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それなりの数の袋を持ち、ショッピングモールの中を歩き回る。シユの隣を歩くのは、彼女よりも持っている袋が多いイユリ。それでも表情は生き生きとし、重さを感じさせない足取りで進んで行く。様々な人が行き交うところは変わらないと、ただ屋内になっただけだと、シユはすれ違う人たちを目で追った。店が連なる場所の賑わいには頬が緩む。
今回の休日は、念のためや少しだけ落ち着きたいというシユの願いから、レーヴェンたちと会うのは“お休み”ということになっている。そのため、遅くはあるがシユの調子が戻ったか身体を慣らすために、シルフェイミからのお使いを任されていた。ついでに好きなように過ごしてきてもいいと、任された目的がおまけになりつつある現在。そうでもしないとシユは遠慮するだろうという、シルフェイミの気遣いもあってだが。
「うん、お母さんのお願いも聞いたし、シユちゃんは何もなくていいの?」
「そうですね……」
「何かあれば遠慮なく!」
ほらほら、と促すように、イユリは両手いっぱいの袋を持ち上げてシユの答えを待っている。何もないのがまた、彼女の頭を悩ませた。眺めながら気に留まることはあるものの、欲しいとまではならない。無意識に遠慮でもしてしまっているのか、思えば昔からそうだったと言える。
「……ありません、イユリこそもう何もないですか?」
「私はもう大丈夫だよ、ていうか本当にないの?」
「はい」
完全に疑いをかけてくる目で見上げられたシユは、本当のことでも仕方なく頷くしかなかった。笑った顔は取り繕われたものでも、本心は嘘ではない。
それはイユリでも分かったのか、納得いかない顔ながら腕を下ろした。
「なら仕方ないかぁ……」
「どうしますか?」
「帰る、と言いたいけど、ちょっとお茶しよう!」
がさり、と袋の音を立てながら、イユリは前方のどこかを指差す。そして、また元気よく歩き出した背中を追いかけながら、シユは連なる店を見渡した。
「とにかくお菓子が美味しくてね~」
「ふふ、楽しみですね」
待ちきれない、といった様子でスキップでもしそうなイユリの満面の笑み。歩き疲れた足に甘いお菓子が待っているともなれば、かなり魅力的なものに聞こえる。シユはつられた笑みと期待の笑みを見せながら、一角に様々なケーキや焼き菓子が陳列されているショーケースを見つけた。品数は結構なもので、どれにするか選ぶには相当迷ってしまいそうになるほどだ。
「あ、そこのお店──……」
「──だから今決めてるってば……!」
「何回目だ……ったく……」
楽しそうな声を上げながら指を差したイユリの動きが、ゆっくりと止まり、さらには固まる。それはシユも同様だった。足が止まる。そして、ことごとく会うのだな、と思わずにはいられなかった。
ショーケースの前には大分待ちくたびれたのか、気怠そうに立つクィディーと、その腕を掴んで離そうとしないウェイニーの姿があった。察せられるところ、ウェイニーが食べたいものを決められずに迷うことそれなりの時間、といったところか。クィディーの表情から想像は容易い。
「早く決めろ、そうじゃないと買わねぇぞ」
「だーめに決まってんでしょ! ……二つはだめ?」
「太るぞ」
「失礼ね! そのくらいの維持くらいできるわよ!」
そんなやり取りを後ろから眺めつつ、シユもイユリも呆気に取られて立ち尽くしたままだった。シユは断っておいて偶然とはいえ会うことによる後ろめたさか、変わってイユリは少しでも話せる機会が訪れたことによる歓喜か。
「シ、シユちゃん……もしかして……!」
「──ん? ああ、シユじゃねぇか」
「こんにちは、クィディー」
イユリの声に気が付いたのか、クィディーが首だけで振り返り空いている方の手を上げる。シユが軽い会釈をするのと、勢いよく振り返ったウェイニーが目を丸くしたのはほぼ同じで、彼女は目を瞬かせて状況を把握するのにしばし時間をかけた。そして、ぱっと笑顔になる。
「シユじゃない! まだ具合悪いのかって心配してたけどそうじゃなかったのね! 良かった……」
「何だかごめんなさい、断っておいて……」
「いいのよそんな! ゆっくりするのも大事だわ」
今はもう必要はなさそうだが、完全にこちら側を向いたウェイニーは、同じように動いたクィディーの腕を再度掴んだ。絶対に逃がさないとでもいうように。クィディーはその行動に関しては諦めたのか、振り払おうとはしなかった。
「お前の相手が疲れるからだろ」
「何よ、意地悪」
いつもの冗談なのだろうが、分かっていてもウェイニーは食ってかかり、抱え込んでいたクィディーの腕を一発叩いた。それなりに痛そうな音はしたが、彼はどこ吹く風といった表情のままだ。ある程度の予測はできていたらしく、軽く受け流している。
「あの、別にそういうわけでは──」
「いいからそういうことにしておけ」
いたたまれなくなったシユは一歩踏み出して一言付け足そうとするが、クィディーに額のあたりを掴まれて止められる。
仕方なくまた一歩引いたところで、彼の手に覆われて見えなかった向こう側、ウェイニーが目に見えて怒っているのが分かった。
「分かったわよ、じゃあこれとこれね!」
「当てつけか」
「違うわよ、一緒に食べようかなーって、家で」
加えて拗ねたようにショーケースを向いたウェイニーは、先程まで迷っていたらしい二つのケーキを乱暴に指差す。どんな抵抗の仕方だと、クィディーは頭を押さえながらやれやれと首を振った。
さらに続けられたウェイニーの言葉には、理解できるようなできないような全員の顔が向けられる。
「お前、シユの言ったこと聞いてたか?」
「聞いてたわよ! 疲れさせなければいいんでしょ? お茶だけならいいじゃない」
「そういうことじゃなくてな……」
イユリは呆然としていても仕方ないかもしれないが、シユも話についていけずにただ眺めているしかなかった。
完全に呆れているクィディーと、我が道を行くだけのウェイニー。彼女は押し通す気でいるのだろう、シユはその目が向けられたことに、思わず肩で反応してしまった。
「やっぱり今日はだめかしら?」
「あんまり困らせるんじゃねぇよ……」
「使いを頼まれているので、あまり遅くならなければ……」
既に断れない状況に置かれてしまってはいるが、シユは一応イユリに確認の視線を送る。しかし、その心配はいらないと言うべきか、イユリは必死に何度も頷いてくる。
押され気味にもシユが分かったと両者に頷けば、ウェイニーは満面の笑みと拳を握った。余程嬉しいのか、見ているだけでもそれが伝わってくる。
「でね、あたしどうしても二つ食べたいから半分してくれない?」
「構いませんが……」
元より、本当にお茶だけで済まそうかとも考えていたシユは、お願いの仕草をしてくるウェイニーに素直に応じた。遠目にショーケースを見ているだけでも悩んでしまいそうになるため、その申し出はそれなりに有難いものでもある。
ありがとう、と、もう決まったはずであるのに、ウェイニーはショーケースを向いて一つ一つを確かめるように眺め始めた。シユはなるべく目の前にある他の選択肢というお菓子を見ないようにし、隣に並んだイユリが何か言いたげだったことに聞く意を示す。
「ごめんねシユちゃん、私行ってみたくて」
「大丈夫ですよ」
「おっと、こっちにも我が儘がいたか」
きっと、イユリは自分の都合でシユを振り回すことに胸が痛んでいるのだろう。元はシユが約束をするはずでもあったためだ。シユはイユリがあまり負い目を感じないようにと笑いかける。
そして、その場にいれば聞こえてしまうのは当然で、いつもの調子でクィディーはからかうように歪んだ笑みを見せた。随分と悪い顔ではあるが、悪意はないとイユリは分かったような気がしていたため、俯いて頬を赤くした。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、いいさ、お前も好きなもの選べ」
変わって言葉遣いは荒いが、声音は柔らかく、クィディーはイユリを顎で促した。それなりに予想外のことだったのか、イユリは目を丸くして顔を上げる。
「え、でも……」
「客に出すものなんだ、こっちで持つのが普通だろ?」
申し訳なさそうに眉を下げたイユリの顔を見たクィディーは、言いくるめるつもりではなかったが、反論しづらい状況を作りだしてみせる。そんなことを言われては、逆に断るのが失礼になるというもの。イユリは若干焦りながら礼を言うと、考えこむようにショーケースを見つめ始めた。




