追憶ノ9
確実につけ狙われている気配を背に、それを勘づかれないようにと町の中を歩き回り、人気のないところまで上手く誘導した後、町はずれで迎え撃つ。
その道中、クィディーは小さく舌打ちをした。こうして彼に敵意がある者に狙われた時の対処としてよく使う手なのだが、今日ばかりは間が悪いと。シユに心得がないことも一つではあるが、そこはレーヴェンと二人で切り抜けられる手段は余る程持ち合わせているため気にすることでもない。だが、これが彼女にとって最初の外出となっていることだ。
本当に、間が悪い。最悪だ。いらぬ不安を与えるには早すぎる。
「いつも通り、だな。ひとまず全員始末だ、見慣れねぇなら一人は残せ」
「ああ」
「シユ、お前は……遠目でいた方がいいか、もしもの時のために例のやつは頼むぜ?」
状況のせいか、普段のふざけたような彼の笑みは、どうも狂気の中にあるように見えてしまう。だが、それでもシユは力強く頷いてみせる。
完全に人の気配はなく、もうすぐ森にさしかかろうとしていた。
「相手が相手なら絶対に守ってやれる保障はねぇ。覚悟は決めておけ」
シユに向けられたようであり、レーヴェンにも同様に向けた一言なのか。クィディーは前を見たまま、散歩でもしているような足取りで進み、やがて足を止めた。
「ここまで来れば上等ってもんだろ──なあ!」
「っ、ぐ、ああッ……!」
断末魔と水気を含んだ重たく倒れ伏す音。
振り向き様に二人の間を抜けて行ったクィディーの強烈な一発は、油断していたらしい一人の男に命中した。地に染み込む赤はじわじわと広がっていき、ぴくりとも動かないことからおそらく即死したのだろう。
それに平静を失ったように姿を現したのは三人の男たち。悪態を吐いたり焦りで顔を青くしていたりと、冷静な判断を下せないのは明らかだ。相手を一瞬で混乱の渦に引きずり込んだらしい。
「一々顔なんざ覚えちゃいねぇが……どこの者だ手前ら」
「糞ッ……!」
「──おいおい、気でも狂ったか」
震える手で相手が取り出したのは拳銃だった。狙いも定まらず、その震える指で誤射でもしてしまいそうに構える。
先程のでシユは後ろに下がったまま動くこともできず、レーヴェンはそんな彼女を気にかけつつ、何が起きても対処できるようにと神経を研ぎ澄まして待つ。唯一、この場で平静を保っていたのはクィディーだけだ。銃を突きつけられているにも関わらず、だ。平然と佇み終始口元を引き上げている様子は、一種の狂気のようにも映るだろう。
「仕方ねぇ、お前が一番前に出た。それが運の尽きだ」
「な、貴様……!」
また一人、後ろに構えていた男を撃ち抜いたクィディー。新たな断末魔と共に後ろへ吹き飛ばされた男の体は、抉れているように見えた。
まだ一つも手を出していないというのに、二人も倒れた。その躊躇も容赦もない行動に、銃を構えた男は震えるあまり、無意識に強力な魔力を乗せた銃弾を放ってしまった。だが。
「は、この程度か。そりゃあ尾行もお粗末になるわけだ」
クィディーは虫でも払うように飛んできた銃弾を弾き返し、汚くなったと手を振る。足元には歪んだ銃弾が無残にも転がるだけとなった。
その男の後ろで、隙が生まれたと素手を構えた男に気が付いたシユ。すかさず一歩を踏み出し、手を伸ばした。その狙いは。
「──レーヴェン!」
「……大丈夫だ」
しかし彼は落ち着いた低めの声でシユを前に出さないように腕で遮ると、同時に男が放った一撃を相殺してみせた。そして、その死角から新たな一閃を見舞い、男を倒す。
クィディーはそれに満足したらしく、一人だけになってしまった男と向き合った。
「さて、もう味方はいなくなったわけだが……どうする?」
「どうするも何も……!」
最悪なことに、一人になったことで逆に冷静さを取り戻したらしい男は、悔しそうに歯噛みする。
クィディーが提案した意図といえば、彼の質問に答えるか、負け犬らしく逃げ帰るか。どちらにしても彼が大人しく帰すとも思えない。待っているのは死だけか。
「っはは、殺されるわけにもいかねぇんでね……」
「自害でもするってのか?」
男は意外にも笑みをこぼした。そして銃口を己のこめかみにあてがい、さらに笑みを深くする。とうとう自棄になったか、クィディーは不可解だと肩眉を吊り上げるが、微かな違和感が付きまとう。
対面したまま動かない両者に変わり、動きを見せたのはレーヴェンだった。
「ぐッ……!?」
男が吐血した。銃を取り落とし、膝から頽れる。倒れ伏した背中にはおそらく貫通したであろう傷があり、血溜まりが広がっていく。
流れるような動作だったため男も対処が遅れたのだろう。彼が先程よりも強い威力を以って男の体、急所に風穴を開けた。それだけだ。
「珍しいなクィディー、すぐに手を下さなかったなんてな」
「お前も珍しいことしたじゃねぇか。率先して殺し行くことなんかなかったくせに」
「あいつ……転移で逃げるつもりだったぞ」
一瞬、ほんの一瞬だがクィディーは呆気にとられたらしかった。レーヴェンがした行動、かけられた声にしてもだ。だが、それもすぐに平然としたいつもの調子に戻る。周囲に広がる血、冷め行く体が転がる中、それを緩和させるような言葉が交わされるが、声に緊張感は残ったままだ。
目の前で倒れる男を睨みつけ、静かな怒りを含んだレーヴェンの言葉に、クィディーはよく見ていると首を振る。こうして少しずつ取り払われていく場の緊張や恐怖。シユは手足が震えはじめ地面にへたり込んだ。
「お、っと。シユ、怪我はしてねぇか?」
「いつも……このようなことが……?」
「ああいや、今日はたまたまだ。間が悪かったらしい」
青い顔をする彼女の前に膝をついて目線を合わせるクィディーだが、その手で直接触れることはしない。その返答に、シユはただ運が悪かっただけだと全身の震えを息として吐き出すように、大きく息を吐いた。そうして顔を上げた彼女の前に差し出される手。
「こんな手でも良けりゃあ取ってくれ。買う物買って帰るぞ」
「ありがとう、ございます……」
シユはクィディーの手を掴んだ。一緒に立ち上がる二人だが、未だ上手く力を入れられないらしい彼女に変わり、彼は引っ張り上げるように補助をする。
ここから町へ戻るにも、立てば嫌でも目に入ってくる悲惨な光景。シユは少しだけ目を逸らした。その様子にクィディーは腰に手を当てると、やり切ったように肩を下げる。
「ま、こういうことだ。だから身を守る手段、手を出す手段も必要だってことだ」
「は、い……」
酷く軽い通達だ。彼らはこんな場をくぐり抜けてきたからこそ、隠すこともせずに現実を見せる。先延ばしにしたところで停滞したままの手段では危険が増えるだけだ。シユは己の覚悟が甘かったと思い知らされると同時に、自分も手を下さなければならない日が来るのではないかと、痛いほど手を握り締めた。
それからというもの、出向く先で尾行や応戦、時には撒いて帰ってくるという事態は増えていった。今まで彼らが絡んできた頻度よりも多く。それは決まってシユがいるときだけであり、これは看過していられる状況ではないと皆、談話室に集まっていた。
「何だか、私のせいで皆さんを巻き込んでしまっている気がしてなりません……」
「だからいろいろ洗い出してみるのよ。大丈夫、私たちはそうしてきたんだから」
テーブルを囲んで座り、その上には白いままの紙が散らばっている。ペンを握るのはクィディーとラジョラ。シユは座っているソファーよりも存在感が薄いように見えてしまう。
「俺の方がやらかした程度は酷いもんだからな、とりあえず出してみるか……」
さらさらと綺麗な文字が綴られていく。最初の尾行から始まる共通点が挙げられているようだ。
シユがいる時に限り接触されるが、彼女には全くと言っていい程手を出して来ないこと。一緒に行った彼らだけを狙いに来ていること。接触してくる輩の力量も様々であり、始末できる時もあれば逃がしてしまうことも。最後には、こちらを本気で始末しに来ているわけではなく、軽い接触に留まらせていることだ。まるで力試しをさせられているような、妙な感覚。
「ったく、胸糞悪ぃことこの上ねぇな……」
「これまでで四度か」
ペンを投げたクィディーはソファーに身を沈める。一枚の紙に半分程しか埋まらない程度だが、要点は押さえられているため分かりやすい。この四度で全員が接触したことになり、こうして話し合いになっているというわけでもある。皆一様に違和感を覚えたからだ。
過去こうしたことはあっても、相手はこちらを殺しにかかって来ていることが一目瞭然だった。邪魔者を排除するかの如く、力技で。
「まあこれはどうでもいい。本題はシユ、お前だ」
「はい」
「勧誘しに来た輩をできるだけ思い出せ」
前かがみにクィディーは手を組み、しっかりと返事をしたシユを見上げる。これには彼女も面食らったらしく、微かに目を見開いた。
これまで町を訪れ、シユに話を持ち掛けて来た人々など数えきれるものではない。それを思い出すとなると、なかなかに骨が折れる作業になりそうだ。しかしそう言われ考えを巡らせれば、それなりに思い出される組織名や肩書。
シユが口を開きかけたところでクィディーは片手を上げ、一つ注意を促した。
「ああ、有名どころとでかい組織は外せ。それ以外だ」
「よろしいのですか?」
考え込んでいた顔を上げたシユはクィディーと目を合わせようとするが、彼はペンを手元で振りながら書く構えのまま頷くだけだった。
「ただの一般人にこんなことしてるのが公にでもなったら地位も信用も一気に落ちるからな、奴らはそこまでする程馬鹿じゃねぇ」
それ以上ない理由に思える。
最近、この状態は完全に下調べをされているのだと彼らは言った。これを差し向ける親玉の部下か、適当な雇いなのか、こちらの力関係を一切違えないようにと。しつこく仕掛け、引き出している。
それを名誉ある組織が行うはずなどない、ということだった。
「調べられてるならこっちからも調べてやろうじゃねぇか」
「また相手が何でも潰す気か?」
「今更だ、今回は手合いが違うかもしれねぇだろ」
度重なる事態に虫の居所が悪いのだろう、ディスタの怪訝な顔にも鼻で笑うだけのクィディー。
彼はここでシユと目を合わせた。
「いねぇか? 個人、小さい組織、且つ何度も執拗に訪ねて来た野郎は」
「そう、ですね……」
また、思い出す作業に移る。シユは目を伏せながら、あの応接間に集った顔、名前を頭の中で整理していく。
田舎の町でも耳にしたことのある、有名で大きな組織や学会の名前もあった。個人で運営する小さな組織に勧誘を受けたり。終いには様々な階級の貴族から求婚を受けたこともあった。遠目に人の集まる落ち着かない日々。
その中で熱心に足を運び、毎度条件を変えてきた一つの陰が過る。
「……一人、当てはまる方はいます。何度も家に来てくれと」
「当たりだな。思い出せるか? 組織名でも肩書でも名前でも」
困った人だと毎回思っていた。断っても断っても、気が付けばまた町を訪れている。変化する巧みな申し出に、変わることのなかった笑顔。その執念とも呼ぶに相応しい行為に、今、ぞっとする何かがシユの心に渦巻いた。
「男性です、確か、大きくはなかったと思いますが貴族の方だったかと……」
何かに引っかかったように、クィディーの動きが一瞬止まる。
ああ、そうか、と。暗く低く落ちた声に、シユは一種の恐怖を覚え、彼の目を見る。どこか、ここではない場所を見据えたような激しい視線。クィディーはペンを置いて前髪を握り潰すように頭を抱えた。不機嫌が頂点に達したような一息に、全員が固唾を呑む。
「どこにでも湧くもんだな……この手の屑は早く殺しておかねぇと何もかも奪われるぞ」
今まで聞いた彼のどの声より地を這うような、恐ろしく低い声。部屋の温度まで一気に下がってしまったようにも錯覚する程だ。背筋に悪寒が駆け抜ける。それと同時の、酷く恐ろしい宣告だ。
遠回しな言葉でも何でもない、純粋な殺意が。




