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追憶ノ6

 屋敷内にて解散直前、逡巡するクィディーから一種の不穏な空気を感じたシユ。その原因が全く別のところにありそうなのは察することはできていた。だが、ふとした時によくあることなのだそう。彼女自身、危険だと聞きながらここへ来たため、腹は括っている。だから今はその思いを振り払った。


「そうだシユ、指輪、どこにつけるか考えておいてくれ。石の加工は済ませておく」

「はい……あの、こうした方がいいというのはありますか?」

「そうだな……お前はチャームをたくさん持っておいた方がいいだろうから、チェーンを長く繋げられる付け方を考えてみてくれ」


 二階、部屋が分かれる廊下にて。シユは休んでおけと自室へ、レーヴェンは早速作業に移るらしい。聞いてみたい話はあるが、それは後でも十分できることだ。まずは装飾を完成させることが優先したいことでもある。

 そうして別れた矢先、シユがドアノブに手をかけたところで後ろから聞こえてきた慌ただしい物音や足音。たった今閉められたドアの音からのその音だったため、シユは硬直しながら振り返った。

 酷く慌てたレーヴェンが出てきたところだった。自分で開けたドアに足をとられたようで、体勢を崩しながらも中央へやってくる。これにはシユも慌てて駆け寄るしかなかった。


「指輪は片手分だ……! 五つまでにしておいてくれ」

「は、はい、分かりました……」


 言い忘れて危ないと、項垂れながら一息吐いたレーヴェン。シユは先程のことも兼ねて大丈夫かと問いかけてみれば、彼は何事もなかったかのようにああ、と返事をする。

 こんなにも慌てるということは余程重要な話だったのだろう、シユはここではたと気が付いた。


「そういえば……クィディーは六つつけていませんでしたか?」

「ああ、あいつは例外だ。攻撃──いや、破壊を楽しむような男だからな。使いこなせてるのが不思議なくらいだ」


 元より、扱いやすくするためや溜め込む上での限度を考慮して設定した数だったのだが、あの男は考えなしにそれ以上の数を言い渡し、終いには見事に使いこなしてしまったという。製作者でもあるレーヴェンは苦笑いするしかなかったのだとか。

 答えにも等しい推測だと、彼の性格や戦闘スタイルが装飾の使い方と運悪く適合してしまったのだろう、ということだった。


「まぁ、指輪の数を守ってもらえればチェーンとの繋げ方は自由だ。悩むなら全員の手を見てきてもいいんじゃないか?」

「そうですね、考えてみます」


 ではレーヴェンもよろしくお願いします。別に彼女が頼む話でもなかったが、シユが何となくと頭を下げてみれば、レーヴェンは可笑しそうに笑った。

 そうして、今度こそ分かれた二人は各々部屋へ戻る。シユは右手を見つめながら考え込むように、レーヴェンは作業工程を確認するように。




 指輪は五つまで、チェーンを長く繋げる方法。シユは自室の窓辺で両手を掲げ、裏返したりしながら装飾について決めようとしていたが、そうすぐに決まるものでもなかった。

 まだ半日も過ぎていないのに休めと言われてしまったことも、その後の無理があるというものだ。彼が提案してくれたように、それとなく全員の手元を見てこようか、それともあの書斎へ行ってみてもいいか。シユはひとまず部屋を出た。


「あれ、シユ?」

「テリス」


 やってきたのは談話室。まだ中を見ていないということもあったが、窓から外を見られるため、来てみた次第。先客はテリスだったようで、窓辺のソファーに座り、何か書き物をしていた。

 この談話室、人数に比べてやたらとソファーが多いらしい。裏庭を覗ける窓は部屋の端から端まであり、弱いが光を取り入れている。中央より右には大きく横長のテーブルが置かれ、長い一辺を除く周りを三から一人掛けのソファーが囲み、他にも部屋全体に散らばるように一人掛けのソファーが置いてある。


「休憩ですか?」

「うん、もうすぐお昼もできるみたいだし」

「お昼……」


 言われてみれば空腹感があるような。しかし、これなら邪魔をせずに皆の装飾を確認することができるだろう。少々挙動不審に見えてしまうかもしれないが。

 お昼という、それだけのことにシユが考え込むような間を開けたため、テリスは不思議そうに首を傾げた。


「どうしたの? 何か困り事?」

「い、いえ……! そういうわけでは」


 それこそ完全な挙動というものだ。テリスは本当に? と言いたげに無言で彼女を覗きこみ、眉間の皺を濃くする。数秒の沈黙、シユは気まずそうに口を開いた。


「あの、装飾を見せていただけませんか?」

「ああ、もしかして悩んでる?」

「はい……」


 明確な答えは返ってこなかったが、テリスはあっさりと両手を差し出してくる。彼は両方とも中指と小指に指輪をつけており、手の平側にチェーンを繋げているようだ。


「僕はあんまり参考にはならないかもね」


 そう言うと、テリスは先程書き物をしていた紙を裏返し、大雑把に三人分の両手を描く。まだお昼までには時間があるだろうからと呟きながら、その指に装飾を描き足していった。


「クィディーとレーヴェンのは多分よく見てると思うし、ウェイニーのはちょっと特殊だから……」


 装飾を描き足した手の下、最後に名前も一緒に書かれる。

 ラジョラはテリス同様、両手とも親指と人差し指に指輪をしており、チェーンは手をほぼ一周するかたちで繋げられている。

 ディスタは右手の人差し指と薬指、チェーンは両側に短く、左手は親指と中指、小指に指輪を、チェーンは各指輪に繋がるようにかけられている。

 ヴェルクは右手の親指と人差し指、中指に、チェーンは親指の指輪から一度中指に繋げてからまた親指に落ち着いている。左手は薬指と小指に、チェーンは手の甲側に繋げている。


「でも、実際見たほうがいいだろうね──ああほら、呼ばれた」


 あくまで参考に。装飾の付け方は全員が快く了承してくれたため、シユは彼らの使う魔法の特徴と合わせ、観察することができた。こだわっているのかと思いきや特に理由はなかったりと、深く考えずに決めたのがほとんどらしい。ただ、クィディーはペンを持ちやすくするためと、ウェイニーは可愛いにこだわったようだ。




「レーヴェン、少しよろしいでしょうか」


 夜もそれなりに遅い、大体誰もが一段落して自室へと戻っているであろう時間。シユは彼の部屋を訪ねた。出てきたレーヴェンは嫌な顔一つせずに彼女を招き入れ、話を聞く体勢を整える。


「ごめんなさい、休んでいるところにまた話を持ってきてしまうようで……」

「装飾だろ? 昼間熱心に見てたみたいだしな」

「はい、決めたので早めに伝えておこうと思いまして」


 レーヴェンは笑って、判断が早いと、指のサイズを測る道具を取り出した。あの工房にあるものかと思いきや自室にもあるのか、それとも一応ここへ持ってきていたのか、彼も用意がいい。


「右手は中指だけに指輪をつけて、チェーンをブレスレットのようにしてみようかと」

「誰よりも最長のチェーンだな、よし」


 道具を手に取ったレーヴェンと同時、シユは彼に右手を差し出した。中指の第二関節周辺を測り、紙に書き記す。左手も同様に親指と小指、チェーンを外周に繋げる旨を伝え、計測はすぐに終わった。最後にチェーンの長さを大まかに取り、これであとは完成を待つだけだ。


「明日からまた魔法を使ったりするかもな、装飾を使う上で強化する方向を決めたりもするだろ」

「大丈夫でしょうか……」

「あー、クィディーの個人的興味も絡んでるだろうけどな……」


 シユに限らず最初は誰であれそうだった。新しい仲間の力試しは最低限必要なことであり、彼のちょっとした楽しみでもある。それに、もしもの時の態勢も万全なため遠慮しない方がいいとのこと。


「ウェイニーも最初はやらかしたらしい。的を木っ端微塵にしたみたいだしな」

「木っ端微塵……」

「ああ、だから思いっきりでいい」


 まだ、実際に彼らが魔法を使っているところは見ていない。明日からかもしれない実践があればその様子を参考にもできるか。シユは不慣れな方法に頭を悩ませた。


「時間、まだ平気か?」

「あ、はい、平気です」

「朝の話聞いていくか? それで明日のことは気にしないで寝ればいい」


 眠る前に聞く話としては真面目で面白くもない話だ。だが、頭を悩ませたまま寝るよりはいいだろう。レーヴェンはそう思い持ちかけ、シユは興味こそあったが気を遣わせてしまったと彼から目を逸らした後、お願いしますと頷いた。


「資料読み漁ったことは言ったよな」


 シユはもう一度頷き、彼が机から出したものに目を向ける。大きく形も歪な無色透明の結晶だ。まるで水晶を砕いて持ってきたかのような。


「これ、加工前の結晶なんだ」

「原石みたいですね」


 原石。間違ってはいないが、加工前にしては中まで透き通っている。これが、チャームや指輪にはめこまれる石になるようだ。


「魔力の集まる地中で生成されるらしい。特性は言った通りだ、形を変えては崩れる」


 レーヴェンは結晶をつついて次の面で立たせると、机の端に寄せていたチェーンを指で手前へと引きずってくる。


「魔法具の核として使われることが多いものなんだ、これで魔力を溜め込む器は確保できた」


 結晶の上に手を置き、確保を表した彼はシユの顔を見る。身振りの誘導もあるからか、彼女は真剣な表情の中に好奇心を滲ませながら結晶の観察をしている。そこにはもう、不安な表情はなかった。


「次にこれを何とどう組み合わせるか、だ」

「それで装飾品にしたのですね」

「ああ、手元で扱いやすいといえばそれしかないからな。けどその前に素材探しだ」


 魔力を通しやすい素材、かつ細かく加工もしやすい素材。これは探す程のものでもなく、よく出回っている素材なのだとか。レーヴェンはチェーンを輪にして指先で回す。


「素材が決まれば後は試作ばっかりだよな、結果、凝り過ぎてこうなった」

「凝ってしまったんですか?」

「ああ……」


 指先で回していたチェーンを装飾に引っ掛けることなく綺麗に手首へと落としこんだ彼は、それを揺らした。


「最初はブレスレットにしようかと思ってたんだ」


 けど石の交換が簡単にできない。

 半永久的に使用できるとはいえ、一応の交換は必要でもある。溜め込んだ魔力をいつでも使用でき、魔法具として運用するために手間のかかりにくい造りにする。試作を重ねアドバイスをもらえば、物造りに長ける彼は今の装飾にたどり着くのに時間はかからなかった。


「俺の手間はかかってもその後に運用を考えればチャームみたいに取り外しが楽なものがいいと思って、この形に決定したまでは良かったんだ」


 ただその後がいけなかった。彼は沈むように額に手を当てた。指輪の彫刻は無地で味気ないものにしたくなかった自身の意地が出ただけだったため、それはまだいいらしい。


「全員同じ形でつければ良かったのに自由にしていいなんて言ったばっかりに……」

「ふふ、大変だったんですか?」

「ああ、やることが増えた」


 指輪の製作、長さの異なるチェーン、個人用に加工を施す石たち。自由に組み合わせることができるようにしてしまったために仕事が増えることになった。しかし、自分で決めたことだったため曲げることなく押し通したという。


「最初が大変だっただけで今は落ち着いたからいいんだけどな」

「好きだからこそできたことですね」

「自分でもどうかと思ったよ……」


 過去、その怒涛のような作業時間が楽しくもあったことに対してだ。レーヴェンは自身に呆れたように首を振りながら笑みをこぼした。


「これがちょっと詳しい内容ってところか。調べて考えた時間の方が長かっただろうし」

「試作時間の方が長いような気もしますが……」

「没頭しすぎて覚えてないんだ」


 シユは口元は押さえたが吹き出す笑いを堪えられなかった。気が付けば時間が過ぎている経験は誰しもあることではある。思わず笑ってしまったことが失礼だと思ったシユはレーヴェンの顔色を窺うが、彼は穏やかな笑みを浮かべていたため、気分を害したわけではないと安心できた。


「こんな話だったが、気分転換にはなったか?」

「はい、製作の裏側を聞ける機会もそうないので面白かったです」

「それは良かった、もう遅いから休んだ方がいい。装飾は楽しみにしててくれ」

「はい、お願いします」


 それじゃあおやすみ。おやすみなさい。自然な別れだ。それぞれ備える明日のため一日の終わりは穏やかに。

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