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 どんな言葉でも真摯に受け止め、答えようと向けられていた番人の手が下げられるのを、シユはただ見ていた。彼女自身、整理はついていたが、何となく、すぐに問い質すべきではないと思い、黙っていただけ。


「番人、何故彼らまでもこちらへ呼んだのですか」


 言い方がずれているのは承知していた。彼らは、彼は、自ら望んで渡ってきたことを知っているから。

 聞きたいのは何故それを善しとして彼が手を差し伸べたかだ。彼が使命とする、調和を乱していた要因であるシユを取り除いたまではいい。だが追おうとしていた彼らはそれとは関係ないところにいる、範囲外というものだ。個人の切なる願いをないものと考えるなら、この行為は本来、許されることではない。

 番人であり、ミスカラルドでもある彼はふっと表情を崩した。


「あの時、君はそれをするなとは言わなかったからね。屁理屈だと怒るかい?」

「……確かにそうですが……そこまで怒る要素はありません」


 まるで子供の言い訳のようだ。シユは一瞬面食らうも、筋は通っていないこともないと、いつの間にか入っていた力を抜く。

 彼は狭間の番人という前に、一人の人である。非情になりきらないのにも訳があるのか、または何か考えがあっての行動なのか。その何かが明かされる時が怖いというものだが。

 ミスカラルドは促すように手を椅子へと向ける。緊張が解け、あからさまに敵対しながらする話でもないかと、シユはそれに従った。彼の立っていた反対側の椅子に腰掛ける。


「番人としてその行為が良いかを聞きたいのです。私同様、彼らの存在も消えているのですよね?」

「ああ。だが、彼らは君と話がしたかっただけのようだったからね」


 それを聞いたシユは何とも言えない悪寒に襲われた。何気ないただの日常会話の一つであるはずが、先程の話のせいで裏に潜んだ意味までも読み取ってしまったような。


「まさか……彼らがここへ来た目的が果たされたとするなら、貴方は彼らをまた送り返そうとしているのですか?」

「そうするつもりだったがね、でもそれは君たちが許さないだろう?」


 複雑、だ。シユは否定も肯定もできなかった。

 存在を消してそれで済むとは思えない中、仲間と離れてまでただ一言のために来ることを選んだ彼らに対し、帰るべきだ、などと言えるわけがない。ましてや、一人のためと選択しておきながら、周りを巻き込み離れ離れにした自分には、特に。それこそ勝手が過ぎるというもの。

 しかし、番人として彼はこれまでにも彼女と同じような人々を、望みに適うよう手を下してきたはずだ。シユは躊躇いながらも切り出す。


「……これを、言ってしまうのは失礼かとも思いますが……貴方は言葉の抜け道、を利用しているように見えるのですが、これまでの方にも同じことを?」

「いいや、君たちは異例だよ。こんなことは滅多にない」


 あることはあったらしい。それでも後処理が面倒になることを何回も繰り返す意味が分からない。例え短い時間だとしても、存在の有無という変化は大きいに違いないというのに。

 それに、全く関係がなくなるこちら側での生活にまで手が加えられていたのは何故なのか。


「……レーヴェンの呪いは」


 最初の話題が終息したかと、シユの口からはようやく本題が零れ落ちた。問いかけるのではなく、本当にふっとその字面が落ちてきただけの呟きだったが、ミスカラルドはしっかりと受け取ったようで一つ、唸るように息を吐いた。


「ただ動かれるだけではつまらないと思ったからね」

「つまらないって……それだけで彼に呪いを?」


 それだけではない。あんまりな理由だが、それよりも前に課されていたものはある。シユは訴えかけるように胸元に手を置いて身を乗り出す。


「私の記憶を閉じるだけでは足りなかったとでも言うのですか……!?」

「だが私が何も手を加えないままでは、君は今よりずっと苦しくて悲しい思いをしただろう?」


 そんなもしもの話をされても言い返せる言葉がない。憤りかけていたシユはその仮定の話に落ち着きを取り戻した。

 確かに、記憶があるまま彼らと急に対面でもしていたら酷い困惑に落ちただろう。冷静に彼らの言葉を受け止めることができるのかも、怪しい。

 だが、シユの記憶が失われていたのは最初から。この全ての流れを見たら、番人が意図的に事を運んでいるように思えてくる。


「全て知りながら手を加えていたのですね……?」

「私はそこまで賢くはないよ」


 ミスカラルドは本当にそう思っているらしく、目を閉じて小さく首を振る。そうして開いた目はシユを見てはいなかったが、ただ、と付け加えた。


「君たちが円満に落ち着いてくれたらいいと思った、それだけさ」


 なら、何故試すような、余計な重荷を彼に背負わせたのか。落ち着いてほしいと言いながらシユの記憶を閉じ、呪いをかけるなどの妨げをする。

 ただ円満に向かうだけの道がつまらないと、態々試練にも似た障害を設けたのか。


「……それならレーヴェンへの呪いは必要なかったのではないですか?」

「それは言い逃れはできないかな……スリルを設けたかったと言ったらそれこそ君は怒るかな?」


 彼はシユを怒らせたいらしい。レーヴェンに呪いをかけた理由は明確なものではない。シユは目元も眉間も歪ませて機嫌を悪くしたような表情を浮かべるが、すぐに首を振った。理解が及ばなくても感情的になってしまったら話がまとまらなくなる。

 シユは記憶の喪失も呪いも彼らに課されたものであると思っていたが、記憶を閉じられていたことそのものが自分に課されていた試練なのではないかとも思い始めていた。

 そこで思い出されるのはウェイニーの言葉。


「奪う側なんて、彼にそんな酷なことを……」

「だが君は幾度となくその命を奪われてきただろう」


 事実だが、頷くことは躊躇われた。

 この男のしたいことがまるで分からない。望み通りに手を差し伸べたかと思えばその手を返し、枷をつけて放任する。

 シユは膝に置いていた手に力を込めた。


「貴方は一体、何をしようとしているのですか」

「それを言うにはまだ早いな……それよりも大事なことがあったのではないかな?」


 はぐらかされてしまったのか、本当に聞く時期が早いのか。この調子ではこれ以上何も聞くことはできなさそうだ。それでも大方のことは聞くことができたとシユは改めて本題へ入ることにする。


「……彼の呪いの解き方を教えていただきたいと思いまして」

「今の君なら問題なく解くことができると思うがね」


 やや俯いていたシユは思わず顔を上げた。彼とて、シユに呪いを解く心得がないことは知っているはずだが、それでも問題ないと言ってみせたのだ。


「私が君の記憶を閉じていたものより程度は軽いものだよ」

「けれど呪いに変わりはありませんよね?」

「それはそうだが……」


 さて、どうだろうか。

 番人としての顔を覗かせたミスカラルドはシユを試そうとしているが、どこか信頼しているような目を向けてくる。

 呪い、という言葉の前に深く考えすぎていただけなのだろうか。シユは自身の手の平を見つめた。


「あまり難しく構えなくてもいいということですか……」


 それでも彼女の顔は深刻だ。彼ができるというのならできるのだろうが、未知の領域への不安はそう簡単には拭えるものではない。仮に呪いを解くことを失敗したとしても、変化がないだけに留まるだけの話になりそうだ。


「──それにしても」


 ミスカラルドはテーブルに肘をつき、指を組む。その緊張感の抜けた、ただの雑談でもしようかという声音に、シユは不思議そうに顔を上げた。


「まさかこんなに早く解かれてしまうとはね……強力に閉じたつもりだったが」

「貴方にしては予想外でしたか?」

「触発されてしまえば致し方のないことだけどね、君は取り戻したいという思いが強かったらしい」


 絶大な力を持つ番人のかけた術をそれだけで解いてしまうほどに。彼の見立てが甘かったか、彼女の無意識に働く力が強かったのか。

 ミスカラルドは組んでいた指を解いて彼女に手を差し出すように向け、また組み直した。そして次には悪戯に笑いながら小首を傾げてみせる。


「天才と呼ばれていただけのことはあるのかな?」

「やめてください……使える力も少ないのに……」


 からかうようなミスカラルドに対し、シユは本当に嫌なことを聞いたと首を振った。そんな言葉で呼んでもらえる価値などないというように、その顔は劣等感に歪む。

 そんな彼女に分かっていないなと鼻で笑うミスカラルド。馬鹿にしたわけではなく、仕方ないなという風に。


「君は力の在り方だけを見ているのかもしれないが、その思いの在り方に親愛の意味を込めてそう呼ばれたのかもしれないよ」


 始めはそうだったのかもしれない。小さな田舎町の中での、親しみから生まれた呼び名。だがそれはいつしか外に広がると同時に、言葉通りの壮大な意味として知られるようになってしまった。

 外から人が来るようになってからというもの、過大評価への心苦しさが増す一方であり、シユは最初の温かみを忘れかけていた。


「そうですね……すみません。それと、ありがとうございます」


 今更その過去を振り返ってみたところで、それはシユの心、頭の中に残っているだけの幻のようなものである。悲しいようで悲しくはない。確かに覚えてしまっているのは自分だけであるから。

 ただ今は助けたいと思う仲間のために時間を使おう。シユは座りながらでも、目の前のミスカラルドに頭を下げて席を立つ。


「……番人、明日には先程の答えを聞かせていただけると助かります」

「ああ、伝えられることを期待するよ」


 ドアの前で振り返ったシユは睨みつけるくらいに真剣な目を番人に向ける。せめて去り際を見送ろうと席を立っていた彼は、穏やかだった瞳を鋭く変化させ挑戦的な笑みを返す。

 脱線した話に飲み込まれる前にと心を決め出て行ったシユと、再び椅子に落ち着くミスカラルド。その口元には、次は何を見せてくれるだろうかという楽しみの笑みが張り付いていた。

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