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「はい、それじゃあいってらっしゃい」


 玄関先にシルフェイミの満面の笑み。

 朝は忙しくても見送りは欠かさずにする。シルフェイミが絶対としていることだった。

 いってきます、と、制服の面々も欠かさず変わらず。家を出て学校への道を行く。


「いい? シユちゃん、だめそうだったらちゃんと保健室で休むんだよ?」

「ふふ、いつものことじゃないですか」

「こういうときは割と言うこと聞かないよな、シユって。具合が悪いなら寝て休む、いいな?」


 遠目に学校が見えてきて正門を通った矢先。

 イユリはさることながら、クレイにも不機嫌そうに指をさされるシユ。本当にいつものことだったが、笑って流そうとしたシユに対する、二人からのダメ押しだった。


「でもシユはこんなところ通っても通わなくてもいい身だろ? まだ気楽じゃないか」

「それ言ったら俺たちだって変わらねぇだろ」

「けれど配慮してくださったミスカラルドには感謝していますから」


 ラシュウの言った通り、こうして学校に通うことがシユにとって意味を成さないことだとしても、シユはそれでよかった。自身を顧みる時間が少なく済むし何より、学ぶことが楽しいということもある。

 昇降口に向かう校庭。他の生徒たちに紛れながら校内に入る。


「……っ!」


 靴を履き替えようとしたシユを再び襲う眩暈。ロッカーに手をついて固く目を瞑る。頭から足元までぐらぐらと頼りなくなるような不快な眩暈。けれどこれはまだ軽い方。シユは治るまで動かない。


「シユちゃ──あ」

「イ、ユリ……」


 来ないシユの様子を見に来たのか、イユリが顔を覗かせ固まる。

 じっとりとした目で近寄ってくるイユリに、シユは悪いことをした気分になり、目を逸らした。


「はいはーい、シユちゃんは保健室ねー」

「イ、イユリ……まだそこまででは」

「だめ、私に見つかったんだから観念して」


 イユリはシユの手を取って有無を言わさず歩き出す。シユも抵抗しようなどとは思わなかったが、何をされても絶対に離さないというような力強さに、大人しくついて行くしかなかった。

 せめて最後の頼みの綱でもない頼みの綱に縋ろうと、シユは兄弟たちを振り向く。カイルとクレイは諦めろ、という顔。双子は完全に面白がっている。


「兄さん、シユと一番近いから気にかけておいて」

「教室は違うからできたらな……」


 ここまで行動的で頑固になったイユリを止められる者はいないにも等しい。兄弟は遠い目でシユの背中を見送った。




「良くなるまで起きてきちゃだめだからね?」

「分かりました……」

「よろしい!」


 もうシユが常連と化している保健室。中にいた先生でさえ笑って迎えてくれる。軽い挨拶を終えてから、イユリはシユをベッドに押し込んだ。

 これでは一体、どちらが年上なのか分かったものではない。半強制的だが、シユがベッドに入ったのを見たイユリは満足そうに腰に手を当てて笑う。

 意気揚々とカーテンを閉めて出て行ったイユリ。その向こうで貧血がどうとかという話し声を聞きながら、シユは目を閉じた。






 真っ暗な空間に水気のある足音が響いている。

 静かに水滴が落ちるような音も。

 重い扉を、軋ませた音を立てて開ける音。


 ふと、そこにチャームを落としたような音を聞いた気がしたシユは浮上するように目を覚ました。どうやら眠っていたらしい。そのおかげか、気分はすっきりとしている。


「……」


 外を眺めてみても、天気が崩れた様子はなかった。晴天そのもの。妙な夢か、夢現な状態で聞いた外の音がそう聞こえてしまっただけなのか、シユはベッドから下りる。

 心配そうに確認してくる先生に回復したことを告げ、教室へ向かう。時間はちょうどよく、各教室から話し声が聞こえてきたり、人が出入りを始めていた。


 こうして大勢が一緒になって物事を学ぶという光景、経験を、シユは見たことがなければしたこともなく、時間の縛りで行動することもあまりなかったせいか、ここでの生活は新鮮であり窮屈でもあった。

 今では二つの世界の知識を持つシユ。似たような要素はあれど違いがあるのは当然で、また、物珍しいものがあるのも然り。違いを理解し新しい知識を持つこと。知識として持っているだけでは意味もなく、実際にこうして行動、生活することで馴染ませる。集団で生活させることが一番、ということだ。


「シユ」

「……カイル?」


 教室へ戻る廊下、壁に背を預けていたカイルに呼び止められる。シユを待っていた、か、場合によっては制止するためか。


「本当に平気なんだろうな?」

「はい」

「無理にでも起きてきたら引きずってでも戻せ、そう言われたからな」

「そ、そうでしたか……」


 こんなにも大げさなのは今に始まったことでもない。シユの不調は誰も理解できないものだが、不意に眩暈を起こし、酷いときでは倒れることもあるため、気にかける必要がある。当の本人がいらぬ遠慮をして無茶をするから。


「まぁ、一番怒られるのはお前だから知ったこっちゃないけどな」

「そうですね」


 シユが笑って答えてしまうとカイルは溜め息を吐き、一応言ったからな、と、教室へ戻っていく。

 その背中を眺めながら、シユは違いに思いを馳せてみる。


 まず、夜野家のような人種はシユがいた世界ではいなかったと思われる。存在しているという小さな話すらなかったからだ。魔力を扱うという共通点があることからして何の話もないのはおかしい。

 そして、その共通する魔力において。シユの元の世では誰もが多かれ少なかれ持っているものであり、人によって有する魔力の色というものがあった。一人として同じ色を持つことがないとされ、違う色の魔力を直接受け取ろうとするなら、身体が壊れてしまうという。

 一方、今の世では奇跡的に生まれ持つ者がいるだけで、そのようなものはないに等しいとされる。しかし、夜野一家のようにそれを糧とする人種も存在するため、彼らにとっては欠かすことのできないものである。こちらの場合、シユの世界のように厳しい事情ではないが、魔力を受け取るなら、それに足る器であるかどうか、ということらしい。足らなかった時の末路は似たようなものだろう。

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