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回顧

 戻った先はシユの情報を得る日の前後だったが、待てど暮らせど、その情報は一向に入ってくる気配がなかった。あり得ないことに風の噂さえなかったのだ。興味を示していたクィディーにそれとなく話を持ち出してみても、“何だそれは”と流される始末。その時、シユの命を計る砂時計は落ちたままであり、逆さにしても、砂は落ちる気配を微塵も見せなかった。言いようのない胸騒ぎに襲われた彼はさらに戻り、自分が町に移り住むことまでしてみるも、彼女の影さえない。


 ──完全に、紫の天才が存在していない時間が進んでいる。


 その結論に至った時、彼は激しい困惑の中に陥るも、同時に喪失感にも襲われ、さらには当然の結末だったとも感じていたらしい。あまりのことに理解が追いつかず、様々な感情が押し寄せ、覚えてもいられないほどに。


 それから結局、仲間たちと共に時間を過ごし、彼女の死期を過ぎた。日付もあの日を過ぎ、何の変哲もない日々が流れる。

 そこでふと、レーヴェンはシユが使っていた部屋に赴き、それを発見したのだ。これまで何度か立ち入ったことがあったというのに、まるで今初めて気が付いたかのような、目に入るように置いてあったジュエリーボックスに。

 無意識に手を伸ばし、かければその蓋は、簡単に開いた。中に入っていたのは折り畳まれた紙切れ。彼はそれを取り出して開き、最初の一文が目に入った途端、一気に読み進める。逸る心臓を抑えつけながら一文字も読み間違わないようにと。

 手が震え、それを握り潰してしまいそうになりながらも読み終えた時、彼の目から涙が落ちた。置かれた状況を説明するには十分すぎるくらいであり、どうしようもない虚無感に囚われる。一体、どれだけ前からこれは置いてあったのか、何故今まで見つけることができなかったのか。何故、今、見つけることができたのか。

 思えば、この部屋は最初から申し分なく家具も揃えられていながら、綺麗に使える部屋として整頓もされていながら、誰一人としてこの部屋を使おうとしなかったのだ。まるで今も誰かがこの部屋を使っているかのように。前の住人がいた時のことは知る由もないが、それはこれを置いて行った彼女がかけた術のせいなのか。

 考えに浸っていた彼はそこで、見逃していた最後の一文に気が付いた。もう一度ボックスの中を覗き、転がっていた欠片を拾い上げる。見たこともないほど濃い紫に染まったそれはチャームだった。一体どれだけの魔力を詰め込んだのか、彼女が遺したそれらを持ち、彼は部屋を後にする。


 そうして一人、レーヴェンは番人を探しに仲間の元を離れた。関係は何事もなく良好。当たり前のことだったが、こうして一人で出て行くとなると、救えないあの状況を彷彿とさせるようで、彼は妙な感覚に陥り笑う。一応、探し人がいるということは彼自身、仲間たちには匂わせていたため、情報を掴んだから行ってみると伝えればそれまでだった。あとは聞くだろう話を持ち帰ればいい。

 目的地は決まっている。絶対の確信があった。運命の地と言っていい、あの崩れ捨てられた町だ。それが現れるなら、干渉してくるのなら、そこしかない。


 やってきたあの広場。こうして一人立ってみると物悲しさがある、そう感じていた矢先に、その声は聞こえてきたのだ。“来ると思っていた”と。しかし姿は見えず、声だけのやり取りとなる。

 そこで彼は、彼女をどうしたのかと虚空に向かい問いかけるしかなかった。返ってきたのは少し話そうかという、指を弾いた音に、一瞬で変化した風景。

 濃い色も淡い色も完全には混ざらないように混ざった、マーブル模様の空間。案外気分が悪くなるまでではない場所だ。その中に一人、立っている男。彼はすぐにその男が狭間の番人であると認めた。

 文献に載っていた人物像、大まかなスケッチでも似通い、見覚えがあったから。それとは別に、異質な雰囲気や異質なこの空間を作り出しているということも。

 だがそれも些末な問題でしかない。こうして干渉を受けられた今、話すべきことなど決まっている。


 ──その行為が禁忌であることなど、初めから理解していた。

 ──これまでの全てが徒労に終わっていたことも、半ばから結論としては至っていた。

 “彼女は初めから君たちと関わらない方が幸せだったのではないかな?”

 ──それは、分からない。その事実こそ作れないものだ。その末に彼女がどちらにしろ死んだとして、その胸の内など知る由もないのだから。


 ──反論の余地などない対話だった。明確に罰を下された気分である。


 結局、番人との対話は、ただ痛いところを突かれて終わっただけのように思えてしまう。それでも最後に、彼女と会う方法だけは聞き、彼は屋敷に戻った。

 全ての事情を伝えようとしたのだ。しかし、それは難儀でもある。

 探し人は今に存在せず、こことは別の世界で生きているなど。さらには会いに行くために架空の存在の手を借りて世界を渡ろうなどと。得た情報の元へ赴き、妙なことを吹き込まれて頭がおかしくなったと思われるに違いない。

 それでもありのままを伝えるより他はない。どれだけねじ曲がっていようとも、それが全てであり真実なのだから。それに、黙らせる用意もできてはいる。


 口頭で伝え終えた後の反応は分かりきっていた。揃いも揃って半信半疑。何とか理解しようと頭を悩ませたり、そもそも突飛すぎて話そのものに追い付くことができなかったりと、浮かぶ表情は様々であった。

 そこで彼は決定的な証拠を突きつけることにする。通常貰ったままである魔導書と、これでもかとページの増やされた魔導書の二冊に加え、役目を果たせなくなった砂時計も。一人で二冊も所持しているはずがないものに、この中の誰でもない魔力の色に染まった砂と、異様な力の波動。

 ──どうやらこれは本当のことらしい。全員の顔が確信に満ちたものに変化する。そして当然、興味を惹かれるのは膨大な記録の詰まった書だ。彼は事前に用意していた彼女との“一番最初”の記録を見せることにはしていたため、それを彼らに、同時に解放する。


 沈黙、だ。

 終わった時にはもう、彼らの顔には彼女が大切な仲間であったという思いが刻まれていた。過ぎ去ったあの頃に戻ったような。要はそういうこと。彼は全員に真実を明かし、再び虚空に一言呼びかける。“どうせ見ているんだろ”と。

 また指を鳴らす音だ。今度はそこにいた全員が一瞬であの空間に連れて来られる。いよいよ説明のつかない現象にのまれた彼らの一部からは笑い声も漏れてくるが、佇んでいた人物を認めると、そんな感覚もすぐに消えた。

 “本当にいいんだね”と、様々な反応が散らばり、一言でも発したいという空気をないものとし、最後の交渉が行われる。レーヴェンに迷いはなかった。行くことしか頭にないのだと。

 しかし、この世を離れるということは、自身の存在をその世から消すということ。それでも彼は決意を揺るがせることはなかったのだ。戻ってくるにはもう一度番人の手を借りなければならないが、この不安定でしかない存在のことだ、次も手を貸してくれるとも限らない。

 それでも彼は彼女に会いたい一心で、いや、一言言ってやらないと気が済まない一心でそれを捨てたのだ。戻らない覚悟を決めている。


 “ならあたしも行くわ”次に名乗りを上げたのはウェイニーだった。真っ直ぐな彼女だが、この時ばかりは後に退けない覚悟を背負った、必死の表情で前に進み出る。ここを離れるということの意味はよく理解できているらしい。

 彼女が決めたことにより、僅かながら空気が揺らぐ。本当ならば今すぐにでも会いに向かいたいと手を上げたくもなるが、未知の世界に足を踏み入れる、というそのままを体現する行為が躊躇われているのだ。そんな中で、仕方ないと首を振った男が一人。

 “なら俺が行くしかねぇな”外出の付き添いに出向くような軽い返事で、クィディーはさらにもう一言付け加える。“向こう見ずの馬鹿二人放っておけるか”と。こんなことを聞いてしまえば全員がついて行きたくもなってしまうが、彼はそこを制した。

 ──片が付くまで待ってろ。番人の元へ向かう前、彼は残る仲間たちを横目に過ぎながら、いつもの不適な笑みで人差し指を立てる。その言葉さえ発せられることはなかったものの、そんなことを意図しているというのは誰もが理解できた。遠回しに来るな、と言われているが、彼なりの考えがあると信じることにする。


 話はまとまった。

 では、と番人が合図を出せば一瞬にして何もかもが切り離され、気が付けばそこにいた、という具合。何を思い、感じる暇もなく、異なる世の地を踏んでいた。狭間の番人である存在が一人として確かに存在している世界に。

悩んで素っ気ないものになってしまった

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