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 沈黙する部屋の中、暖炉の火が燃えている音だけが響いていた。


「これは……」


 やっとのことで動いたクィディーは、シユの顔を覗き見て焦りをあらわにする。これは、この昏睡は決定だと。次に彼女が目覚めた時はもう、姿を消した当時のものになっている。


「イユリ、とか言ったか」

「は、はい」

「シユは預かるぞ、文句は言わせない」


 彼自身も、突然の事態に対応はできていなかったのだろう、酷く怒っているような顔を向けられたイユリは肩を揺らした。強い口調、威圧感。だがイユリは覚悟が決まった、しっかりとした目でクィディーを見つめ返して頷く。一切の無駄口もなく。

 クィディーはその切り替えの早さに小さく目を見開くが、すぐに鼻で笑い、その頭に手を乗せた。


「聞き分けが良くて助かる」

「だって……皆さんじゃないとその後がどうにもできないじゃないですか」

「予測はできるが俺たちだって未知数だ、本当にどうなるかは……」


 だから、怖い。

 予想外だった、などと言えば済まされる話などではない。遅かれ早かれこうなることは分かっているはずだった、こうする手段しか取ることができなかった。仮に、もう少し遅かったとしてもまるきり同じ心境に陥るだろう。

 腹を括るしかないということだ。


「ウェイニー、こいつを送って行け。ついでに諸々の説明をしてこい」

「えっ、あたし!? できるわけ……」

「状況を見ればお前が行くのが一番風当たりが弱い」


 突然の名指しに、ウェイニーは声を裏返して背筋を伸ばすも、すぐに自信なさげに目を逸らして伏せる。一番大事でもある相手への伝達が、今の状態ではこなせるか不安なのだろう。最初から得意でもなかったから尚のこと。

 渋るウェイニーを見かねたクィディーは、イユリの頭に乗せていた手を下ろしながら、意地悪く口元を歪ませる。


「残念だなぁ……シユがかかってるってのに」

「……行っ、けばいいんでしょ!? じゃあシユのことよろ──」


 やけになったのか、立ち上がりソファーの背もたれから後ろにあるソファーを覗いたウェイニーは、何かに気づいたように動きを止めた。

 そして彼女なりに納得したのか、一度深く頷く。


「そうね、これだけの荷物を一人で持たせるのはいけないわね」

「……そこなのか」

「うん、クィディーの言ったことはとりあえず水に流すわ」


 そのまま手を伸ばして袋を掴みにかかるウェイニーにならい、イユリは正面に回り込んで、できるだけ多くと両手に袋を確保する。

 シユを気にしながら、レーヴェンは聞いていたやり取りに対し静かに突っ込んだ。


「じゃあ行きましょうか」

「はい……!」

「ま、お前は要点だけ置いてくるのは得意だから大丈夫だろ」

「余計な一言いらないから!」


 一応背中を押したつもりのクィディーは、追い出すように手を払う仕草で二人を送り出す。ウェイニーも珍しく舌を出しながら反抗するなど、余計な緊張は和らいでいるようにも取れる。

 そんな二人が完全に出て行ったのを見届けたクィディーは、レーヴェンへと気を向ける。応急の処置としてシユをソファーの上に寝かせたところだった。


「……クィディー、一発叩いてくれないか」

「何だ、罰のつもりか?」

「違う、調子を戻すついでと気合いだ」


 クィディーを振り返ることもしないまま、レーヴェンはゆらりと立ち上がる。背中越しに見えるその表情は複雑な思いからか、影を落としたように暗く歪んでいた。クィディーは仕方なさそうに溜め息を吐く。


「調子は手伝ってやるが、気合いは手前で何とかしやがれ」

「っ……ああ、助かる」


 一発、クィディーは力任せにレーヴェンの背中を叩いた。聞いているだけでも痛そうな音が響き、レーヴェンは勢いに一歩前へと体勢を崩すが、踏み止まる。上げられた顔にはもう、どこか遠くを見据えたような、強い意志の秘められた瞳だけがあった。





「不安……?」


 会話らしい会話もなく歩いてきた中、静かなウェイニーの問いかけに、イユリはその顔を見上げた。このときウェイニーはちらりと一度だけイユリを見遣っての言葉だったため、二人の目は合うことはなかった。ただ前を見ながらの、互いを見ない会話。


「ちょっとだけ……」

「やっぱり、次にシユの目が覚めた時は……どこかに行っちゃうんじゃないかって思ってる?」

「はい……ウェイニーさんも同じ、だったんですか?」


 俯きながら答えていたイユリは再びウェイニーを見上げて首を傾げる。やはり、顔を見ながら話しておきたいと。

 ウェイニーは横目でそれを確認し、何となくといった様子で袋を抱き込む。


「そうね、そうだった。でも、もうどこにも行かせない」


 行かせたくない。

 ウェイニーは抱き込んだ袋に顔を埋めて、涙を堪えるように目を細める。その様子に目を見張ったイユリは正面を向き直った。


「私、すごく勝手なんですけど……シユちゃんのことちょっとお姉ちゃんみたいだなって思ってたんです」

「それ、直接言ってやりなさいよ。きっと喜ぶと思うわ」

「い、言えないですよ……!」


 困ったように俯いて切なそうに語るイユリに対し、先程までの表情はどこへ行ったのやら、ウェイニーは悪戯っぽく笑いながら指を差す。余りのことに面食らったイユリは顔を赤くしながら一歩、ウェイニーから距離をとり、それこそ取れそうな勢いで首を振る。


「大丈夫よ、きっと大丈夫……」

「……」

「あの子はあたしたちのところに戻ってきてくれるし、貴女のところからも離れたりしない」


 どこか安心したように目を閉じて微笑んだウェイニーは、表情の変化についていけていないイユリに対し、安心させるような目を向ける。これにはイユリも泣きそうに眉を下げた。


「ちょっと過ごしただけでも分かったでしょ? あの子はそんな薄情な子じゃないって」

「はい」

「選ぶようなことはしないはずよ、だから、信じて待たなきゃね!」


 自分の荷物ではないことを忘れたのか、見えてきた夜野邸を挑戦的に見据えたウェイニーは、袋を持った手を思いきり下げる。言葉が足りないことは重々承知の上、それでも負けずに黙らせてやろうと。







 元より全てのものが揃っていた屋敷。その中でもクィディーが選んだ広めの部屋、大きめのベッド。今はそこにシユを寝かせていた。傍らには疲れたようにも、神妙な面持ちで俯き、ひたすらに待機するだけのレーヴェンが。


「……」


 一体何度溜め息を吐いたことか。待てども、待てども、時間がひとつも経過していないような感覚に襲われる。だが、シユが目覚める時間など予測することすらできない、ただ待つことしか。その時のために、万全で対応できなければならない。

 また一つ、溜め息が響いた。

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