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追憶ノ12

「シユの障壁が俺の強度を超えた気がする」


 突然の発言に誰もが食事の手を止めた。普段自ら話し始めることなどしないヴェルクからの珍しいを超えた一言。思わず全員が彼を見る。


「そ、そうでしょうか……?」


 唯一返事をできたのはシユだけだった。

 朝、シユが下りてきたことによる大騒ぎから始まり、昼は各々が使う技を語り合い、そして現在夜。気力を全て使い切ったかのように、いつもの風景に戻っていた。


「私の場合、強度は変えられますが」

「最高値だ」


 ぶっきらぼうにも聞こえる一言だが、これこそが彼の普段のスタイルだ。こんなたった一言でも、意図したいことが伝わる。不思議だと思えるくらいに。


「日々の成果が出ているのなら嬉しいです。今は場数、も踏んでいますし」

「よくやったな」


 ほんの、ほんの少し、ヴェルクは笑みを見せた。表情の変化が滅多にない彼の目が細まり、口角が上げられる。見逃したら次はないだろうという一瞬、それもほぼ通常と変わらない顔だったが。シユの隣では、ウェイニーが口を開きっぱなしにしていた。


「ふぅ、ちょっと鳥肌立っちゃった」


 そう、一口を含む。酷いものだが、ヴェルクがこうして動きを見せるのは珍しいからだ。これも一つの師弟関係が成せる業なのか。


「さて、復活したばかりで悪いが話を進めてもいいか」


 かつん、とカップをソーサーに置いただけだというのに、その場の空気が引き締まり視線が集まる。既にテーブルの上には人数分のカップしか置かれていなかった。


「一応、俺の話を踏まえる」


 誰一人として返事をしなかったが、クィディーは話を進める。見渡した顔や空気そのものが、用意はいいと語っているようなものだったからだ。


「俺は過去、身勝手な貴族に家族を壊され、そいつを殺したことがある。まぁその怨嗟が今も降り積もっているわけなんだがな」


 前置きにしては重たい話だ。だがこれで全てが繋がる。日々の戦闘に慣れていることや、貴族が絡んだと知った時の彼が見せた酷く暗い顔。それが根底にあったからだったのだ。


「その理由が俺の母を手に入れられず、自分のものにできないなら殺してやろう、ってぇ糞野郎でな。母を殺すだけでは飽き足らず、父と兄をも殺した」


 酷い負の感情から発展した行為。彼女を手に入れられなかったのは決めた夫や子供がいたから、恨みの矛先が向いてしまったが故の悲劇。

 クィディーは話し合うべき前置きとして静かに、落ち着けて語るが、言葉や抑揚には抑えきれない怒りの念が感じられる。


「そこで、だ。シユ」

「はい」

「お前はあいつをどう見る」


 クィディーがこの話を持ち出したのは比較しやすくするためか。彼からしてみれば、二度と起こしたくない事件の再現になりつつあるのだ。シユの置かれている状況は正に彼の母親と同じ。

 これまでの接触を考えてみれば若干のずれはあるだろうが、よく見極めなければならない。しかし、個人が持つ愛憎の行方など憶測でさえ語りきれるものではないだろう。


「今まで接触してきた中に彼の顔はありませんでした。それに、不自然な程私には何もしてこない……」

「ああ、そこをどう見るかだ。お前だけは絶対に傷つけたくないのか、お前だけは絶対に己の手で殺したいのか」


 濁されない直球の表現がシユにとっては有り難かった。深く考えようともしていなかったが、これは明らかな異常事態。彼らが慣れていたのが幸運か、ここまで大きな負傷もなかったのは奇跡とも言えよう。

 実際に起きた類似する経験は何よりも恐ろしく、より現実味を帯びる。


「だがこの前は明確な殺意を感じたな」

「それでも私は狙われていなかった……」

「あたしたちは死んでもいいみたいな扱いね……」


 先程、ウェイニーはクィディーの表現に物申したかったらしく口を開いていたが、シユが一つも動揺を見せなかったことにそれを留めたようだった。不快に眉を寄せながらも命のかかった分析を進める。


「俺たちの力量を測りきれたところで叩くつもりか?」

「それもあり得る、舐められたもんだな……」


 下調べと察しをつけた件だ。ディスタは背をもたれて腕を組む。

 シユを除く全員と接触を図り力量差のある人間を当て、個人の癖を引き出す。まるで来る交戦に備えでもしているかのようだ。ただ、その中でシユには一切手を出さず、避けていた印象さえ受ける。仮に殺すことが目的だとするなら、彼女こそ一番の脅威なのではないか。それを考えていないとなれば。


「シユを残して皆殺し、の線は」

「裏を返せばそれも濃厚だ」

「そんな……」


 シユは酷い罪悪感に顔を歪める。巻き込むだけの騒ぎではない、命を落とす可能性が出てきてしまったのだ。彼らにとってはどちらにしても変わらないことだったが、シユにとっては自分のせいで要らぬ危険を増やしてしまったも同然。余計に責任を感じてしまっていた。


「まぁ、今まで通りこなすだけだな」


 何の重みもない一言だった。まるで日々の簡単な仕事を請け負った時のような、生死が関わっているようには聞こえない一言。それは負い目を感じるシユを庇うわけでもない、彼の純粋な自信。


「しかし、ロスフォル・ディアティニス、か……」


 クィディーは目を伏せて口元を手で覆う。彼の頭の中にある情報を追っているのだろうが、その表情は険しい。度重なる状況、情報に不可解を現しているように。

 ロスフォル・ディアティニス。シユの元を度々訪れ、現在敵視するべき親玉。


「奴が上に立った一時期、周囲の人間がことごとく死んでいたな……」

「死んで……? いらないと首でも切ったの?」

「いいや、自然なり事故だ。決して他殺ではない」


 信じられないと訝しんだラジョラの尤もらしい理由。だが事実はその真逆だ。人の感情を一切排除した、不運にも彼らに降りかかった突然の死。


「しかも身辺を支える連中ばかりだ。意図的ととられてもおかしくない程にな」

「全部、偶然だってのか」

「は、悲運な男もいたもんだよな」


 彼らの死が正真正銘事故であったからこそ、クィディーは鼻で笑った。全て嘘偽りのない事実。その不可解な死が連続していた一時期こそ疑惑の記事が出たそうなのだが、誰がどれだけ細かく調べてみたとしても、結論は同じなのだ。自然死、または事故死。権力の話も上がったらしいが、その裏付けが取れない。怪しんだところで事実は変わらなかった。

 実際、世の中にはこのような人間も存在する。何かと大切にしたいものが次々に失われていくという、涙の上に立つような人間が。


「……奴もその類かもしれねぇな」

「何それ」

「たまにいるんだよ、周りの人間がことごとく死んでいくって奴が」


 噂に聞きかじった程度の知識だ。クィディーはこんな発想に至った自身が可笑しいらしく、再度鼻で笑いながらウェイニーに説明にもならない説明をする。聞いたところで理解できていないらしい彼女は眉を寄せながら唸った。


「何にせよあいつが出てこねぇんなら話にならねぇな、早く潰しておきたいんだが……」

「それまでに遭遇することもあるだろうし、心してかからないとね」

「それしかねぇな、出てきたら速攻で仕留める」


 結局、話といえば平行線をたどるばかりだ。けれど、漠然としていただけの目的は絞り込むことができたと言える。最初からおおよその見当はついているも同然だったが、こうして向かい合って話し合うだけでも違うというものだろう。

 つまるところ、これまで通りに動けば問題はないという結論か。こちらにとっては慣れない、一度きりの相手だとしても、力は十分に持ち合わせている。冷静に、臨機応変が最善だ。






 深く、深く、吐いた息は震えるばかりだった。屋敷の広間に足を踏み入れたシユは左手を握り締める。その手も震え、帰ってきたことへの安堵と交戦の名残か、冷や汗が出る。

 おそらく、混乱の最中にありながら立ち回っていた。それでも護りは的確。だが彼女に付きまとうのは、敵とはいえ相手と向き合う恐怖。気持ちだけを立ち直らせても心の底に残るものまでは払拭できないと、ただ震える。また命を奪う恐怖だ。護りに徹して後方に立っていたばかり。今回も誰一人として怪我はしなかったが、恐怖で前に踏み込めなかったことだけが悔やまれる。


「シユ」


 後ろからの声に彼女は振り返る。本当にただ呼び止めるだけの声音だ。取り繕ったところで浮かない表情であることは一目瞭然だが、シユは何でもないという顔を作り、やってきたレーヴェンに答える。


「装飾の調子、悪くないか?」

「いえ、特にそうは思わなかったのですが……」


 ほんの少しの拍子抜けだ。彼も共に外出しており、立ち回りに関して一言でもあるのかと構えてしまったため尚更だ。シユは両手の装飾を眺め、先の戦闘において不自由はなかったと首を傾げる。


「そうか、でも一応見ておこう。時間が空いたら工房の方に来てくれ」

「はい……あの、いつでもよろしいのですか?」

「ああ、俺もしばらくそっちにいるからな」


 人のことは言えないシユだが、彼も重たい何かを抱えているのではないかとこの時は強く感じていた。彼女が人を殺すことになってしまった原因を作った以上の何かを。すれ違い様、彼の顔に落ちた暗い陰がそれを錯覚させる。




 帰宅後の片付けを済ませ、気分を落ち着かせる。時間が空いたらと彼は言っていた。詳しい時間の設定がないというのも困ってしまうが、シユはレーヴェンがいる工房へ向かうことにする。

 いざドアを前にしてしばし動きを止めた。中からは何の音もしていないため、彼は作業自体をしていないのだろう。シユはノックをした。


「……いない?」


 彼が出てくる様子はなかった。数分だけと席を立っているのだろうか、あるいは音の鳴らない作業に熱中しているのか。シユはもう一度ノックをする。


「レーヴェン?」


 声をかけてみるが返事もない。今は席を外しているのだろう。シユは出直そうと立ち去る前、一応ドアが開くのかどうか試そうとドアノブに手をかけようとした──その時。渾身の力でテーブルでも叩いたのだろう、軋んだような酷い音が聞こえた。思わず一歩引いて心臓を落ち着ける。

 部屋にいることが分かった以前に、シユはもう一度声をかけようと口を開いた。


「レ──」

「ああ糞ッ! このままじゃまたあいつが死ぬ……!」


 ドア越しでくぐもっていてもはっきりと聞こえたその声。シユは言葉が喉に詰まった。

 疲れ果て、息を切らしたようで尚、切迫した状態に負けない程力強く放たれた酷な言葉。


「レーヴェン……!」

「っ、シユ……!?」


 無意識だ。シユはドアを開けて中に踏み込む。一刻も早くその事情を確認しなければと。

 レーヴェンにとっては不意打ちも甚だしいだろう。振り向いた彼の目には言い表せない悲壮にも似た色が漂っていた。


「誰が、一体誰が死んでしまうと言うんです……?」

「っ、嘘、だろ……」


 酷く苦しげに目を逸らしたレーヴェン。テーブルの上には一冊の本が広げられており、文字がこれでもかと刻まれている。必死に訴えかけてくるシユを前に、彼は焦りを抑え込むようにきつく目を閉じるしかなかった。今は何よりも、この対面が恐ろしくてたまらない。


「レーヴェン」

「っ……」


 レーヴェンは覚悟を決めてシユと目を合わせる。今すぐにでもこの話を終わりにしたいが、もうできるはずもない。一度、本に指を這わせ再び顔を上げる。これは告げるしかないと。


「お前だ……シユ……お前が死ぬんだ……」


 目を逸らさない、彼女の目を見て最後まで伝える。彼はそうしたかったができなかった。死ぬ、その言葉を発する前、彼は片手で額を押さえ顔を背けてしまう。

 告げられたシユはただ目を見開いただけだった。言葉が出てこない、理解さえ追い付いてもいないか。ただ一つ確かめるように、かみしめるように、それを言葉にしてみる。


「私、が……死ぬ……」


 呟いてみて、不思議と素直に馴染む感覚があった。

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