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 大事をとってもう一日まで休んだシユは学校へと来ていた。絶対に無理はしないという約束つきで、だが。四日空いただけでも随分久しぶりに感じるといつもの中庭、緑に埋もれるように休んでいた。


「やっぱりタイミング悪かったよねぇ……」

「ウェイニーのことですか?」

「そう! ちょっと話してみるには状況がって感じだったもんね」


 今日は一緒に、というイユリも隣で休んでいる。

 話はすれ違ったウェイニーのことであった。一度話してみたいという気持ちが、あの一瞬の名残惜しさを生んでいるのだろう。

 そこでイユリは弾かれたように顔を上げた。


「私もよく思われてないとか……?」

「それは、ないと思いますが」


 突然の挙動に首を傾げながらイユリを見ていたシユは、向けられた不安の塊でしかない表情に笑いながら答えてしまう。言葉通り、そんなことは微塵も思われていないことを知っていながら。

 その念を向けられる人物がいるのなら、それは。


「ただ、カイルのことは本当によく思ってはいないと思います。カイルも同じでしょうけど」

「ぶつかってる感じするもんね」

「彼はきっと、何事もなくこのままでいいと……」


 しかし、そんなことは一度関わってしまえば止められないもの。シユの為であり、イユリの為であり、彼らの為でもある。最後に自分の為でもあると。


「何か、皆の為であって皆の為じゃない気がする」

「……」

「どうにも動かないなんてできるわけないのに……」


 その言葉、言い回しか。また違う角度から見ているような。シユは新しい考えに目を見張るも、その言葉に引っかかりを覚え、頭に手を遣った。本当に最近、どこかで聞いたような、と。


「あれ、私変なこと言っちゃったかな……?」

「いえ、似たような言い回しをどこかで聞いたような気がしたものですから……」


 そんなシユの仕草、表情に気が付いたイユリはむくれた顔から半ば驚いたように首を傾げる。どこで聞いたものか、はっきりとしないもどかしさに、シユは考えるのをやめた。隣ではイユリが同じように考え込んでいたようだが、結局やめたように見える。次の時間が迫っているからか。

 どちらともなく午後のためにと気合いを入れ、言葉を交わした二人はそれぞれ戻って行った。






 放課後、屋上へと続くドアの前、階段側の手すりに寄りかかる。指輪の石は光り、困った相手へと繋がり会話を可能とさせていた。

 どれだけしっかりと時間を確認したのか、自由になったその瞬間という絶妙なタイミングで話をしようとしてきたのは。帰るまで待てないのか、と呆れながらレーヴェンは応答する。


「……どうした」

「シユはどう? 元気そう?」

「……陰が落ちてる感じはあったような気がするな」


 何それ、と刺々しい声が帰ってくる。思いきり眉間に皺のある酷い顔をしている様が思い浮かぶようで、レーヴェンは笑いを噛み殺す。

 そして、そんな納得のいかない声を出されても、シユの雰囲気や見て感じたものがその言葉で表すのが相応しいと思えたのだから仕方ない。ただ、元気そうかと言われれば元気そうではある。しかし、ウェイニーが聞いているのはそういうことではないというのは分かりきっている。


「何か、心配だわ……よく分からないけど、そう思う」

「俺も同じようなものだな……」

「……あんたが言うと洒落にならないわね」


 根拠などどこにもない。だが妙な感覚が付きまとうような。

 レーヴェンだけは経験したことのある感覚だった。どうにも背筋に悪寒が走るような。間接的にもそれを知っているウェイニーからしたら、本当に嫌な知らせでしかない。いつもより声が低くなるのはどうしようもないことか。


「そういえば、可能性があるかもしれないって言ってたのって何?」

「今聞くか……」

「いいじゃない、ちょっとくらい」


 できれば、そういう話こそしたくないというもの。どうせもう帰るだけなのだから、家でゆっくりとすればいい。そうは思うも、ウェイニーは言っても聞かないと、今は当たり障りなくかわしておけばいいと。レーヴェンは溜め息を吐く。


「きっかけそのものからと思ったんだ」

「きっかけ……」

「俺がそれを持ってる」

「聞いてないわ、そんなこと!」


 今初めて言ったからな、とレーヴェンは左手を離しながらまた溜め息を吐いた。怒鳴った声の奥、テーブルでも叩いたのだろう音と小さく謝る声。クィディーもその場にいるということか、この話を聞いているとも思っていないが。


「どれよ?」

「シユが遺して行ったものだ」

「何個かあるの?」

「そう多くもないぞ」


 唸る声が聞こえてくる。それが分かったところでウェイニーはどうすることもできないし、しないだろうが。一応耳に入れておきたいということなのだろう。まさか、探そうなどと考えてはいない、とは思いたい。


「クィディーの本でも砂時計でもないでしょ……?」

「あれは俺が造った物だ……」

「まさか、たまに見てるあの紙……?」


 思わず、無言になった。見当違いなところを迷っていた最中、早くも正解が出てしまったから。そしてその無言は肯定ともとれてしまうことから、向こう側での物音が聞こえてくる。


「手紙!? 手紙なの!?」

「……まあ、そうだな」

「何て?」

「……あれは──」




 放課後にでもなれば、誰もが自由に行動しだす。シユもまたその一人であり、今日はすぐに帰る約束をしていたため、素直に教室を出た。

 階段を下りようと近づいた先、屋上へと続くドアの前に見慣れた後ろ姿を認めたシユは、少しくらいの挨拶ならばいいかと階段を上り始める。ウェイニーを通してその話は聞いているだろうが、一応彼にも礼を言っておきたいと。

 近づくにつれ、話し声に気づいたシユは足を止めようとしたが、聞こえてきた言葉に聞く耳を立ててしまった。


「──あれは、シユが最後に全てを綴って遺したものだ」


 動けなくなった。苦しいくらいに脈打った心臓、上手く動かずに震える手。最後に、遺したもの。それが何かは分からないが、とても恐ろしいものに聞こえた。

 ようやく動かせた足は、階段を一段、下りるだけ。へりを踏んだ、小さな音を立てて。


「っ、シユ……!?」

「ご、ごめんなさい、聞くつもりはなかったんです……」


 そんなの言い訳だ。シユは振り返り、目を見開いたレーヴェンを見上げて首を振った。彼の目の奥、怯えの色が見えた気がして、罪悪感が増す。

 きっと、聞いてはいけないことであり、聞かれてはいけないものだったのだろう。二人の表情は気まずいままだ。


「いや、俺もこんなところで話してたのが悪かった」

「私は、その、改めてお礼をしたいと……」


 動揺を取り繕うような話だが、レーヴェンはシユの言ったことに、不思議そうな顔をする。考えるまでもなく訳は浮かんだが、シユは頷いた。


「ウェイニーに魔力をいただいたおかげで随分助かりましたので」

「そうか、良かった……あいつも喜ぶだろうな」

「はい、それを伝えておきたくて。ウェイニーにもよろしくお願いします」


 そうして下げた頭を上げ、困ったように眉を下げて笑ったシユ。去って行く彼女を目で追いながら、レーヴェンの胸の内は誰よりも騒いでいた。

 まるで再現だ。嫌な予感、感覚を伴った鼓動が止まらない。あの時は近いうちにそれが起こった。今回もそのようなことがないと言いいきれるのだろうか。手の届かなくなる、あんな思いはごめんだと、レーヴェンは気を強く持ち直した。

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