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 注がれた紅茶から立ち上る湯気、それぞれ皿に置かれたケーキ。シユとウェイニーの皿には既に半分ずつ切り分けられたものが乗っている。やっと席に落ち着くが、イユリだけは畏まっている様子だ。シユたちの買い物袋は、座っているソファーの後ろに背中合わせ状態で置かれているソファーの上に放り投げられている。


「ったく、お前が悩みすぎてた理由が知りたいもんだな」

「仕方ないでしょ! だってあんなにたくさん……」


 来客の準備も落ち着いたクィディーが脚を組みながら紅茶の入ったカップを手に取る。

 彼を待たせてはいけないという思いが働いたのか、もしくは直感で決まったのか。イユリはものの数秒で決定打を下したため、クィディーは待たされた時間に関してウェイニーをいじり倒していた。イユリも実際、シユと二人だけで決めようとしていたのなら相応の時間がかかったかもしれないとは言うが、この四人の妙な間柄の言い合いは止まらなかった。


「分かります! 私も本当に悩んじゃうんですよ」

「ほらね! ……にしても信じられる? 今日は一段と意地悪が多いのよ」

「お前も今日は我が儘が爆発してるな」


 三人掛けのソファーにウェイニー、イユリ、シユと座り、もう仲良くなっている様子の二人に、シユは頬を緩めた。やっぱり気が合うと。ウェイニーからクィディーへの不満を耳打ちしているところを見るに、親しい姉妹のようにも見えてくる。

 そんな丸聞こえな不満の中、クィディーはやはり冷静に紅茶を楽しむだけであった。


「……」

「シユ、どうかした?」


 ティーカップを持ったまま何もしないシユを不思議に思ったのか、ウェイニーが覗きこんで声をかけてくる。彼女が気にしていたのは一つだけ空いていソファーだった。いつも彼が、レーヴェンが座っていた場所。


「いえ、レーヴェンはどうしたのかと……」

「あぁー……造ったペンダントの効きが悪いってちょっと調子崩してる、って言えばいいのかしら」

「……本当にお邪魔してしまって大丈夫だったんですか?」


 平気平気、と心配に焦るシユに片手を軽く振りつつ、ウェイニーは大きめに切ったケーキを口に放り込んだ。


「だって病的なものじゃないもの」

「そ、うですか……?」

「ええ、反動にやられてるだけよ。だから大丈夫」


 食べながら平然と説明を始めるあたり、本当に心配はいらないと言われているような気がしてくる。ここのところ、彼の調子が良いことをシユは分かっていたため、その理由を知ったことで納得したようなしないような、複雑な気分になる。


「あの、レーヴェンさんは、兄たちと同じ人じゃないもの、なんですよね?」

「ん? ああ……そうねぇ……」

「今更悩むんじゃねぇよ」


 それはイユリ自身、気がかりなことなのかもしれなかった。家族でも彼らという一塊の人種を知っているからこそ、ある程度の目的は分かっていてもその確認をと。一種の怯えの色も見える目だが、イユリは真剣に構える。

 一方で、ウェイニーはカップを両手で持ったまま斜め上の方を見つめた。溜め息のようにクィディーも呟くが、答えを探しあぐねているようだ。


「貴女はきっと……しっかりとした答えじゃないと納得してくれないわよね……」

「……」

「──まあ、そうだな」


 今回は流石に無さそうではあるが、ウェイニーが突拍子もないことを言う前にと、クィディーがカップを置き姿勢をあらためる。


「今はお前の兄たちと同じでも、根本はこの世の外のものだ。そう思ってくれりゃあいい」

「それじゃあ……」

「そちらさんの詳しい事情なんかは知らねぇが、危ない者ではねぇよ」


 ただこっちも多少被害者ではあるがな。

 クィディーはそう付け足すと邪気なく笑ってみせる。彼女の中ではずっと答えが出ないままだったのか、イユリはここでほっと一息吐いて安心したように表情を綻ばせた。今の今まで何も起こらなかったにも関わらずだが、それでも十分だったのだろう。


「やっとまともな答え方をしてみたが、お前は何となく分かってただろ? シユ」

「本当に何となくではありましたが……」


 再度カップを取って肩眉を吊り上げたクィディーに対し、シユは頷いた。イユリの不安が解消されたのと同時に、シユもまた確たる答えをもらえたような気がしていたからだ。


「……あれ、もしかして気になる?」

「は、はい! ちょっとじっくり見てみたくて……」


 重要で真剣な空気が薄れたからか、手元を凝視されていたウェイニーが気づき声をかければ、弾けるような明るい声が返ってくる。分かりきっていることでもあるが、イユリが落ち着きをなくしていたのはウェイニーの綺麗なネイルを気にしていたからだった。なかなか話しだせないでいたのだろう。


「じゃあどうぞ」

「ふわぁ……」


 前にシユにしたのと同様、今回はカップを持っていたため、ウェイニーはカップをちゃんと置いてから指先をイユリに向けて差し出した。恐る恐るその手を取りながら感嘆の声を上げたイユリの瞳はこれでもかという程輝いている。


「ウェイニーさんがやったんですか?」

「ううん、あたしは壊滅的に不器用だからやってもらったのよ」

「そうなんですか?」

「ええ、でもデザイン決めたのはあたしだけどね!」


 首を傾げたイユリに預けた手はそのままに、ウェイニーは得意気な顔をする。シユが思うよりも早く打ち解け仲良くなっていく二人に、彼女は良かったと微笑ましく見守った。


「私なかなかできないんですよね……一度くらいやってみたいんですけど」


 きっかけのようなものを思い返しているのか、拗ねたような顔でウェイニーの手を名残惜しく離したイユリ。ウェイニーは不思議そうに目を丸くしながら首を傾げた。そしてとんでもないことを。


「そんなの、ちょっと反抗的にやっちゃえばいいのよ」

「人様の子に何てこと教えてんだ、馬鹿」


 すかさずクィディーの叱責が飛ぶ。ウェイニーは至って普通に、何を気にしたわけでもなく言ってのけたために質が悪い。思わぬ返答にイユリも呆気にとられてしまうくらいには。

 そんな間の抜けた空気の中、ドアが開けられた。突然の物音に全員の目が向けられるが、入ってくる人物など一人しかいない。


「あら、レーヴェン、もう大丈夫なの?」

「来てたのか……」


 心なしか、安心感が含まれた驚きの声を上げたウェイニー。聞こえてはいたはずだが、レーヴェンはそれに返事をすることなく脱力したような表情で足を止めた。普段の彼なら来客には気づいたものだろう、顔色もあまり良くないため、不調なのは見て分かる。


「ごめんなさい、お邪魔しています」

「いや、ゆっくりして行ってくれ」


 彼の身体も含め、自分たちがここにいることが彼の負担にならないものかと、シユは帰った方がいいのではないかと思いながら声をかける。

 一瞬、不機嫌そうにも辛そうに歪んだレーヴェンの顔。悟られないようにと、彼はすぐに部屋を出て行こうと背を向けて片手を上げ、合図のような仕草をする。気にしなくていいと言っているような。

 その上着の裾から、綺麗に折りたたまれた紙が滑り落ちる。


「レーヴェン、何か落として──」

「──っ!?」


 すと、と。折られた分頑丈になっていた部分と床が垂直に触れ、確かな音が鳴る。そのまま静かに床を滑ったそれに、届くはずはないが手を伸ばしたシユは、大きく脈打った心臓に手を止めた。指先にまで震えが到達するような。

 酷く、胸だけじゃなく全身が騒ぐような。


「っ、う……」

「シユちゃん!?」


 ぶつけられたような衝撃、痛みが彼女を襲う。今まで抑え込まれてきたものが全て返ってきたような、酷い頭痛。シユは頭を押さえて膝につくくらいまで体を折る。

 突然のことに動けなくなったのはレーヴェンだけではなかった。ウェイニーはもちろんのこと、クィディーでさえすぐに判断することができなかった。


「ど、どうしたの、大丈夫!?」


 狼狽えるイユリもどこかで、もしかしたら、という思いの中シユに呼びかけ続ける。しかし、苦しそうに蹲る姿は変わらない。


「ご、めんな、さ、い──」

「……!」


 一度落ち着いたらしく、辛そうに顔を上げたシユの目には今にも零れ落ちそうな程、涙が溜められていた。そうして一言、レーヴェンに向けたものなのだろう、うわごとのように呟いた彼女は糸が切れたように倒れ込む。

 レーヴェンはすぐに駆け寄りその体を受け止めた。しっかりとした重みが彼の中にあるいくつもの記憶を呼び覚ます。


「シユ……」


 身体の不調など、吹き飛んだかのようだ。今はただ、どうしようもない緊張だけが。

 シユの頬を流れ落ちた涙。ただ眠っているだけのように見えるが、きっと深く昏睡しているはずだ。レーヴェンは繋ぎ止めるように一度だけ、しっかりとシユの頭を抱きしめた。

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