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追憶ノ10

「私が出てきてしまって良かったのでしょうか」

「もう力不足でもねぇんだ、頼りにしてるぜ?」


 ただ単に順番が回ってこなかっただけなのだが、今回外出となったシユは出向いた町を歩きながら俯き加減でいた。

 皮肉にもこれまでの四度で、相手の力量も異なっていたため、彼女も状況を判断する目や感覚も大分掴んでこられたという。的確な立ち回りができるようになってきたと、彼らは彼女の護りを頼りにしてきていた。


「今日も適当に歩き回ってからだな」


 彼はそれらしい気配を認めれば、すぐにでも戦闘へ持ち込むだろう。憂さ晴らしも含まれるだろうが、シユとレーヴェンからしてみれば、極力避けたいところではある。だが止めたところで、彼は聞かずに決行するだろう。敵対し情報を引き出される前に始末する、当然であり護身のためには重要なことだ。

 そうして、休日に買い物を楽しむ客として店の商品を物色しながら町の中を端から端まで歩き、追っ手をあぶり出す。

 あの貴族を消すと宣言した日からそう何日も経たずに、クィディーはその情報を持ってきた。元からシユの挙げた情報を辿ることによって。どれだけ仕事が早いかというと、彼の詳細情報から身辺で起きた事件など、全ての事柄をたった数日で調べてしまったことだ。漏れなどないという程完璧に調べ上げていた。彼も何かの執念を基に動いていると感じる程に、鬼気迫っていたのは記憶に新しい。


「──来たな」


 短い一言だったが、そこには低くも、罠にかかった標的をいたぶりに行くあくどい雰囲気が感じられた。これでは一体どちらが悪いのか分かったものではない。

 クィディーは二人に目だけの合図を送ると、街はずれの森を目指して歩を進めた。






 閃光が飛び交い、弾かれる音や相殺される音が四方八方から聞こえてくる。草を踏みしめ、木の幹が削れ剥がれ落ち、木々の合間を影が行き交う。

 状況を表すのならそれは、苦戦が相応しいか。こちらの情報は少なからず向こうに渡り策が練られてしまうが、相手は毎度力量差が異なってくるため、臨機応変に立ち回ることを余儀なくされる。

 そうして、苦戦している状態が続いていた。クィディーは焦りや苛立ちに木々を真っ二つに破壊し、レーヴェンは頬をかすめた一筋の傷を負っていた。シユはといえば護りに徹し、やはり狙われることなく無事ではある。


「は、とうとう殺しに来たってか……?」


 木の幹を背に盾として利用し、ある程度の距離を保ったままの撃ち合い。

 クィディーが感じた違和感は間違っていなかった。今回、明確な殺意をも伴った魔力が飛んでくる、命のかかった交戦。だが、彼にとっては明確化されたことにより都合が良くなったと言えるだろう。


「どうもあの野郎はこれが気に入らないらしい、なっ!」


 何も気にせずに手を出せるからだ。

 感情任せに放ったクィディーの一発。今まで聞いていた音とはまた違った音が響いた。聞いただけで結末の分かるような、鳥肌の立ってしまうような音が。

 同時に上がったのは痛々しい悲鳴。背を向けていても想像できるだろう、命中だ。クィディーは口角を引き上げた。


「まずは一人、だ──っと!?」

「う……重っ……」


 隙の突き合いだ。シユは相手が放った、クィディーが盾とする木をへし折らんとする魔力の大きさと位置を見切り、障壁で弾く。それでも予想以上に威力が強かったらしく、彼女は顔を歪めてそれに耐える。破壊され、貫通させるわけにはいかなかったのだ。クィディーがちょうど向こうを見ようとしていたから。


「クィディー! 怪我はありませんか!?」

「ああ……!」


 やや冷や汗が出たか、彼はそれを感じさせないように笑みを張り付け、シユも間接的に腕に重みを覚えながら戦況を見守り、チャームに魔力を回す。

 一人減ったが、猛攻が収まったわけではない。おそらく焦りの原因にもなるこの中で、一番力のある人物は倒れていないようだ。飛んでくる閃光にも乱れは感じられない。


「こうなりゃ時間の問題だな」


 体力、集中力、または場慣れの問題か。いくら貴族やそれに遣わされる輩でも、ここまで物騒な場はほぼ経験することなどないだろう。一方でクィディーを始めとし、そんな物騒な場数を踏んできた彼らは、それなりの耐久力はある。それでどこまでの決着がつけられるのか。


「お前、木は折らない方が良かったんじゃないか?」

「そうだな、頭に血が昇ってたか」


 相手が一歩、距離を詰めた。盾の役目を果たせない木よりも前進することはあるが、後退することはない。移動する姿を捉えたレーヴェンは、クィディーの冷静さを取り戻すためにもあえて指摘に行く。それで彼はやれやれと首を振り、横目で後ろを確認する。


「レーヴェン、こっち側に移ってこい。シユはそのままで平気だろうな」

「……無茶言ってくれるな」


 状況を鑑みての判断だったが、レーヴェンは眉を吊り上げてクィディーを一睨みした。だが、彼もそれは視認できていたため、シユに目配せし頷く。そうして唾を飲み込み閃光の音を聞き分け、脚に力を入れる。

 彼が踏み込んだ矢先、シユは視界の端に動いた影を見つけ障壁を創り出そうとした、が、先に脚が動く。


「レーヴェン!」

「っ、シユ!?」


 影とまばゆい光が目前に迫る。シユは大きめの障壁を展開して彼を庇うように前へと見を乗り出し、そして何故かもう片方の手、チャームから魔力を放ってしまった。救わなければならない思いが働いたのか、それは模索した技に変換されることなく、純粋で強烈な塊となって相手にぶつかっていく。

 断末魔が響いたのは一瞬だった。その音が出る根元から掻き消されてしまったからだ。文字通りの消失。彼女の放った魔力を全身に受けてしまった相手は跡形もなく、何一つ残さず消え失せた。


「あ、あ、ああぁ……」


 展開されていた障壁が崩れ落ちる。シユはここが危険な位置だと忘れて手を震わせ、蒼白になりながらくずおれた。目の前で起きた光景が脳裏に焼き付いて離れない。


「シユ! 一度こっちに……ああっ、糞ッ!」

「は、乱れたか──死ね」


 動けなくなったシユの側、共に膝をつくレーヴェンは横を飛び去っていく閃光に冷や汗をかきながら、当たりそうなものを相殺していく。そうして木陰から出てくる姿を狙って、クィディーが即死級の威力で一人ずつ確実に仕留め、死に追いやった。


「……これで全部殺したとは思うが」


 もうどこからも、何も飛んでくることはなかった。シユはともかく、レーヴェンというかっこうの的がありながら何もないのはおかしくもある。クィディーも手首を振りながら木の陰から出てきたことが、安全になった証拠でもあるだろう。


「……シユ、帰るか」

「……っ」


 脚が地面に張りついたように動けない、詰まる胸に息が苦しく、加えて零れ落ちる涙も止まらない。頭も重く、ぐらぐらと目が回ったかのように感覚が定まらない。水に溺れ、引き上げられた後で荒い息を繰り返すようだ。

 シユはまともに顔を上げることができなかった。


「……一度出直そう、クィディー」

「そのつもりだ馬鹿、この状態で連れ回せるわけねぇだろ。すぐ帰って休ませる」


 思考はままならないが、彼らがすぐ側で話している会話くらいは聞こえる。シユは上手く言葉を発せないが謝罪の一言と共に立ち上がろうとした。だが力の入れ方を忘れてしまったかのように立ち上がれない。


「おら、掴まれ。流石に抱え上げられたくはないだろ?」

「は、い……すみません……歩きます」


 クィディーがシユの前に出したのは手ではなく腕だった。そこに伸ばされる手はか細く震え、指先からも血の気が失せているように白い。掴む力も頼りないが、彼女は精一杯の意地からか、自分の足でしっかりと立った。彼の腕にも縋ることなく。




「あら、今日は早──ちょっと、何があったの!」

「野郎がしぶとかっただけだ、俺たちは出直す。一応シユは頼んだ」


 屋敷に戻ればちょうど下りていたらしいラジョラと鉢合わせる。彼女は穏やかな笑みを浮かべたが、三人の有り様に血相を変えた。土汚れに木屑の散らばる服、レーヴェンの頬にできた傷に、気力が抜け落ちてしまったかのようなシユ。

 それでもまた出て行こうとするクィディーとレーヴェンを引き留めようとした彼女は、シユを託された小さな一言に全てを察した様子だった。悲しそうに眉を下げ、請け負ったと彼らを促す。


「シユ、ここまでよく頑張ったわ。部屋でゆっくり休みなさい」


 出て行った時とはまるで別人になってしまったシユを一度、優しくも力強く抱きしめたラジョラ。蒼白な顔でも目元は赤く腫れている、その対比が痛々しく、今にも折れてしまいそうな彼女を支えたい一心で。

 シユは言葉なく頷くと、姿とは裏腹にしっかりとした足取りで階段を上っていった。


 それからの二日間というものは、シユにとってほぼ部屋に籠りきりになり、誰とも会わずろくに食べない日となった。ドアを隔てた声は短くかけられたりはするが、これは彼女自身が乗り越えなければならない壁である。それを踏まえているからこそ、誰もが放置気味にしてしまっていることでもあった。気休めの生易しい言葉など意味がない、誤魔化したところで先への不安など拭えるものではない。だからこそ、彼女が自ら立ち上がるしか残されてはいなかったのだ。

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