追憶ノ14
確かに覚えている違和感。しかし、ある一つの記録と同じ時間を歩んでいる。そこへ起きた今までにない事象。見落とした出来事でもあったのか、レーヴェンは頭を悩ませるが今は集中しづらいと中断する。
「あの、レーヴェン。その砂時計を見ても?」
「ああ、構わない」
シユにとってそれは命の期限だ。今にも落ちきってしまいそうな砂の残る砂時計は、本当に魔法仕掛けとしか言いようがない代物だった。中に水でも入っているかと思うほどゆっくりと落ちていく砂、この中だけは何もかもが現実と切り離されているように見える。
「不思議です……最初の私が残した魔力で動いているんですよね」
「不思議だと思うのか……自分の命が残りこれだけとなったら気でも狂いそうなものだが」
「もっとすごいものを視てしまった後だからかもしれませんね」
彼女にもやや笑顔が戻ってきた。手の平に収まる大きさの砂時計を切ない笑みで見つめている。
そう、この砂時計はシユの魔力で動いていた。彼女は死ぬ時、必ずありったけの魔力をチャームに残していく。それを原動力として砂は落ちているのだ。砂はチャームにも使用されている石を砕いたもの。それを残された彼女の魔力と共に詰め、目的を設定すれば完成される。そしてこの砂時計は宿主の命を計る道具となった。
「そういえば、装飾の調整で呼んだんだっけな」
「あ、はい。お願いします」
すっかり脇道に逸れすぎていた。シユは慎重に砂時計を置くと装飾を外し、彼に渡す。本当に一瞬、手元で見ただけで彼は不調の原因が分かったらしい。
「一人でいろいろ試してたか? 随分通り道が綻んでるな」
「はい……どうしても一つはと思いまして……」
きっとレーヴェンが提案をしてみた行動不能にさせる技の模索をしていたのだろう、もちろん悪いことではないが、かなり装飾を酷使してしまったと感じたらしい彼女は申し訳なく俯いて手を握る。
彼も技の模索に奮闘していたと思いはしたが、同時に“一体何が起きたのか”と疑問を抱くことにもなった。装飾に魔力が流れる道がこんなにも綻びるまで使用されていた事態は今までになかったからだ。
「何か気負うことでもあったか?」
「いいえ、ただ……皆殺しに、されてしまうと思ったらそれが頭から離れなくて……」
「──夢、でも見たのか」
あくまで可能性の一つとしてだ。レーヴェンはまさかな、と修理の手を止めないままそんなことを聞いてみる。彼は見ようとはしなかったが、シユは微かに目を見開いた。
「はい、ですから少しでも危険を遠ざけるものを持っていた方がいいかと」
「……そう、だな」
彼の頭の中には“干渉”の文字と、とある存在が浮かぶ。これまでに片手間で調べていた過去の情報にあった、まるで違う世界にでも生きているような存在の話を。ある時期以降からの文献がないのだが、それはその文献を書いていた人物が亡くなったことにより、更新されていないのだと後に知った。
これは完全に不確かで伝説上と言っても過言ではない話なのだ。彼はその考えを振り払う。
だがもう一つ、確かに言えるであろう事実があった。これも膨大な時間の中で得ることができた情報のようなもの。
「……お前も、もしかしたら短命の偉人に連なる存在なのかもな」
「は、い……?」
ふ、と彼は何回も前から可能性として挙げていた一つを口にしてみる。改めて言葉にしてみれば何とも漠然としているも大仰な可能性。シユは聞き慣れない単語の連続に首を傾げた。
そこでレーヴェンは修理を終えたらしく、彼女に装飾を返し向き直る。
「諸々の情報とか方法とか、調べてた時に見つけたんだよ……あるだろ? 才ある者が若くして死ぬってやつは」
「そうですね……聞いたことはあります」
「お前の死をどうしても否定できなくてそう思ったことがあった。後の世に二人として生まれないだろう才を持った人間……」
歴史にその名を残した偉人は数多く存在する。彼らが生きた年数や残した功績は様々。大きなことから小さなことまでの多種多様さが歴史には残され、語り継がれている。それでも一部の地域の中でのみ語られる人物もいるだろうし、果ては何一つ残さず、影に埋もれた人物さえいるかもしれない。
ただ、彼らに対し一様に言えることがあった。
「世の中に強く影響をもたらして動かすまでの偉業を成した偉人ってのは本当、短命だったよ……世間が嘆くほどにな」
それに連なる人物なのか、シユは自分がそこまでの人間ではないと否定しようとしたが、言い留まる。何より、特異性なら群を抜いていると悟っていたからだ。
“普通”なら、苦しみ死に至る行為をその身で受け止めているのだ。この事実で十分である。
「この体質そのものが命をすり減らしているのでしょうか……」
「いいや、視ての通り全部外的な死因だ……あまり言いたくはないが悲惨な死、もよくあることだった」
過去、若くして亡くなっていった偉人を例に挙げるしかないのだが、彼らの死は穏やかでないものの方が多い。聞けば惨いものばかりだ。
シユは装飾が戻った自分の手を見つめながら、先程思い立った死因を述べる。
「では、死に至るこの行為が死を増幅させているわけではないと」
「多分な、最初から決まってることだと思うようになっていったな……この人間はこの程度なんだって」
「何て、残酷な……」
彼はそのことを片隅に置いて尚、繰り返し旅をしている。生まれる以前から決定されているかもしれない命運に抗おうと。しかし、あの膨大な時間を経た現在、それは拒まれ続けている。かなりの例外でもある此度はどうか、事実を知ったシユでさえそれは分からないものだ。
来る次の激しい交戦、そこでまた命を落とし、彼のもう一度を繰り返させることになるのか。シユは気分が重くなってしまう。
「いいんだ、俺が俺の自分勝手でやってるって思ってくれれば」
シユは否定も肯定もできなかった。彼女自身がこれ以上を進んでほしくないと望んでいても、彼の奮闘を知ってしまったから。それでもいいと目の前で笑う彼を否定することなどできなかった。
「ですが私はきっと、ここで尽きる命運なのでしょうね……最初の、本当に最初から」
「……納得するのか?」
「これだけ判断材料があるんです、私としては受け入れるに足る量に見えました」
彼女は不思議と落ち着いていた。死の恐怖よりも事の罪悪感の方が勝っているのだろう。
彼はここが好きだと言った。しかしそれはシユが死ぬことで以前の形に戻れないまでに崩れていく。そのために彼女を救わなければならないのだが、それができずにいるのだ。守りたい先の一歩手前、壁が強固すぎる。
「そうか……受け入れたくない俺が情けなく見えるな」
「貴方の今までを否定するつもりはありません。私が勝手に納得してしまっただけですよ」
互いに冗談でも言い合ったかのような笑みをこぼす。
少しの沈黙があった。穏やかになりつつある空気の中、レーヴェンは間を空けてある話をしようかと口を開く。
「一つ、変な話をしてもいいか?」
「はい……?」
「中途半端な話だけどな、ある人物が調べていた以降放り捨てられたようなものだし」
先程の存在についてだ。実際、彼自身も興味を持ち、その文献を読んでいる。しかし、その人物の没後は誰も引き継いでいないらしく、葬り去られたも同然の資料だ。
「狭間の番人って知ってるか?」
「いえ、初めて聞きました」
きっと誰もがそう首を振るだろう。“狭間の番人”響きからして実在の人物ではないと。
何故今、彼がこんな話を持ち出したか。重なった予想不可能な事態と、考え得る小さな可能性でも彼女の耳に入れておきたかったのか。話すことで整理をし、また、彼女の答えを聞くことも含まれているだろう。
「呼び名のそのままなんだけどな、どんなものにも不安定とか曖昧な場所ってあるだろ? そういうところに存在していて、あらゆる時間、場所、空間に干渉できると言われてる」
「神話、の人物のようですね……」
「ああ、実際そんなものだ。死んだ先に行く場所を見てきたと同じこと、かもしれない。だから馬鹿馬鹿しいと誰も続きを書かなかったんだろうな」
しかし、そう切り捨てるにはあまりにも鮮明で現実味を帯びた文献だった。まるで実体験したかのような。数枚という短いレポートだったが、そこには狭間の番人であろう人物像に当時垣間見た周りの状況、彼に関する概要などが綴られていた。
その人物は学者であったことから、一つの記録として残しておきたかったのかもしれない。彼は他の研究も行っていた。そのため重要で引き継がれるべき研究の中に埋もれ、手も入れられずに残されたままだったのだろう。もしくは手を入れなくてもいいということだったのか。
「それでさっき思ったんだ。お前のその夢が干渉だったらって」
「仮にそれが本当だとしたら一体何のために……」
「忠告、なのかもな、俺への」
本来、人が起こしていい流れではないのだ。決して。
時間を遡り、向かった現在を変えようなど。禁忌でしかない行為だ。逆に言えばこれだけの時間、彼に見つからなかったことが不思議でしかない。あるいは知りつつ見逃されていたのか。
「私が全てを知っても死は免れない、そういう意味でしょうか……」
「分からない。でも……とんでもないツケが回ってきそうだ」
何がどのように転んだとしても変わらない結末を知らしめるためか、後に引けない状況を作り上げようとしているのか。今やそれは誰にも分らない。それに、全部偶然であり、ただの思い違いであるかもしれないのだ。
なるようになれ、それしか残されていない。
「まぁ何にせよ、気を付けてくれとしか言いようがないな……俺も十分用心しないといけないし……」
「お互いに、ですね」
ああ、レーヴェンは頷いた。
どうあれ、シユはレーヴェンを庇って死ぬ。あの日の再現を一歩行き過ぎたそのままであり、戦況だけが最悪なのだ。彼の弱点を突いた周到な狙い撃ち。ここを越えなければ先はなく、またふりだしからやり直しになってしまう。
「あまり考えない方がいいかもな」
「そう、ですね……」
かと言って考えなさすぎるのも同じことの繰り返しだ。意識し、度重なる例を踏まえながら運命とも言えるその日に臨む他ない。そして今回も変わらぬ結果になったとして、彼はそれでも次を行くだろう。彼女自身が止めたくても手が届かないままに。
シユは返事をしながら、別の考えの方へと目を伏せた。




