追憶ノ4
もう眠るだけになった、夜の時間。ランプの灯りだけが暗い部屋を照らす。シユは机に向かい本を見ていた。読んでいるわけではない、流して見ているだけだ。この時間、眠い頭では内容が頭に入ってこないだろう。
「これを、全部……」
決して小さくはなく、薄くもない本。中身は全て手書き、だが雑な部分など見当たらない。これは先程、大広間を出る前、思い出したようにクィディーに投げて渡されたものだ。彼なりに解釈し、使用し、まとめたという個人的な魔導書なのだとか。きっかけとしては、テリスが上手く扱えないでいた時に見せたところ、上達する早さが上がったところかららしい。それ以来、新しく入った必要そうである子供に渡してみているのだとか。ウェイニー曰く、そこれらへんの真面目くさったやつを読むより分かりやすい上に面白いから質が悪い、らしい。
確かに、彼の性格や言葉がそのまま出ていたり、物騒な表現が多々見られる。だが、本当にそれが逆に分かりやすく、面白い。
シユは息を吐くように表情を緩めて本を閉じた。
朝食後すぐは屋敷探検、という名目の案内だった。手が空いていたのはやはりウェイニーだったため、今日はまだ見ていない場所だけを回るらしい。早めに片付けたい事がたくさんあるようだ。
「昨日の大広間の隣はキッチンになっててね、出入りはそこからだけなのよね~」
「正面に大広間以外のドアはありませんでしたね」
使うこともそうそうないが、簡単につまみ食いができないのが嫌だと、ウェイニーは文句を言いながら一階へ下りて行く。そういった悪戯を考慮した間取りにしたのではないかという考えがシユの頭を過るが黙っておくことにする。
「そっちは物置部屋ばっかりで、こっちは昨日も行ったから分かるわよね。ほとんど水回りのものが集まってるの」
「はい」
そっち、が正面玄関から見た左側のドアの向こう。こっち、が右側。ウェイニーは下りてきた階段のすぐ前で止まり指を差すだけに留める。中まで入っていくつもりはないらしい。これでは下りてきた意味がないというものだが、どういう部屋があるのかということが分かっていればいいということか。
「ウェイニー、もしかして早く行きたいところでも?」
「そ、そうなのよー! 早くラジョラのところ行きたくて!」
「作業部屋が集まっている向こうはこれからですよね?」
「ええ、行っても大丈夫?」
思っていたより入り組んでもいない屋敷の中は覚えやすかった。シユが大丈夫だと頷けば、ウェイニーは今すぐ引き返すように階段に足をかける。いつも入り浸っていそうな雰囲気だ。
「用があるのはレーヴェンのとこなんだけど、最後に来いって言われてるからね。他の案内終えなくちゃ!」
「ラジョラには服を頼んでいたのですか?」
「いいえ、シユの服がどうなってるか見に行くだけよ」
階段を駆け上がり、嬉々として二階右側のドアを開け放ったウェイニーの後、シユは追いかけながら返答に首を傾げた。まるで自分のことのように嬉しそうな、それでなくてもただ好きなだけで楽しみが増しているような。
だが、昨日の今日。採寸は終えているがそこまで早くできるものでもないと、思えるがどうなのだろうか。
「ふふふー、途中でも見れば気分上がっちゃうものよ──やっほー二人とも、どう?」
ウェイニーは早くも彼らが作業を進めている部屋へ入ったようだ。
ドアを抜けた先にまず、見えたのはおそらく部屋中央部分にあたる壁。行き止まりの奥と、続いている向こう側に一つずつドアが見える廊下。その先にもぽつぽつとドアは見える。向こう側のドアが開いているため、彼女はそこから入って行ったのだろう。この部屋は横に広めのようだ。
「……お邪魔、します」
「何だ良かった、ちゃんと案内してたのか」
「いらっしゃい、シユ」
何やら大きな布を引っ張り出していたテリスは、シユが顔を覗かせたことに安心したような表情を浮かべていた。同じく、奥の机でミシンを使い作業を進めていたラジョラは、手を止めて笑顔で迎えてくれる。
主に使うのはこの二人だけなのだろうが、作業机が六つ置かれている。壁沿いには低めの棚がいくつもあり、テリスがいる場所同様、様々な素材や道具が仕舞われているに違いない。それだけのものが詰め込まれていながら、余裕が保てる程広い部屋だった。
「ね、どうなの? どんな感じ?」
「まだまだよ、いつもそうなんだから」
手元に広がる布の周りをうろつくウェイニーに、ラジョラは困ったように笑っているが嬉しそうでもある。興味津々の子供に手を焼く母親のようだ。
「シユ、ちょっといらっしゃい」
「はい……?」
ミシンから布を外したラジョラは手招きする。シユが側に立てば、彼女はその胸のあたりに布をあわせ、満足したように頷いた。まだ完成には程遠いものだが、彼女の中では完成形が見えているようだ。深い緑の葉のような色、縁に流れるような白いラインだけしかない状態だが、ウェイニーにも何となく分かったらしい。驚いたように表情を輝かせていた。
「うん、この色で正解ね。楽しみにしてて?」
「はい、ありがとうございます」
また違う楽しみだ。似合うものと最初から仕立ててもらう、今まで着たことのない生地でできた服。シユはむず痒く微笑んで頷いた。
「早くレーヴェンのところに行ってあげたら? 決めることあるでしょう?」
「そうね、進み具合見たくて寄っただけなの。それじゃ頑張ってね!」
はいはい、と作業を再開しだす二人は律儀にも手を振りながら見送ってくれる。丁寧にドアを閉め廊下に戻れば、もう部屋の中からはミシンの動く音が聞こえてきていた。
「どうだった?」
「仕上がりが楽しみになってきました。ウェイニーの気持も分かる気がします」
でしょ、と得意気に含み笑いで奥を目指し歩き始めたウェイニー。次もまたドアの間隔が広いため、それなりの大きさの部屋なのだろう。
「作業部屋と言ってもここは書斎なのよね。とりあえずいろんなもの詰め込んであるわ。クィディーが割と使ってる」
ドアを開ければ、正に図書館と呼べるくらいに並ぶ本棚が目に入ってくる。だが、中に本がぎっしりと並べてあるのかと言われればそうでもなく、まばらに空いていたりする。棚は見越してここまで置いたのだろう、これからも増える可能性はありそうだ。
ま、今は用事ないし、と興味がなさそうにウェイニーはドアを閉じた。ここまで来ればもう最後のドアになる。残りの廊下のちょうど真ん中に一つだけ。
「レーヴェーン、終わったわよ~」
「……早かったな」
間延びした声で遠慮なくドアを開けたウェイニーは早速、彼の手元を覗きに行く。シユは取り残されたように、物珍しいものを見たと部屋を見回すことになった。
まるで工房だ、と。職人しか入ることの許されないような空間だった。他の部屋とも切り離されている印象も受ける。木を削った、そのままのような棚が多いためにそう思わされるのだろう。壁にかかった工具や床に散らばる無色透明の欠片、いくつか置かれている本から飛び出すように挟まれた紙など。雑多なのもそう思わせる一つのように見える。レーヴェンが座る作業机には手元を照らすための明かりがしっかりと完備されているようだ。
「外まで行ったのか?」
「それは後でも大丈夫かなーって……もしかしてまだ準備できてない?」
「いや、できてる」
シユが彼らに目線を戻したとき、ウェイニーが手招きをしていた。その隣では、レーヴェンが机の引き出しからいくつかの部品のようなものを出している。小さく丸い形のものが多い。
「お前は出てろ、話が進まなくなる」
「ひっどいわね! 静かに聞いて──」
「今日はディスタだぞ、外」
「……」
ディスタの名前が出た瞬間、ウェイニーは固まった。何かが彼女の中でせめぎ合っているのか、目が泳ぐ。そして最後に固く目を瞑った後、決して広くもない部屋を走り、ドアを掴んで止まる。
「ごめんシユ! 最初の話、正直つまらないからディスタのところ行ってるわ!」
「は、はい、ありがとうございました……」
「……つまらないとか言ったな、あいつ」
ばたんと音を立てて閉められたドア。走り去る足音に掻き消えそうな声で、レーヴェンは不満たっぷりに呟いた。きっとシユの言った言葉も聞こえていないだろう。
「まあそのうち戻ってくるだろ……」
溜め息の後、気を取り直したように呼ばれたシユは、簡易な木の椅子に促される。近くに座ると、机の上に並ぶ部品は全て装飾の一部だと理解できる。完成してしまえばそれまでだが、これだけ細かくたくさんのものがつけられているとなると驚くというものだ。
「こんなにたくさん……」
「ああ、細々してるから多く見えるだけだろうな。分類すればたった三つだ」
細かく繋がれたチェーン、しずく型の小さな欠片と楕円の一回り大きな、どちらも無色透明の鉱石、そのチャームとチェーンを繋げるための部品。基盤は指輪になるため、サイズを測るための道具も用意されている。
「どの指につけて使いたいとかあるか?」
「考えてませんでした……」
「確かに急に言われてもな……それじゃあ得意な系統の魔法とか」
それならば。シユは自身の手を眺めながら町で使っていた魔法を思い出す。気が付けば当たり前のように扱えていた術、たくさんの笑顔になったもの。
「癒すための魔法は得意かと」
「そうか、だったら逆の方が良いな」
「逆?」
「ああ、普通、というか俺たちは指輪の石に多く魔力が溜められるようになってるんだ」
レーヴェンは手元の紙に短く何かを書くと右手の甲を上に向けた。彼の指輪についているクリアブルーの石、中で光がゆらめいているように見える。
「これが核みたいなもので大きな力に換えやすいとか、チャームに分散させて使ってる。だからこっちにはそれ程魔力は溜められない」
「そうなんですね、これが逆となると……」
「ああ、お前が得意とする系統の魔法だと一回で消費する魔力の量が桁違いだからな、多くつけられるチャームに魔力が溜められる方がいいはずだ」
十分に頷ける話だ。たった一瞬でそれを考えつける彼もすごい。それだけ熱心に学んだのか、昨日のクィディーの口振りからして、装飾のことを請け負っているのは彼だけのようだ。真逆の効果を持たせることを躊躇いなく決定できる、新しい方法に挑戦してみるのも腕の見せ所なのだろう。彼が単に思いついたことを実践してみたいだけなのかもしれないが。
「一度やってみるか、石の加工加減も考えておきたいしな」
「外へ?」
「ああ、そんなに構える必要もない。クィディーも言ってた通り遊びの延長でいいんだ」
一つだけ、チャームの欠片を持ち出し部屋を出ようとしたレーヴェンは。シユは目的が曖昧なまま魔法を使うことに不安を覚えながら立ち上がった。しばらく、遊ぶための簡単な魔法を使っていないと。




