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追憶ノ1

 ──そう、あれは、あの紙は、私が書いた手紙だ。


 今まで見てきたであろう夢が頭の中をすべっていく。ああ、今は全てを理解できる。

 けれどこんな数では足らない、ほんの一欠片にしか過ぎない。もっと、もっと沢山。繋ぎ合わせた夢を、甦る全てを。

 深く沈む、身体も心も、感覚も。全ての始まりに、落ちていく。






 生まれ育った雪の降り積もる田舎の町。

 一人として同じ魔力の色を持たないとされ、人から人への直接的な引き渡しは身体を内側から殺すこととされていた世界。そんな世界で、どんな色の魔力を引き渡されても難なく受け取ることができ、己のものとして吸収することができていた“紫の天才”それがシユだった。そうして死に行く者たちが託していった魔力は彼女の中で積もりに積もり、膨大な量にしていった。


 田舎の町と言えど、外からの客は来る。そんなシユの噂は浸食するように広がり、様々な客が訪れるようになった。有名な組織や学会からの勧誘、加えて美しくもあった彼女へ求婚する貴族、一目見たいがための野次馬まで。

 それは全て言葉巧みなものであり、思わず騙されてしまいそうなものも多々あったが、シユはそうはいかなかった。どれだけ魅力的な言葉を並べ立てられようが、全てを突き返し首を振り続けた。才能をこんな田舎で持て余すのは勿体ないと嘆く住人たちをよそに、どこへも行かないと。


 そんな中、やってきたのがクィディー率いる一団だった。噂といえば悪いものばかり、住人たちは嫌気がさしていたが、その嫌気はもっと別な理由だった。ただ単に悪いだけの奴であるなら、早々に事を済ませて帰らせることができただろう。だが、彼がこの町に馴染みがあるというのが、質の悪さを演出していた。


「ですから私は……」

「頑ななもんだな」


 度重なる来客専用の応接間ともなっている民間施設のとある一室。来客がある、この時ばかりは人々が集まる憩いの場という雰囲気はまるでなくなってしまう。

 今が正にその状況。毎度のごとくシユは断りを入れるが、今回は少しばかり戸惑っていた。相手の、クィディーの態度に。

 いつもならば畏まった態度に物言い、巧みな言葉の羅列を並べる人たちばかりだが、この男はまるで自宅でくつろいでいるそれだ。椅子に対してやや斜めに座り、脚を組んで肘掛けに体重を預けるかのように存分に使用している。


「全く、でかい態度は相変わらずなんだね。この問題児が」

「おっと、久々でそれはねぇだろ」


 お茶を持って入ってきたここの管理人でもある女性は、彼と一緒に来ていた仲間たちのところへ丁寧にお茶を置いていき、最後のクィディーの前には少々雑に置く。それでも彼は意に介さず、ひらひらと手を振りながら早速手をつける。


「シユ、これには真面目に相手しなくていいからね? どうせ野次馬程度だろうし」

「酷ぇな、連れて行く気はあるぜ?」

「悪いことは言わない、やめておいたほうがいい」


 テーブルを挟んで行われた会話。シユは口を挟むこともできずにいた末、それじゃあ、と出て行った女性を見送るだけになってしまった。

 小さく短く、息を吐いたシユは自由気ままな彼らを観察する。全くもって今までとの違いが酷すぎるために、どう対処していいかが分からなくなっていたからだ。


 座る座らないも、まずそこからが自由だった。

 堂々と座り込んでいるクィディーは、その少し後ろに立っていたどこまでも黒を印象付ける背の高い男と話し込んでいる。そしてクィディーの隣に座り一心不乱にペンを動かしている、柔らかそうな髪の中性的な顔立ちの少年。その手元を覗きこんでいたのはウェイニーであり、彼らの後ろで窓の外を眺めているのはレーヴェンだった。


「ねぇクィディー、やっぱりこういうのって自己紹介とかした方がいいのかしら?」

「今更すぎる質問だな、まあ普通はそうだ」


 落ち着かず、テーブルの前に立ったまま緩く手を置いていたシユを指差しながら、ウェイニーはそんなことを確かめている。お茶が出てくる前にも話は進められていたが、それは大まかなものだけ。細かい話は二の次となっていた。

 クィディー自身、話の順序が違うということは自覚していたため、ウェイニーに対して頷いてはおいているようだった。それを聞いたウェイニーは表情を明るくし、テーブルを回り込んでシユの側までやってくる。


「初めましてシユ、あたしはウェイニー。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします……」


 人懐っこい笑みで手を差し出してくるウェイニー。シユはその手を取って戸惑いながらも会釈を返した。

 そうしてすぐに手を離したウェイニーはしばらく、シユの顔を観察するように見つめてからクィディーを向き直る。


「多分あいつらは言う気なさそうだから教えるわね」

「は、はい……」

「あの偉そうなのはもう分かると思うけど、あれはクィディー。本当は名前長くて面白いから後でね」


 指を差しながらだが、一人ずつ言ってくれるらしい。最後に内緒話をするように小声になったウェイニーは片目を閉じた。

 続いて指を差したのは隣にいる少年。


「あそこで絵を描き殴ってるのがテリス。貴女に似合いそうな服を思いついたから描き起こしてるのよ」

「服を……?」

「ええ。で、クィディーの後ろの黒くてでかい壁みたいなのがヴェルク。さらに後ろの白いのがレーヴェンよ」


 分かった? とウェイニーは手を下ろしながらシユに確認の笑顔を向け、シユはそのまま頷いた。ほんの一瞬だけの紹介でも彼らは個性がありすぎるために。覚えることはそこまで困難ではない。


「そうは言ってもお前、まだ来ると決まったわけじゃねぇからな。そいつはどんな有名なチームでも断ってる猛者だしな」

「えー、でもこの子可愛いわ。一緒に来たらラジョラもきっと喜ぶわよ」

「可愛いんじゃなくて僕は綺麗だと思うけどね」


 完全に一員になる前提で話をしていると見たのか、クィディーが釘を刺せば、ウェイニーは頬を膨らませながらシユの腕に抱きつき、離したがらない子供のようになる。そこでやっと手を止めたテリスが顔を上げ、ペンで肩を叩きながらそんな訂正を入れてきた。何かに行き詰ったのか、悩んだ様子でもある。


「最終的な判断はお前に任せるしかねぇが……この通りうちは退屈させねぇと思うぜ?」

「……はい」


 彼はこうして会い言葉を交わしたが、是が非でもシユを手に入れたいという意思は言う程は感じられない。来ても来なくても構わない、ただ帰ってきてみた町にいたから声をかけてみただけという、まるでどちらでもいいというような素振りだった。

 同じことの繰り返しという長引く交渉もなく、終いにはウェイニーを引きずるように引き上げて行った彼ら。見送りをして一人、部屋に残ったシユは片腕を押さえるように俯いた。

 ひどく、心が揺れているような。






「今日の人たちはどうだった?」


 戻った自宅。棚の上に置いてある小さな鉢植えのハーブの前にいたシユはかけられた声に振り返った。

 彼女と同じ黒髪、優しい雰囲気の男性だ。彼はシユにホットミルクの入ったマグカップを渡すと、近くにある椅子に腰かける。

 シユは後ろを確認しながら棚に寄りかかると両手でマグカップを持ち、口元に近づけた。


「いつもの人たちとは違くて戸惑ったんだけど……楽しそうな、人たちだったな」

「それは良かった」


 来客があってからほぼ初めてと言っていいシユの評価に、彼は目を細めて微笑む。彼はシユの父親だ。娘の浮かない表情が少しでも晴れたことを何よりも嬉しく思っていた。


「行く気はあるのかい?」

「……」


 しかし、それとこれとは話は別だ。父がその先を促してみれば、シユは顔を曇らせて目を逸らす。未だに外へ出ようとする一歩が踏み出せない。

 シユはテーブルを挟んだ父の前へと移動し椅子に座った。


「例えばの話……もし私が何の力も持ってなかったとしたら、こんなことにはなってなかったよね」

「そうかもしれないね。でもお前はちょっと扱いにくい魔法が得意だ」

「うん……それでも、それだけじゃきっと見向きもされなかった」


 それは自然なことだと分かっていても、彼女はどこか悲しかった。名のある組織だからこそ、特殊であったり優秀な人材を引き入れたいのは当然のこと、力ある者を求めるのは当然のこと。そうだと割り切って考えても、贅沢な悩みだと思うがそれが虚しいだけだと。


「こんなきっかけを作った母さんが嫌かい?」

「そんなわけない……! むしろ、町の人たちの救いにもなれたことは嬉しいし……」


 だからといって、変わらない現状となるきっかけを作った母を恨むなんてことはしない。仮の発言だったとしても、シユは首を振りながら反論する。

 外からの訪問者はともかく、それを町の人々の癒しや救いになれたことは誇らしいことだ。ただそれが、彼女の上に別の形となって積み重なり苦しめている。


「別に私は有名になったり期待を背負って何かをしたりするような人間じゃないから……」

「ああ」

「父さんは……こんなの贅沢な悩みだって、怒る……?」


 彼は否定するように首を振った。これまでのことを誰よりも近くで見てきたからこそ、もっと肩の力を抜き楽に過ごしてほしいと。望まない道を行き、楽しみをなくすことの方が見ていてよっぽど辛いと。


「父さんは、お前が楽しくない生き方はしてほしくないと思ってる。自由に決めていいんだよ」

「……ありがとう」


 静かで穏やかなこの生活が何よりも大切なシユにとって、外に出ることは考えられないことにも等しかった。それが楽しいものかは別として。

 テーブルに置いたマグカップで手を温めながら、シユは今日の彼らについて思い返してみる。きっと、一緒に行ったら楽しいかもしれないという思いが口元を緩ませた。今までにない感情がこみあげてくる。


「……あの人たちなら……例え私が難しい魔法が得意なだけの人間でも、声をかけてくれたかもしれないなって思うんだ」


 今は噂を聞きつけてやってきただけの人たちだとしても。

 シユがこれだけにこやかに外からの客について話すことは今回が初めてだ。父はその姿を優しい目で見守りながらホットミルクを啜る。そこでシユは父を見上げた。


「仮に私が出て行ったら、父さんは寂しい?」

「そりゃあ寂しくなるさ。でもそれはどの親だって同じだ。だけど行くからには後悔してほしくないだろ?」


 だからちょっと我慢して見送るよ。

 彼は親指と人差し指で小さく隙間を作ってお茶目に片目を閉じる。シユはその様子に吹き出して笑うと、またありがとうと礼を言う。


「決めたわけじゃないの、まだもう少し考えるから」

「ああ、よく考えて決めなさい。どっちにしても、父さんはずっとここにいてもいいと思ってるからな」

「うん、ありがとう、父さん」


 そうしていつものように他愛のない話をして、眠りに就く。穏やかな日々の中の一つを。

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