す」

「俺がもう二度と向こうに帰らないことだ。確かな形のねぇものじゃ取引にはならねぇか?」

「いいや、構わない」


 どうせ、行き来するには狭間の番人なる彼の手を借りなければならないのだ。永遠に続く条件なら、彼がそれを跳ね除けてしまえばいいだけの話である。

 そして、ここまでの交換条件は成立しているが、問題はこの後だ。最も懸念すべき、取引終了となる最後の行動。


「で、俺の条件はのんでくれるのか? 次から次へと人を消す行為だ。できるのかよ」

「確かに、普通では考えられないし実行してはいけないことだけどね。どうやら私の悪い癖が出たらしい」


 ミスカラルドは自身に呆れたらしく、首を振りながら笑みを零す。そうして持ち上げられる右手。それが指を弾く形を示した時、クィディーはもう一つと口を開いた。


「あいつらとの時間の食い違いはどうなる」

「何、彼らにはもう話はつけてある」

「は──」


 声を上げる間もなかった。また毎度のごとく、ぱちんと小気味いい音が鳴り響いたかと思えば、部屋の中央付近の“空間から”落ちてきた人、人、人、人。それはもうどさどさと、唐突に床に穴が開き、重力に従って荷物でも落とし込んだかのようなその光景。受け身も取れず着地した衝撃で呻く声はするものの、誰も起き上がっては来ない。

 その場にいたシユたちは何の反応もすることができず、ただ重なった四人の山を口を開けて眺めているしかなかった。だが、それらはもう会うことも叶わないと思っていた人物たちで。


「痛いなぁ、もう……」

「んんー……」


 一番上で呻きながら顔を上げたのはテリスだった。そして、その下敷きにはなっていなかったが、並んだように落ちてきたらしいラジョラも衝撃にやられ、視界も定まらないまま目を瞬かせる。更にその下は、黒い衣服の二人。体格からして上がディスタで、一番下敷きになっているのがヴェルクか。


「おい、下りろ……」

「はいはい」

「やだ、ごめんなさい……!」


 本当に辛いのはヴェルクなはずだが声を上げたのはディスタだった。割と立ち直りが早かったテリスは彼の背に手をつき、体重をかけた後に飛び降りる。その時に聞こえた小さな呻き声になど耳を貸さずに。その隣のラジョラといえば苦しそうな声で意識がはっきりしたらしく、慌てて彼らの上から滑るようにして下りる。

 そうしてようやく起き上がれた彼らは混乱した頭のまま部屋を見渡し、最後には呆気に取られていたシユたちを捉えた。


「ディスタ……!」


 落ちてきた彼らが起き上がろうとしていた間も体を震わせて耐えていたウェイニーだったが、目が合った瞬間に耐えきれなくなったようで、ディスタに抱きつきに走り出す。全力の衝撃を受け止めた彼はその頭を撫でながら、よ、ともう片方の手を上げた。


「結局とんでもねぇことになったな」

「ああ、でもこれが一番だろ」

「面倒がないと?」


 まあそういうことだ。

 クィディーはディスタとヴェルクの間に歩み寄り、二人と同時に固く手を取り合う。発言から察するに、別れる直前の記憶はあるようだ。つくづく番人も用意が早い。


「シユとは本当に久しぶりだなぁ……」

「こっちでは大丈夫だった?」

「はい、私よりは、その……レーヴェンが一番辛かったのではないかと……」


 次いでシユの元にはテリスとラジョラが。再会に喜びを爆発させるのではなく、ただ久々に会う友人との近況報告のような語りだ。それでも、テリスは離すまいとシユの両手を取り、存在を確かめるように揺らしている。

 ただこちら側の状況としては、主に三人の方が神経を使っていたには違いないのだ。中でもレーヴェンは特に。シユがそう彼を見遣ると、ラジョラは手招きをする。


「でもそれは越えられたのでしょう? 何があったかはこれから何もかも話してもらうからね」


 ほっと一息吐いていたレーヴェンはラジョラの手招きに応じ、やってきたところで彼女は二人の頭を労うように撫でる。穏やかで安心する笑顔だが、その裏には有無を言わさぬ圧もあった。

 どうせ、彼らの知らないこれまでを話さなければならないのは決定事項なのだ。レーヴェンはそのつもりだと頷く。


「で、あの二人はどうした」

「ああ、あいつらは……」


 ディスタは言いづらそうに言葉を濁らせる。シユが未だ会った事のない二人の姿はここにはない。まさかここまで来ても距離を保つつもりなのか、クィディーはどうしようもない憶測にやや頭を抱えた。


「気が向いたら番人を呼んで来るとさ……」

「あいつら……」


 そのまさか。クィディーは今に始まったことではないと納得はできているものの、ここまでの大事になっても普段の在り方を崩さない彼女たちに呆れながら首を振る。尊敬に値するまでの強情さだ。


「彼女たちが呼べば私は手を貸すが、特例だ。でもまぁ、これで良かったのではないかな?」

「番人、もうあの答えを聞いてもよろしいでしょうか」


 再会の熱が冷め始めたところで、番人は自分だけ満足したような顔で笑う。確かに、良かったと言えば良かった。だが、彼がここまでする理由だ。何もかも終わった今なら聞いてもいいだろうと、シユは彼を向き直り、番人はその真剣な顔にふ、とまた笑みを零す。


「あまりに救われない運命の下に居続けてしまうのなら、立つ地を変えてでも救いの道は差し伸べるつもりで動いてもいるんだよ、私は」


 ただその道は簡単には開かせないけどね。

 度重なる試練のような重荷は、要はそういうことだったのだ。ただ救いをもたらすだけではつまらない、そのための枷。

 続けて、彼は自嘲にも似た笑い方という珍しい表情を見せる。


「だがまあ今回はやり過ぎてしまったかな。七人、また二人増えるかもしれないからね」


 クィディーも指摘したことだ。シユは初めから数に入らない特殊な例。だが他の彼らは何ら変わりのない、いわば普通の人。シユのように取り除かなくてもいい人間なのだ。これだけの人数を掬い上げたツケはどうなるのか。


「それでも似たような境遇の人間は生み出されるようになる。全く同じではないがね、あらゆる面での補整がかかる」


 最終的に、彼はそこまでのことをさせてまで彼らを救おうとしていたのだ。どこまでも回りくどく、気まぐれや退屈などという言葉を並べ立て、悪い者として振る舞ってはいたが、根底にあったのは救済のみ。一個人としての情があったか、できるからやってしまっただけのことか。

 番人はもう用はないと、これで終いだと言うように、ドアへと手を向ける。


「さあ、もう行くといい。ここからは君たちの自由な時間だ」


 それだけを言うと、彼は定位置に戻ってしまった。これはどうやら本当に退室し、屋敷に戻るしかないようだ。来た時と帰る時でこんなにも人数が変わってしまっては、ここを出る時に驚かれてしまいそうだが、案外納得してくれそうなものでもある。

 本当にこれだけでいいのか。戸惑いは隠せないが、一先ずは帰るしかないのは確かだ。

 ドアへ向かう足音そのものからも戸惑いが浮き出る中、シユは最後までその場に残る。動かない彼女をどうしたかと気にしたレーヴェンだったが、彼女なりに何かがあると察し、口を開きかけたのを閉じて静かにドアを閉めた。


「私がこんなことを言うのは違うと思いますが……ありがとうございました、番人」


 返事はなかった。彼が振り向くことも。

 分かっていたシユはせめてもと頭を下げ、彼らの後を追って部屋を出て行く。

 再び静かな空間になった時、彼は一人穏やかに口元を緩めていた。

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