追憶ノ5
この屋敷の構造上、入れ違いになることはまずないと、ウェイニーが戻ってきていないことは心配しなくてもいいということだった。どうせこちらのことは忘れかけているとレーヴェンは言う。
「知らないうちに出ていく魔力を拾い上げたいってところから考えたんだ」
「一からですか?」
「いいや、それは流石に難しすぎるからな。いろいろ本を読み漁ったんだ」
それでこうなった。レーヴェンは手持ち無沙汰に持っていたチャームの欠片を投げては器用に手元に落とす。この装飾が独自のものだと出た話から広がった経緯を。
やはり発端はクィディーの一言や動機からだった。出ていく魔力を手元に蓄積させ力としていつでも扱えるものがあればいいと。物造りが好きな彼は過去の研究者や偉人たちが書き残した資料などを読み漁り、知識を繋げ、この装飾にたどり着いたという。
「とりあえず大まかな経緯はここまでだ、興味があるなら後ででも」
あの部屋から外に出るまでの移動時間などたかが知れている。玄関から外に出て、右側から屋敷の裏手に回り見えてきたのは大きな菜園だった。きっと昨夜出てきた料理に使われていたのも、ここに植わっている野菜なのだろう。綺麗に整えられ健康そうに見える。
その中で作業をしていたのがディスタであり、中まで踏み込まないままついて回っているのがウェイニーだった。作業といえどよく見る農作業のそれではなく、全体の様子を見ながら作物の調子を整えている、といった感じだ。
「あれ、もうそんなに時間経ってた!?」
「いいや、すぐに出てきた」
「わざわざ俺のところまで来るからだ馬鹿」
出てきた二人の姿を捉えたのか、ウェイニーは焦ったような反動で飛び上がり顔を上げる。良かったと安心して力を抜いた彼女の近く、馬鹿にしたような笑い声を上げたディスタ。同時に響く上からの声も。
「おー、早速か?」
「ただの確認だけだ、そこまでやらせない」
おそらく談話室の窓だろう。クィディーが肘をつきながら見下ろしている。外にいたディスタとの暇つぶしにいただけなのかもしれないが、これから行うことに興味があると見える。天才と数多くの人々が注目する彼女の力を。
「あの、私、最近簡単なものを使っていないのですが……」
「それは心配しなくていい。とりあえずこのチャームにいつも使ってるくらいの魔力を溜めてみてくれ、割ってもいい」
そう、手渡された小さな欠片。シユは手の平に乗ったチャームを見つめた。割ってもいい、初めて扱うもののため加減が分からず不安になるが、実践してみないことには始まらない。彼女は集中するように目を閉じた。
手にある小さなこの欠片に、自身の持てる魔力を注いで保存する。イメージはいつものように、管理していたハーブの調整をする時や、人に癒しを与えるための穏やかな気持ちを。
紫色に染まっていくチャーム。それは間もなく濃い色へと変わり、欠けるような音が小さく鳴った。
「……!」
「今はどれくらいだ?」
「まだ半分くらいなのですが……ヒビが……」
その音に引き戻されるように目を開けたシユは、ヒビが入り今にも割れてしまいそうなチャームを手に困惑する。完全に割れてしまう前に切り上げた方がいいかと。しかし、レーヴェンは焦る様子もなくその手元を冷静に観察していた。
「怖いと思うが、残りを溜めてもらっていいか?」
「わ、分かりました」
真剣な目、彼が言うのならまだ大丈夫だとシユは慌てて頷き、再度目を閉じる。緊張に心臓は早鐘を打つが、深く深呼吸をして落ち着ける。再開してみれば、さらに短い間隔でヒビが入る音がしてくるため、彼女は小さく眉を動かした。
まだ、まだ、もう少し。手元に妙な違和感を覚えるが、割れてしまう感覚は伝わってこない。シユは通常、一回で使う量の魔力を注ぎきることに成功はした。だが、目を開ける勇気がなかった。手の上にあるものの感覚が変わったような気がしてしまっていたから。
しかし、終わったためそのままでいるわけにもいかず、シユは片目を開けてみる。
「こ、これ……」
「一回りとちょっとか」
「あの……?」
薄っすらと見えたそれを確認するために両目を開く。チャームは一回り大きく、溢れて生成された結晶のように刺々しく広がっていた。形が変わってしまったそれを平然と拾い上げたレーヴェンは、転がすように様子を見ると納得したように頷く。シユは特に何も言ってこない彼を不思議に思い首を傾げた。
「悪いな、少し嘘を吐いた」
「う、嘘……?」
レーヴェンはつまんでいるチャームであったものから目を離さないまま、悪いと口にしつつ悪気はなさそうに言ってのける。シユはさらに困惑し目を丸くした。
「この結晶は魔力を溜め込む性質があるんだ。ただその量が溢れそうになると、溜まった魔力を使って新しく溜め込む場所を生成する」
「では、最初から割れるものではないと……?」
「いや、それを繰り返しすぎると割れて粉々になる。……その飛び散る破片が部屋を傷つけるんだ」
だから念のため外に出てきた。レーヴェンは少しの悪戯心からなのか、シユに目を向けて左右非対称な笑顔を見せる。嘘であって嘘でもない。彼が選んで持ってきたのだろうが、割れなくて心底安心したと、シユは息を吐いた。
「作れとか言いつつ、加工を失敗して部屋を傷つけると怒るんだよ、あいつ」
「私が今割ってしまったかもしれませんか?」
「どうだろうな……流石に割れる程繰り返す量を一回では使わないとは思うが」
それがどれだけの結晶を生み、どんな大きさになるのかも定かではない。レーヴェンの手にある結晶、濃度の異なる紫色の光が中で揺らめいている。彼らの装飾、指輪の石が加工済の宝石だとするなら、これは加工前の原石のようだ。
この変化で加工するべき加減を知ることができたらしいレーヴェンは欠片を上着のポケットへしまう。
「蓄積と消費を繰り返す分には半永久的に使えるんだ、これは」
「変わった鉱石、のようですね。初めて聞きました」
「俺も調べて知ったからな」
用事が済んだのならもう外にいる必要はない。自然と屋敷の中へ戻ろうとする二人の足を止めるように、あろうことかクィディーは二階から飛び降りてきた。着地は見事、衝撃で足が痺れた様子もなく、彼は立ち上がる。
死角だったか不意打ちだったか、外にいた面々は呆けて終わった。
「あのチャームがあそこまで変形するなんてな、見たことがねぇ」
「……普通に出てこいよ」
至極面白そうな、緩いネクタイをさらに緩めるように手をかけたクィディーは、レーヴェンにただ手を差し出した。彼は溜め息と共に冷ややかな目でチャームを取り出し、その手に乗せる。
陽に透かし、気が済むまで様々な角度を眺め回したクィディーは不適な笑みをシユに向けた。
「どうだシユ、一回派手にやってみるか?」
「え、と……それは使ったことがないと言いますか……」
攻撃系、破壊系の意図だと読んだ彼女は胸の前で手を握りこみ、下へと目を逸らした。覚えがある限り、そのような魔法を扱ったことがないからだ。初めての試みのような緊張感がある。
「練習も兼ねてみるか、怖ぇんなら盾役でも呼んで──」
「クィディー」
「……ヴェルクか、どうした」
噂をすれば、そういった含みを持った顔で、食い気味にやってきたヴェルクを捉えたクィディーだったが、ただ深刻な顔で首を振っただけの彼に対しすぐに切り替えた。
「ったく、対処に困るとこうだから面倒だ──シユ、お前植物に詳しいとかあるか?」
「家でハーブの管理はしていましたが詳しいというわけでは」
「一度来てくれ」
苛立ちに頭を掻いたクィディーは足早に歩き出した。向かうのはどうやら菜園の隣にある温室のようだ。やや曇ったガラス張りの部屋、飾り気のないシンプルな場所。中は言わずもがな外より暖かく、湿度もあるため蒸し暑い。
置いてある植物は実用から観賞用まで幅広く、こまめに管理されているのだろう、綺麗に花を咲かせているものもある。
「これだ、結構駄目にすることが多い……どうも上手くできなくてな」
「花、ですか」
大きくもなく小さくもない、手頃でよく見る大きさの鉢に植えられた花。薄い緑を基調とし、濃い緑が入り混じる葉と茎。花は目を引く深紅だが、葉は丸い縁取りで柔らかな印象を与える。
咲き誇ればここに入った瞬間目を引くような見事な花になりそうではあるが、今は不調に鳴りを潜めている。
見ても分かるように、この花は下向きに萎れて今にも枯れてしまいそうだ。それに、シユはこの花を初めて見たし、対処の仕方も分からなかったため、治せるという期待をかけるわけにもいかなかった。だが。
「保証はありませんが……いつも行っている方法を試してみてもいいでしょうか」
「どうせこのままじゃ枯れるだけだからな、やるだけやってみろ」
「はい」
シユは一番低い位置にある葉の下へと手を差し入れた。目を完全には閉じないまま、薄く開いて様子を見ながら自身の持てる魔力に癒しの効果を乗せて分け与える。彼女が幾度となく扱っている魔法だ。
クィディーとヴェルク、レーヴェンが見守る中、花は徐々に生き生きとした姿を取り戻していく。下を向いていた茎も花も立ち上がり、美しい形へと整い始めた。誰も、どうにもできずに終わりを待つだけだった花が生き返ったようだと、クィディーとヴェルクは目を見開く。
「ええと、本来の姿が分からないのでここまでにしてみましたが……どうですか?」
実際緊張していたのだろう、シユは慎重に手を退けると、判断を仰ぐように彼らを振り向いた。聞こえていないのか、しばらくの間何とも言わなかったクィディーは小さく息を吐くように称賛の言葉を漏らした。
「よくやった、シユ──だがそうか……」
穏やかな笑顔でシユの頭を一撫でしたクィディーは考え込むように顎に手を当てる。
「お前はこうして一度に大きな魔力を使うから細かい調節が難しくなるのか……?」
何にせよ、少しも攻撃的な魔法を使ったことがないというのはあり得ないだろう。彼は彼なりの思考回路でそれを追っていく。仮に事実だったとして、全くの手段も持っていないとするのなら致命的でもある。彼の下にいるなら、身を守る相応の術がなければならない。
「まぁいい、今日は助かったしここまでにしておくか」
「また何かあれば」
「ああ、これからは散々任せるかもしれねぇからな」
そう、クィディーはまた悪い笑みをこぼした。誰もが一歩引きたくなるような。その笑みの裏に潜んだ思考といえば。
自らの力を癒しとして分け与えるなど、常人には簡単にできるものではない。直に広まるであろう彼女の噂を前に、得るべきものを得なければならないと、クィディーは目の前に壁が現れたような感覚に陥った。
薄々感じ取れるこれから訪れるであろう面倒事。
それを確かな危惧として捉えることができているのは、今ここにどれだけいるのか。誰もが自分だけかと与り知らないことでもある。




