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追憶ノ3

 屋敷の中は外観と中身が違うのではないかと思われるくらいに綺麗なものだった。明るく開けたエントランスの両端から二階へ伸びる階段。その先の廊下は左右にコの字を書くように分かれ、さらにドアがあるため、まだ分かれているのだろう。一階正面もそうだが、二階の正面にも両開きの大きなドアがある。

 あまりに違う環境に、シユが落ち着きなく周りを見渡していれば、二階左側のドアからウェイニーが出て来る。誰かの腕を引っ張りながら。


「いたいた、シユ! この人よ、あたしの先生!」

「……後で集まった時でいいだろ」

「だーめよ、あとディスタだけなんだから」


 引きずられているようで、重たく動かないもののような。至極面倒臭そうに腕を引っ張られながら出てきた男性。スーツのような衣服をきちんと来ているが、ジャケットだけは肩にかけたままだ。彼自身が持っている雰囲気はクィディーと近いものがある。

 彼は仕方なさそうに下りてくると、シユに手を差し出した。


「これも五月蝿く言ってただろうが、ディスタだ。よろしく頼む」

「シユです、よろしくお願いします」


 握手を交わし、ディスタは一階正面のドアの向こうへ入って行った。ウェイニーはその背中に手を振ると、向き直る。


「あそこは大広間なの。皆でご飯食べたり、好きにくつろいだり──そうだラジョラ、シユの部屋決まってる?」

「ええ、貴女の隣空いてたでしょう? 案内をお願いできる?」

「もちろんよ!」


 それじゃあ、と先に二階へ向かったラジョラとテリス。シユもウェイニーに行きましょうかと同じく階段を上り始める。


「右側は作業部屋ばっかりだから、普段使う部屋は左側ね。この正面は談話室」

「はい」


 左の廊下を渡る途中、反対側から中に入っていく二人が手を振ってきたため、振り返す。二階の廊下は吹き抜けになっており、一階を見下ろせるようになっていたため、シユは何となく眺めながらゆっくりと歩いた。事実ではあるが本当に別の場所に来てしまったようだと。

 そこへウェイニーがドアを開けた音に前を向く。


「入って一番近いのがクィディーの部屋で、その奥がヴェルク、ディスタ」


 入ってきて左斜めにあるドア、その奥二つを指差しながらウェイニーは一度シユを確認し、右に歩いて行く。そうして歩きながらドアの前を過ぎる度に名前を上げた。


「クィディーの隣にラジョラ、テリス、レーヴェンと来たここがシユの部屋よ。その隣はあたし!」


 同じドアが続いていくばかりなため、順番で覚えるしかないものの、シユは端から二番目だったことにその必要もないと、ここが部屋だというドアに向かい合った。その隣ではウェイニーが嬉しそうに自分の部屋のドアを差している。


「一応家具も全部揃ってるのよ、気に入らなかったら新しいの買っちゃえばいいしね」

「い、いえ、十分すぎるくらいです……」


 半ば緊張しながらドアを開けたシユは、申し分ない内装に思わず息をのんだ。見たところ何もかもが揃っているようで、逆に余らせてしまうと思ったくらいに。

 中央よりはやや左にずれたところに窓があり、左の壁に沿ってベッドが置かれている。黒く飾り気はないが、施された彫刻が映える落ち着いたものだ。右奥の角には棚と机が揃って置かれており、どちらも木の味をそのまま活かしたような作りになっている。そこから少し離れた右の壁には横長のタンスがある。シユの手持ちではとんでもなく場所を余らせてしまうくらいに収納できるだろう。そしてその上には、場違いにも見える可愛らしい装飾のジュエリーボックスがあった。最後に、入ってきて右手には大きな本棚まで。

 文句のつけどころなどない。むしろこれだけ揃えられていてあるなら失礼なくらいだ。


「シユが不便なく過ごせるまでいろんなろころで調達すると思うから、何かあればその時ね。遠慮なしでいいからね?」

「は、はぁ……」

「それじゃ、多分夜まで何もないと思うからごゆっくり~。そのままベッドに飛び乗ってひと眠りもありよ!」

「そ、それはちょっと……」


 悪戯っぽく笑って出て行こうとしたウェイニーにシユが礼の言葉を伝えれば、ウェイニーは手を振ってドアを閉めた。

 大した音もなく閉められたドア。その音を聞いてしばらくしてから、シユは振り返した手をゆっくりと下ろした。そうして短く溜め息を。どっと疲れが押し寄せてきた感覚だ。ウェイニーが言った通り、本当にベッドに飛び込んでしまいたくなる。けれど、と彼女は首を振った。


「……」


 余るなぁ。シユは中が空になったバッグの前で腕を組んだ。この大量の収納場所が埋まるなどとは考えてもいなかったが、あまりにも余り過ぎていた。机の引き出しや隣の棚、タンスと本棚に物が入っていることの役目を果たしていないくらいに。

 元より物を欲しがらなかった質でもあったシユだが、持ってきたものも元の自分の部屋からほぼ消えたというのにこの始末だ。服も寒い地域だったため、一枚一枚はかさばるがこちらで過ごす分に困らない程度には持ってきている。


 考えても仕方ないと、シユは一度ベッドの端に腰かけた。服越しでも伝わってくる感覚が心地良く、そのまま横になる。少し休むだけ、目を閉じた。




「……シユ?」

「っ!」

「っふふー、やっぱり疲れてたのね。ごめんね、起こしちゃって」


 弾かれた勢いで目覚めたシユは一瞬混乱した。目の前にウェイニーの笑顔があったことと、部屋が真っ暗だったことにも。日が落ちてしまったらしい。すっかり眠り込んでしまったことに、シユは謝りながら起き上がる。


「ご飯できたみたいなの。起き抜けで大丈夫?」

「……はい」


 まだ眠そう、と楽しそうに笑いながら部屋を出るウェイニーについて行く。眠いことは眠いものの、歩いて体を動かせば次第に眠気は引いていった。廊下に出て階段を下り、中央の大きなドア、両開きのその中に足を踏み入れる。


「ふふふ、今日は腕を奮ってみたわよ」

「……やりすぎだ、ラジョラ」

「あら、貴方だってそれなりにやったじゃないの」


 やはり賑やかで、既に準備は万端だったようだ。今しがた最後の料理か、ラジョラが大皿をテーブルに置いたところだった。あまりの品数に呆れるクィディーだが彼女と共にキッチンに立ったため、人のことは言えない。

 部屋の照明はオレンジ色で温かく、長いテーブルの上には所狭しと並ぶ、色とりどりで見ているだけでも美味しそうな料理の数々。食材を網羅しているのではないかというほどだ。新鮮な野菜が盛られたサラダやスープ煮。卵料理から肉料理に魚料理まで。食べきれるか怪しいところだ。


「はい、シユはここね~」

「ありがとうございます……」


 入ってきた、テーブルの向こうへと手を引かれて、空いていた席に促されるまま座る。そのまま隣に座るウェイニーを見ながら、シユは周りを眺めた。ちょうど部屋の順番に座っているらしい。


「好き嫌いが分からなかったからとりあえずいろいろ作ってみたの、好きなもの食べてね」

「ありがとうございます、あと、嫌いなものもあまりないので……」

「良かった、それじゃあはい、食べた食べた!」


 ラジョラが席に着きながら促すのと同時、いただきますの声と共に全員が動き出す。素早い動きでもないが、誰もが料理に手を伸ばしらたともなれば一歩引いてしまう何かがある。あえて手を出さないというのもあるのか、シユも落ち着いてから取ることにする。


「まぁ、この屋敷は管理もなく捨てられてたから俺たちが貰っちまったもんだな」

「よろしかったのですか?」

「一応人払いの術を施してあるからな、見つける奴もそういねぇ。おそらくこの近くにある町の誰かが使ってたんだろうな」


 食事も一段落。手元にはお茶だけを残し、雑談するだけとなっていた。シユのために設けられた質問の時間でもある。そうして屋敷の話をしていた、クィディーの答えがこれだ。実際、こうして長いこと過ごしていられたのだから、心配することなど必要ないも同然だが、やることが大胆だと思えてくる。

 最初はもちろんのこと、崩れ落ちそうな廃屋だったらしい。そのため、外観はそれなりに見られる程度に手直しをして、内装は生活する場として力を入れて整えたという。元より捨てられていたに等しい屋敷だったため、外観だけはそれを保っておきたいという、ちょっとした遊び心なのだとか。


「今まで何ともなかったんだ、そこは心配いらねぇ」

「わ、分かりました」


 頷いたシユに聞き分けがいいと同じく頷いたクィディーは、他はと持ちかけるが、首を振ってそのまま先を続ける。


「……そうだな、ひとまず装飾を造るのが優先か」

「装飾……」


 これだ、とクィディーは手の甲をシユに見せる。形は違えど、全員がつけているそれ。指輪に繋がるチェーン、下げられたチャーム。一見、本当にただの装飾品だと思ってしまうが、それは効率的に魔力を扱うためのものだと分かる。


「そのためにはお前の力を見る必要がある。何、遊びながらでも構わねぇよ。あとはこいつが見て判断する」


 こいつ、クィディーが指差したのはシユの隣にいたレーヴェンだった。ここ数日、姿は見るが話しているところはあまり見ていないなと、シユは横目で彼を盗み見る。

 ここで彼女を挟むようにウェイニーが身を乗り出した。


「そういえばあんた機嫌悪いの?」

「何でそうなる」

「だってシユのとこ行く日から人が変わったみたいに喋らないから」


 無言、だった。けれど機嫌が悪いというには普通に受け答えを、表情も柔らかく動く。クィディーは小馬鹿にするように乾いた笑い声を出した。


「寒すぎたのが気に入らなかったんじゃねぇのか?」

「そこまで耐性なくはないだろ……」


 明らかに今、少々機嫌が悪くなったように目を細めたレーヴェン。ウェイニーといえば納得はしていない様子で頬杖をついた。

 会話もそこそこ、シユに向き直ったクィディーは紹介するような手つきでレーヴェンを指す。


「まぁシユ、元から喋る奴じゃねぇがとっつきにくいってわけじゃない。安心しろ」

「どっちかって言ったらクィディーの方が怖くてだめよね」


 ひひひ、とウェイニーは頬杖をついたまま変な笑い声を出す。クィディーは酷いだの拗ねた口調で文句のようなものを言うが顔は笑っているため、いつも通りの冗談のようだ。


「さて、明日からはそれとなく予定詰まるだろうからもう休んどけ」


 コップを持ち、立ち上がったクィディーの一言が解散の合図でもあったのだろう。各々ばらばらと部屋を出て行く。シユもたっぷりと一息ついてから遅めに立ち、これからのためにと準備を整えることにした。

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