追憶ノ18
遮る建物もない、ただ腕を競い合うだけの場のようだ。円型の広場、通りを除いた場所には瓦礫が残っていることから尚、そう思わせるものがある。一陣の風が吹き抜け、地面に溜まった砂が彼らの間を舞っていった。
それが静まり、互いの姿がしっかりと視認できるようになった向こう側、ロスフォルが銃を構えているのが見て取れた。照準はクィディーに、そして空いている片方の手は、優しく差し出すようにシユの方へと。
「この際、私のことは構わなくていい。シユ、お父様のところに戻るんだ」
一瞬、彼女は足を進めそうになった。しかし、ここで条件をのみ収めたとしても、その後の解決になど一切ならない。できることなら戦闘を避け、彼が退いてくれるよう説き伏せることが最善ではあるが、先程の問答からして上手くいくはずもないだろう。
この場を凌ぐか、必ず訪れる戦闘と死を変わらず今起こさせるか。シユは迷うしかなかった。かつてはレーヴェンもこんな混迷の中にいたのかと。どうせ避けられないのなら、訴えを一つも通さない敵がいるのなら。最後に一つでも。
「──おい、まさか行くつもりじゃねぇだろうな」
砂利を踏む音。遠距離でも銃を突きつけられているにも関わらず、クィディーは隣で動いたシユだけを気にした様子だった。彼女はすぐに立ち止まると、決まり悪そうに顔を逸らす。
「あの屑に引っ張られることはねぇ、お前の思うままにしろ──策があるなら別だがな」
言うだけ言ったと、クィディーは目の前の警戒に戻る。実のところ、先はあるようでない。ただ、もう一度だけ話をしてみようというそれだけだ。無駄足を踏むだけにもなりそうだが、最後に少しだけ交渉にも似たことをやるのもいいだろうかと、それが終わればいつもの手段に切り替わるだけのこと。
「ロスフォル様、私の為を謳うのなら私の意思も尊重してはいただけないでしょうか」
「もちろんそうしたい。だが内容によっては私も止めざるを得ないよ」
「先程も言いましたが初めから何があるのかも承知でここへ来ました。私はここにいたいのです」
同じことの繰り返しでもあるが、変わらぬ明確な意思を伝える。結局はロスフォルなりの理屈で躱されてしまうことは目に見えているため、その次にと考えておいた言動で彼に揺さぶりをかける。分類すれば全く違う場所にはなるだろうが、頑固で譲れないもののためには素直に頷かないのはお互い様なのだ、ならばこちらから打って出てみるのも一つの手だろう。
「君がそう言うなら私も言葉を変えようか。私は君をそんなところにいさせたくはないんだよ、実感しただろう? 彼らと共に過ごすには危険が伴い続ける」
「ですが私が町を出てからここで起きた危険は全て貴方が指揮をしたのですよね」
ようやく彼の口から彼の本音が出てきた。当人の思いを他人に置き換えられ隠されるよりはまだ、話しているという感覚があり信憑性があるというもの。シユは二歩前へ出た。
「その時だけは、私を危険に晒していたのは貴方なんですよ、ロスフォル様」
「分かってやっていたさ、ただ君には絶対に手を上げないよう指示はした」
しかし、そんな指示だけで何もかもが上手く運ぶとは限らない。一人一人の行動を予測できる者などいるはずもなく、その場凌ぎでとんでもない動きすら見せることもあるだろう。
実際、シユは表面ではなく内面が傷ついた。その他を鑑みたとして、外傷がなく済んでいたのは不幸中の幸いというものだ。
「本当に私が一つも傷つかないと思っていたのですか?」
「ああ、間違いなくそう思ってやったよ。君がそこで危険を感じて戻ってくれればとも思った」
それこそ、シユをよく理解できていないということだ。彼は彼女の素を知らない。致し方ないといえばそれまで、ただの客人に接する時には取り繕った顔だけを見せるのは当たり前なのだから。そして、その仮面からは想像もつかない、胸の奥底に秘めた彼女の固く強い思いは他人のために働いてしまう。
「自分が認めた方が傷つくのは見ていても辛いことです。それは貴方が一番、身を以って知っているはずでは?」
「それはそうだが……何故それを」
「ロスフォル様、人は皆傷つきますし、いつかは死んでしまうものですよ」
遅かれ早かれ、人にやってくるそれは同じだ。信じた一時の判断がそれを招く時もある。選んだ手段、差し出した手、踏み出した足のどちらかでも。また絶対的な、生まれた星の下でさえ。
ここでシユは行動に移す。全ては覚悟を示すため。
「そして貴方の目的が私の目を覚まさせる為、彼らを皆殺しにするというのならばその必要がなくなるよう──」
シユは一歩一歩、前へと進み、もう誰もが簡単には手を出せない場所で立ち止まる。ややロスフォル側に寄せて。そうして次の言葉を発するために息を吸いながら自身の右手を、銃を真似た形にすると銃口にあたる人差し指をこめかみに押し当てた。
「私が命を絶ちましょうか?」
「なっ、シユ……やめるんだ!」
ロスフォル側はおろかクィディー側も、全員が一歩足を崩し構える中、彼女だけは極めて穏やかな笑みを湛えていた。力を持つ彼らにとって、それは賭け事や挑発といった行為でもあるが、本気で命を懸ける場合にも用いられることも、ままある。そうして自身を撃ち抜くのは意思次第だが、彼女のそれは本気に見えた。
中でも一番に狼狽えていたのはロスフォルだ。銃を構えていることも忘れ、ただシユの手を下ろそうと訴えかけるばかり。隙だらけ、というものだ。
「シユ、とにかくその手を──っ!?」
「クィディー……!?」
ガラスが割れるような軽いが鋭い音が響く。無防備だったロスフォルの前に障壁が現れ、飛んできたらしい一撃を防いだのだ。あの隙を見逃すはずがなかったのだ、この男、クィディーは。
衝撃で我に返ったらしいロスフォルは、彼女が振り向いた先、当てずっぽうにも銃弾を放つ。シユは念のため、クィディーが立っていた場所に障壁を展開させ、ロスフォルから距離を取った。
そこへ近距離から上がった断末魔にもならない声。警戒はしていたようだが、両端の二人が撃ち抜かれ倒れ伏した。急ぎ護りを固めに入る彼らだが、頬に冷や汗が流れ目も泳ぐ。不意打ちの混乱は瞬く間に伝染するようだ。
シユもこれに乗じ、彼らに背を向けると戻るべく走り出す。ロスフォルの制止する声を聞き流しながら。
「無茶しやがって馬鹿が」
「すみません、あれが一番かと……」
「まあな、おかげで隙ができた」
クィディーは応戦しながら戻ってきたシユを笑いながら叱る。
少しの予想外というものだ。隙ができればすぐさま仕掛けるだろう彼のことは頭にありながら、シユはあの時焦ってしまった。あとほんの少しの時間さえあればロスフォルを納得させることができたかもしれないと。それでも言っておきたかったことは言うことができた。結果としては隙を作り、次にもつれこませるだけとなってしまったが、そうなったからには対応するしかない。
「盾役が邪魔だな、先に片付けるか」
手応えがないと感じたのだろう、クィディーは一旦手を下ろした。気を抜いているようで神経は研ぎ澄まし、手の届く範囲で当たりそうな弾は難なく焼き消す。
そして、出鱈目に飛んできているようで何かに寄せてきているような弾道に、シユは気が付いていた。既に向こうも始まっていると。
「クィディー、彼らの障壁にはそれほど強度はないように見えました」
「普通はそうだろうな、一回きりで次に開き直す──ディスタ!」
「ああ……それとシユ、少し下がって全体的に盾を頼む。さっきからそっち側に集中してる気がするだけだけどな」
呼ばれやってきたディスタはシユの前を通り過ぎながら元いた場所を指差す。そっち側、やはりレーヴェンが待機している側であった。全体的な見方も大切なため前に出ることはできないが、シユはややそちら側に立つ。自分がいることで少しでも緩まればいいと思いながら。
「お前ら、適当に撃ちまくれ。こっちで見極めて落とす」
「任せて!」
こういう時、何も考えずに乱射できるウェイニーは適任だ。当てても当たらなくてもこれは一つの戦法であり、身を隠しながら攻撃する必要もないため非常に爽快でもある。元よりここに隠れるための壁などないのだが。そのため、護りの担当には絶対の信頼と腕が問われる。それでもこの偏りは酷い。見極めの陽動さえままならないのだから。
「ウェイニー、一旦手を止めて──!」
「えっ、う、わ──っ!」
何重かの弾が一気に襲来する。一つだけのものもあれば、ずれて当たるようにと調節された嫌な弾もあった。シユは声を上げ、全てを防げるよう大きく幅の広い障壁を作り出し、ウェイニーを主に後ろに控えるテリスやレーヴェン、ラジョラの前に配置し、状況が見えるまで待機する。
盾があっても衝撃で飛ばされそうにもなる威力、当然風圧により足下の砂が舞い上がり視界を遮る。
「もう頭きた!」
まだ視界は悪いが、維持されている障壁をいいことに、ウェイニーは再度乱射をし始める。クィディーの方にも砂埃は流れているが、彼の目は何かを捉えることができているのだろうか。
シユは視界が悪い今のうちにと、ウェイニーに用意した障壁に隠れられる場所ま前進し、右手の人差し指に力を集中させる。
「シユ、こんな前まで!?」
「大丈夫です、終わればまた下がりますので」
相手の障壁に強度はなく、一度の攻撃を防げば崩れ落ちる。それでも威力によっては作り出した者の腕に負荷がかかり痛みとなって一時、態勢が取れなくなると言ってもいい。シユはそのことを誰よりも知っていたため、こうして強大な力をぶつけようと準備をしていたのだ。
盾があるのなら、これだけの威力をぶつけてしまっても問題はないだろうと信じながら、シユは立ち上がる。続く攻撃に未だ展開されている障壁に向かい、シユは一撃を叩きこんだ。
「お願い……!」
彼らが同じ位置に障壁を作るよう、上手く誘導はしてくれているがシユは射撃が得意なわけではない。当たってほしいという願いと、また、相手を深く傷つけたくはないという両の願いが込められた一撃。
と、大きな破壊音と共に相手側の障壁が一気に霧散する。その中で一人、腕が痺れたと体勢を崩した男がいた。奴だ。クィディーが馬鹿にしたように鼻を鳴らしたのが耳に届く。あらかじめ準備はできていたのだろう、ただ立ち、腕を伸ばしただけの簡単な姿で彼はほくそ笑んだ。
「──もらった」
クィディーが放った一発は見事にロスフォルの盾役を撃ち抜いたらしく、頭に衝撃を受け後ろに飛んだ彼は起き上がることはなかった。見事なヘッドショット、これで猛攻は止まるかと思われたが、逆に激しさを増してしまったように見える。
そしてこちらの戦法を真似たか、砂を利用し姿をくらませ、その間から銃弾が飛び交う。
「ちょ、これ盾潰さない方が良かったんじゃない──のっ!?」
シユの障壁に守られながらも狼狽えるウェイニーの目前、影が飛び出してきた。直前で体を逸らし、避ける彼女だったが頬をかすったらしく小さな傷ができる。そこへ躊躇うことなく割って入ったのはテリスだった。チェーンを伸ばしその首を一瞬で捉える。
「──ぐッ!?」
「ああ本っ当、これいい気分じゃないね……」
そのまま引きずり倒し、チェーンに魔力を巡らせて息の根を止める。同じことをされるのがこんなにも嫌なんだと、心底呆れた声だった。それからウェイニーの無事を確認し、彼女も焦ったと頷く。
どうやらこちらの狙撃手を落とそうとしているらしく、隣ではディスタもやれやれと首を振り、ヴェルクは拳に着いた血を払っていた。
「だめね、私たちじゃちょっと打ち消せそうにないわ」
「これだと詰めながら行くしかなさそうだな──っ!?」
まるで塊だった。一つ一つが重たい弾が狙いもまばらに襲い掛かってくる。自分を庇いつつ、クィディーたちも打ち消しに入ってくれるが、シユたちも護身のための術を尽くす。
そこへ立ち位置の間を縫うように接近してきた影、次に標的を捉えれば命を奪う用意はできているだろう。おそらく、また周到な撃ち方をしてくるに違いない。ややラジョラの方へ逸れてはいるが、狙いはレーヴェンである。
──間に合わない。現在展開している障壁は精一杯、且つ近づいてくる相手の速度に再展開は一歩遅くなってしまうが、それでも。
「レーヴェンッ!」
きっと、認めてしまえばこの体は動いてしまうから。彼女が彼女であることを止めない限り、この行動は止められないだろう。そんなものは無理な相談にも等しいが。シユは巻き込まれる中心に足を踏み出すと全力で魔力を回し、二人分を庇えるよう障壁を作り出した。
しかし──。
「──ふ、うっ……!」
──彼女の腹部に熱が走った。




