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追憶ノ15

「別荘の方に行こうかと思う」


 あれから約一週間か。例のごとく談話室に集められた全員には、突然でもある出立の知らせが伝えられた。ついに来た。目前に迫った時間にシユは喉を鳴らし、レーヴェンは砂時計の残りを思い出して、組んでいた手を見下ろす。


「てことはあの二人のところに行くんだよね? 元気にしてるかな」

「つってもただの報告だけだぞ。あいつらツール持ってるのに切りやがるから……」

「それでも直接行く意味があるんでしょう?」


 まあな、とクィディーは頷く。仮に手元において会話できるツールが繋がっていたとしても直接話をつけに行くだろう。万が一のためだ。横から聞かれるという危険も否めない。全員で動こうとしているため尚更だ。


「ついでに一晩二晩くらい居座ってもいいだろ。多少は嫌がられるだろうけどな」

「また強行か?」

「元は俺のだぞ」


 向こうに出向けば必ずと言っていいほど行うやり取りだ。行って帰って来るなど味気ないし、せっかくの別荘を使わないなど宝の持ち腐れだと、適当に言いくるめて泊まり込む。そのことに対し、ディスタとクィディーは鼻で笑った。ただ単にちょっと困らせているだけなのだと知っているから。

 一応、仲間として二人の姉妹がいるのだが、彼女たちは慣れ合うのが好きではないと離れたところにあるクィディーの別荘にて、管理を名目として別に暮らしている。定期的にこちらから出向き顔を見に行くなどしているが、一向に二人での生活を続けたままだ。それを良しとしているものの、やはり数日間は共に過ごす時間を設けたいと、こうして突然訪問することを繰り返している。ツールを切っている彼女たちが悪いのだと冗談を交えながら。

 だが、今回はそれとは別に現状報告も兼ねた重要な様子見となる。動くのが危険だと承知の上で、だ。


「シユの顔見せも兼ねてる?」

「それもある、けど興味はないだろうな」


 それは彼女に限らず新しく入ったのが誰でも言えることでもある。シユが気にした様子はなかったが、クィディーは一応、そういう意味で言ったのではないと付け加えた。


「どんな方たちなのですか?」

「難しいわね……蛇、っぽいのかしら……?」

「蛇、ですか……」


 想像できるような、できないような。実際、シユは彼女たちの顔を知らなかった。あの記録を視ていたにも関わらず、だ。どれほど彼女たちが距離をおいていたかがよく分かる。ここで言う“訳あり”だとするなら、落ち着ける場所で静かに、そしてたまには仲間たちと顔を合わせながら生活していたいということになるのか。


「僕から見たら綺麗な姉妹だと思うんだけどなぁ」

「不思議よね、魅力というか。あたしは好きよ」

「それ、本人たちには言ってやるなよ?」


 褒めることしか言っていないが、クィディーは困った顔で釘を刺した。もちろん、本人たちを目の前にしてそんな小恥ずかしいことは言えるはずもないが、この二人は何かの拍子でぽろっと言ってしまいそうだ。


「分かってるわよう、あの子たちの容姿についてはどっち言ってもだめなんでしょ?」

「そうだ」


 ウェイニーは最初の教訓を思い出したかのように口を尖らせる。理解していても腑に落ちないと半ば拗ねているらしい。誰にでも嫌なことはあると抑えている様子に、クィディーは言い含めたからなと頷く。


「嫌われてはねぇんだ、いつも通り行くぞ」

「はーい……でも危なくないの? 本当に」


 それは尤もな危惧だ。まず、遭遇すればすぐにでも戦闘になるだろう。相手からしてみれば目的を果たすための絶好の機会となる。予測できていながら飛び込むようなものだ。

 しかし、クィディーは分かっているとばかりに笑みを濃くする。


「そうなったら親を取るだけだ。蹴散らしてやる」

「避けては通らないのね……」


 短く息を吐いたラジョラに、当たり前だとクィディーは声を低くする。それらしい理由をつけ相手をおびき出し、そろそろの時期だと潰しにかかろうとしているのか。どちらにしても、日々を崩されないうちに手を打っておこうとしているのは明らかだ。




 ここを出るのは集まったあの日から明後日、ということになった。現在は出立の前日夕方、シユは温室にいた。

 ほんの二、三日戻らないということは確かであるが、自分は戻れないかもしれない。その思いから最後に、任されていた植物の手入れをしておこうと思ったのだ。とは言っても、少しの間保つように、己の魔力を土に染み渡らせておくという、ただそれだけだが。何もしないよりはその方が後から助かるだろう。


「お前は……だめになってしまうかもしれないね……」


 いつかの赤い花。これまでにいくつかの植物を任されるようになり、調べて分かったことだったが、この花は通常、魔力の流れが多く集まる場所によく咲いている花、ということだった。そういう場所を探す時の目印となる。そのため自然の状態を維持しなければ早くに枯れてしまう、難しい花だったのだ。“短く美しい花”そんな文句で市場では安く手に入る花として出回っていた。

 シユは鉢に手を添え魔力を注ぐ。できるだけ咲いていてくれるようにと。


「やっぱりここだったか」


 ちょうど最後の仕上げを終えたところでレーヴェンが入ってくる。大きく動いた出来事があっても、行動を起こすための大元は変わらないと、シユはここへ来た時に少し笑ってしまったが、彼も目星をつけてここへやって来たのだろう。

 それでも、空気の違いには気が付いたらしい。


「……何かしたのか?」

「はい。もし……私が戻らなかったらとしたら、と思いまして」

「だからか」


 彼は室内を見回して合点のいったような顔をする。今この室内はシユが施しをした影響で魔力の濃度が上がっていたのだ。しかし息苦しいわけではなく、濃い上で澄んでいる。


「戻れないって、思ってるんだな……」

「そうですね……漠然とですがそう思っています」


 以前ならば二、三日保つようにと、それだけの量だった。だが今回は個体差こそあれど、一週間かそれ以上の蓄えだ。最悪を想定することはもちろん大事だが、これでは戻るつもりがないようにも思える。


「すみません、何だかこんな話ばかりになってしまいますね」

「いや、そのために出てきてるようなものだからな……」


 レーヴェンは入口付近にあったハーブに触れる。これもシユが管理しているもので、瑞々しく新鮮さに溢れていた。このくらいのハーブであれば彼女が蓄えた魔力でそれなりの日数は保つだろう。あの花のように特殊であれば数日も保たないかもしれないが。


「それでも言って変わるなら苦労しないよな」

「ふふ、そうですね」


 仕方ないとでも言うような。レーヴェンは俯きがちに鼻を鳴らした。シユも自身がそれだけで変われるとは思えず、つい笑い声を上げてしまう。自分が笑っていいことではないと分かってはいたが。


「……自分を優先してほしい、なんて、勝手すぎるか」

「胸に留めておこうとは思います……ですが──」


 命懸けの場を凌ぐ際、どこまでそれを意識していられるか。シユは言葉を続けなかったが、彼も思っていることは同じらしかった。そんなことは百も承知している。目の前で繰り広げられる命のやり取りに先の出来事を回避する思考など挟めるわけがないのだから。しかしここが運命の分かれ道、越えなければ彼女に明日はない。


「程々にして休めよ?」

「大丈夫です。もう終わりましたので」


 そう、赤い花を見て微笑んだシユ。彼女しか支えがないその花はもう枯れていくしかないのか、まだまだ美しい姿を保ったままでいられるのだろうか。全ては明日にかかっている。






 別荘などと言うのだ、それなりの距離はある。そのため毎度のように興味のない地域はとばして歩き、目的地を目指す。

 その道中、困ったことに必ず寄る場所があるのだが、そこは崩れた町だった。珍しくクィディーが気に入っているその町は捨てられたものであり、誰一人として住んではいない。屋根や壁が破壊され瓦礫が転がる。家であったとは言えない程崩れている建物もあり、廃屋の連なるこの場所は昼に見ても不気味だ。

 そんな良からぬ集団が住みついていそうなこの場所を、彼は自分の足で通り抜ける。


「相変わらずなのね、この場所も」

「更地にする金もねぇんだろ、周りに何もねぇことだしな」


 崩れた煉瓦など足場の悪い通りを、踏み場を探しながら越えていく。いつ来ても手の加えられていない、かつて町であったこの地はクィディーの言う通り、今や周りには何もない状態だった。一つ、あるとすれば広がる森だ。ここはその森の外にぽつんと存在している。

 何にせよ、おそらく需要がない。だから取り壊すこともしないまま放置されているのだろう。

 シユは何となくと側に残っていた壁に指先だけで触れ、二、三歩進みながら離す。ざらざらとした砂と削れた石の粒が付着し、彼女は指を擦り合わせて落とした。


「シユもこういうところは気になるの?」

「そういうわけではないのですが……見たことが、あるような気がしたので……」


 そっか、とシユの指先から目を離したウェイニーは、前を歩くクィディーに聞こえないようにするためか、口に手を添えつつ体を近づけてくる。


「実を言うとあたし、ここ好きじゃないのよ」

「それは……」


 ウェイニーは頷いてちょうどいい距離に直る。幼少の頃過ごした環境と似ているせいか、しかし彼女の表情は清々しいものだ。


「でも今は皆がいるから平気よ、あと隠れるならここが安全かな、なんて分かるし」

「それは頼もしいですね」


 ただの散歩のように緩んで楽し気な雰囲気の彼女。こんな場所に人などいないと思っているのだろう、シユは緊張しているのがおかしいのかと感じてしまい、冗談につられたように上手く笑えていただろうかと不安になってくる。


「足下、気をつけてね。あたしディスタのところ行ってくるわ」

「はい、お気をつけて……」


 先に踏み出したウェイニーが手を振りながら飛ぶように走り、前を行くディスタの腕に抱きつきに行った。その背中は楽しさ以外の何物でもなく、シユは振り返していた手を止め、足も止めた。


「大丈夫か?」

「いいえ……もう、ここから先に進むのが怖いです」


 この先だ、この先なのだ。広場にあたるであろう開けた場所にて彼は現れる。分かっている事を起こさなくてはならないことが怖い、起こさなくていい事を起こさなければならないのが心苦しい。しかし、ここを避けたらおそらく次はない。若しくは、彼はここで逃がしてはくれないだろう。


「お前は、お前のまま振る舞ってくれていい」


 俺の余計なことは考えるな。そう言われているような、何もかをを考えて立ち回らない方が賢明だと言うような。シユは横に並んだレーヴェンを一度見上げ、また正面を向くと頷く。彼はそれを横目で見ると先に歩を進めた。


「ほら二人とも、早くいらっしゃい」

「今行く」


 立ち止まったままの二人を気にしてかラジョラが手前で呼んでおり、その後ろには同じく待機している面々が。歩きながら向かうレーヴェンにならい、シユも小走りに追い付こうと足を出す。

 広場が目前に迫っていた。


「はぐれるぞ?」

「誰がはぐれるか、何回来てると思ってる」


 あと十歩でも進めば広場に入るだろう。そんな位置で待っていたクィディーは意地の悪い笑みを見せている。ふと、彼は気が付いているのだろうかとシユは思った。尾行ならばいち早く気が付く彼だが、待ち伏せとなると勝手が違うのだろうかと。

 そうして合流し再び足を進めた広場の向こう側、一つの影が動いた。全員に緊張が走り立ち止まる。いつでも行動が起こせるようにと身構えて。


「──やあシユ、元気にしていたかな」


 今、一番聞きたくない声を聞いた気がした。

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