追憶ノ17
始まったな、とクィディーが口角を上げた。現在留まっている壁から一つ後方、そこからの悲鳴。早くもテリスが行動を始めたらしい。何を仕掛けたのか、それはもう明白だ。残党狩りに他ならない。先程の不意打ちから逃れ、隠れた敵を始末しに行ったのだ。こちらの背後をより安全にするための、そして前方の敵の注意を引きつけ、新たに仕掛けるための。
「シユ、目くらましはできるか」
「似たようなものならできますが」
よし、クィディーは頷くと通りに面している方の壁に移動する。ここは広場から数えた二つ目の建物。一つ前の広場側の壁には身を隠している敵がいることだろう。まずはそこの輩を始末し前進する。
この間にも切れ切れに争う音が聞こえてくる。鳴りを潜めたかと思えば上がる悲鳴、不穏な空気を生み出したところで、向こう側の広場すぐにある建物を撃ち崩し、そこを狙うと見せかけ手前に隠れる敵の目をくらませ一気に叩く、ということだった。
通りぎりぎりに立てば斜め方向に崩すべき建物は視認できる。位置につき、構えたクィディーとディスタは目だけの合図で目標へと強力な一撃を叩き込んだ。既に崩れかけている壁は脆い。砂埃と共に崩壊する壁の向こうに潜む敵は今は構わない。無闇に飛んでくる相手の攻撃は当たらないものとするも用心し、次に入れ替わりにシユとラジョラが先の二人に倣い、目くらましの技となる欠片を投げ込む。
「よっし、一暴れね!」
先に二人が投げ込んだのは卵のようなもの。頃合いを見て光を放ち目をくらませる。それと同時に待機していたウェイニーとヴェルクが飛び出し、相手を倒しつつ被害最小限で場所を確保する。この二人は何の盾もない野ざらしの状態で戦闘に移るため危険極まりないのだが、それは彼らの力量と、残るメンバーでの援護にかかっている。広場向こうの連中も砂埃という視界の悪さに加え、多少の混乱もあるだろう。初めから狙いの定まらない攻撃は容易に防げる。
そこに近づいてくる一つの足音。
「クィディー、後ろの残りは全部終わったよ」
「怪我はしてねぇな? こっちも一段落つく」
テリスが戻ってきた。まばらにだが血を付着させ、装飾に至ってはチェーンが血塗れとなっており、シユは思わず目を見開いた。掃ってきたのだとしても、何を行ってきたのかは想像に容易い。しかしこれは別段変わったことでもないらしく、クィディーは外で奮闘しているヴェルクの様子を追っているだけだった。
怪我に関して、してないよとテリスは陰から戦況の移り具合を確認しに行く。平然としているため、本当に怪我はしていないと見えるが、血の付着に不安は感じてしまう。全てが返り血なのだとしても。
「テリス……」
「あー、吃驚するよね……でも平気。一つも怪我してないよ」
声をかけたシユがあまりにも不安と心配の顔をしていたため、テリスは困ったように目を閉じながら首を傾げる。彼女もここまでの姿は見ていなかったのだ。町でロスフォルの仕掛けに遭遇した時でも、彼は至近距離での戦闘は行わなかった。だが、これが彼の本来のスタイルらしい。
テリスは本当に平気だと腕を広げ、証明するように笑った。
「皆、移ってきて大丈夫よ!」
そこへウェイニーの声が飛び込んでくる。こちら側に比べてやや心許ない壁を背にし、未だ手を構えたまま。隣のヴェルクと確認し合ったらしく、待機していた後ろの面々も頷いていた。
移る合図の直前、シユはレーヴェンとしっかり目が合った。もう何も言うことはない、ただこの中の誰よりも互いに覚悟を決めて。
「お帰りテリス! 大丈夫だった?」
「僕は平気だけどウェイニーこそ大丈夫?」
「ええ! こんなにヒヤヒヤするのも久しぶりだしね!」
移った矢先、若干緊張感の薄れそうなやり取りが行われる。ウェイニーは疲れている様子こそなかったが、肩で息をしていた。おそらく緊張や妙な興奮からくるものなのだろう。
「シユは平気?」
「はい、ほとんど何もしていないので……それと、怪我があったのなら早めにお願いします」
「そうね、ありがとう」
気を抜くのはここまでだ。すぐに前方の確認へと移る。先程壊した壁もまだ完全に崩しきれていないため、そこに残っている者もいるだろうが、他はさらに後方へと下がったに違いない。ここからは戦況が動けば止まることはないだろう。どちらかが倒れる、最後まで。
「こっちの方は力の無ぇ奴ばっかりだったんだろうな、腕が立つのは向こうに集中してる」
「全部魔法で対処するって突っ込んで行ったら危ないかしら」
「一つの手でもあるが互角かもしれねぇな……」
向こうも立て直すために時間を使っているのだろう、まだ動きはない。こちらから早々に仕掛けてしまうことも十分にできたが、移動し落ち着いたばかりで連携も取れないため断念せざるを得ない。
それでも大方察せられることはあった。ロスフォルが連れたあの軍勢はほとんどが見せかけなり寄せ集めであり、統率も取れていないのだと。彼のいる広場の向こうに渡り、接触してみればその差は歴然となるに違いない。一先ずは周りを固める精鋭を残すまでに迫ってみるのが吉か。
動きのない戦況の中、次をどう動くかと考えているらしいクィディーの隣、テリスが言い出しづらそうに呼びかける。
「一応言っておくけど、最初ので気絶した奴の面倒までは見てられないよ? 後で起き上がってくるかもしれない」
「いいじゃねぇか、それまでに終わらせてやる」
制限にも似た時間がでたことにより俄然やる気になったようで、クィディーは口元を引き上げた。今更悩むまでもなかったと、いつものスタイルを貫けばいいという、払拭された笑み。
敵の中に飛び込み各々の立ち回りで撹乱し、存分に暴れ回る。向こう見ずな戦法だが、今まで散々そうしてきたのだ、考え直したところでやるべきことは変わらない。ならば何も考える必要のないいつも通りを振る舞えばいい。今回は多少の分が悪かったとしても。
「俺も焼きが回ってたらしいな……いつも通りに叩き潰す、それでいいじゃねぇか」
「じゃあ行く?」
「ああ、今日はそれなりに暴れ過ぎても問題ねぇだろ。シユ、細けぇことは任せた」
シユが返事をする最中、クィディーは早くも外へ出る準備に入っていた。細かいことはなし、その旨を向かいにいる四人に伝え、行動に移す位置につく。
外側から向かうも、内側から飛び出すも、狙撃をするのも自由。それでいて互いの邪魔にはならず、時にはカバーもし合えるという、長い時間を共に過ごしたからこそ成せる技がある。クィディーは悠々と一人、通りへ歩み出た。
「また大きく出たわね、あいつ」
「始めるぞってことでしょ」
彼なりの考えがあるのかないのか、それ以前に一つ馬鹿にしてやろうという考えでこんな暴挙にも似た行動をしたのかもしれない。真正面、ど真ん中だ。クィディーは余裕たっぷりに足を進める。そして彼を狙った攻撃が始まれば、それが合図ともなり得る。
と、彼目掛けて一閃が飛んでくるのを認めたシユ。思わず踏み出しそうになる体、腕をウェイニーに掴まれた。
「大丈夫、もうちょい派手になったらあたしたちも出るわよ」
シユも危険には敏感になっていたのだろう、落ち着いてみれば彼がこのくらいの攻撃を払えないはずがない。集中すべきは全員が出払う次だ。
そうしてクィディーが動いた。一気に踏み込んだ先、崩しかけた左右の壁に強力な弾を無数に放つ。
「よし!」
今度こそ盾となる壁は撃ち崩され、砂塵が舞う。こうなれば最後に向かい合う相手を残すだけの追い打ちとなる。外側からテリスとヴェルクが攻め入り、倒せる者は倒して周り、内側から出たウェイニーとディスタが二人を援護する。その間、ラジョラとレーヴェンは砂塵を上手く利用し、相手の視界を奪いながら体制を崩していく。そしてシユは一番後ろに立ちながら広くを見渡し、流れ弾を弾いたり力の上乗せや、彼らが防ぎきれなかった敵を一時的に痺れさせ行動不能にするなど、全般的な支援を行う。
「シユ! 少し奥を叩く、貸せ」
「はい……!」
クィディーは最後に立ちはだかる数人を相手に仕掛けようとしているらしく、構えながらシユを呼ぶ。彼の力でも事足りそうだが、怯ませる程度に叩きこもうとしているようだ。シユは周りに目を配りながらもクィディーの手に集中すべく、彼に近寄る。
「破壊し尽くすくらいで頼むぞ、隠れる場所もろともなッ!」
クィディーの元より強力な一撃にシユの力が上乗せされ、より強烈なものとなった閃光が広場の中央を飛び去る。目星をつけたのは彼らから見た右側、広場から三番目の建物だ。着弾し、一瞬の光と轟音。他と比べ朽ち方が酷くなかったその建物は崩れる砂や煉瓦、地面の乾いた砂をも巻き上げ、大変な有り様となる。
「退け、お前ら!」
張り上げられたクィディーの声。それから数秒間を空けたところで二つの影が意図的に舞っていた砂塵の中に現れる。影が視認できたことで収束し始める砂塵の奥、背筋が粟立つような感覚に襲われたシユは、一歩踏み込んだ足にしっかりと力を入れ、彼らの背後に障壁を展開した。
「いっ、っ……」
間接的にでも腕が軋むような、重く痛烈な一撃がシユの両腕に圧し掛かる。退いたテリスとヴェルクを的確に狙った奥からの強烈な一閃。二人は異常に振り返るが、そこは早く退こうと脇目も振らずに足を速めた。
「シユ!」
「大丈夫か」
全力疾走で戻った二人は、行き過ぎたところで体を反転させると、慌てたようにシユの具合を見に行き、気休めにと肩から力を抜くように腕を振っていた彼女は平気だと頷いた。予想以上の重さではあったが、これくらい耐えられなくては話にならないとばかりに。それでも耐えたことで二人を無傷で戻って来させることができたと微笑みながら。
そこへ砂利を踏みしめる音が聞こえた。向かい合う正面、砂埃に服を汚したロスフォルが離れた両脇に数人を従えながら。
「彼女の力をこんなことに使うなんて尚のこと許せないな……やはり君たちはここで終わった方が賢明だ」
今まで許されていた何かが外れて壊れた。忠告であった彼の言葉が明確な怒りに変わり、手を下そうと迫ってくる。ここから先は選ぶ手段が生死の別れ道となり、危うい場所を彷徨うことになる。互いに持つ力だけを頼りに、終わりになるその時まで。




