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「遅い!」


 ダイニングに入るや否や怒りの声が飛んでくる。料理が盛られているにも関わらず皿を乱暴に置く音も。


「こらこらクレイ、せっかく作ったんだからダメにしないでよ?」

「ああ、ごめんなさい母さん」


 奥のキッチンから出てきた女性が器用に運んできた皿をテーブルに並べながら怒るクレイをたしなめる。

 淡い桃色にも見える白い髪の女性は彼らの母親のシルフェイミ。今はたっぷりとした三つ編みにされている髪はほどくと不規則なウェーブがかかる。穏やかで包容力のある女性だ。

こうして母を手伝うクレイは、青みがかった黒い髪を少々長めに伸ばしているからか、見た目だけからは真面目な性分だとは受け取れない。


「珍しく遅かったな」

「アシュウに起こされるまで寝ていたので……見ていた夢が長かったような気もしますが」

「……そうか」


 席に着きだした面々とともにシユも座り、向いから声をかけてきたのはカイルだった。鮮やかな金の髪、今朝も普通に早かったのだろう、深く青い瞳を伏せながら紅茶を飲む姿は様になっている。


「さて、ミスカラルドはやっぱり部屋にこもってるのかしら?」

「どうせいつもの“見張り”だろ」

「そうね、面倒だから一緒にしてほしいんだけど……あなたたち、先に食べていなさい」


 シルフェイミは呆れながら怒っていたが、再びキッチンへと戻っていく。いつもながら、二人分の食事を持って部屋に押し掛けるのだろう。

 ミスカラルドとは彼らの父親。部屋にこもりなかなか出てこないという。聞く話では数多ある世界を独自の術で見渡しては調和を図っているのだとか。およそ常人には理解し得ない話だ。


「……聞いてよ、アシュウ兄さんまたシユちゃんのことたべたんだよ?」


 シルフェイミの背中がキッチンの奥に消えたのを目で追った後、イユリは不満もあらわに呟く。


「朝飯まで待てって話だよ、本当」

「お前が容赦しねぇのが悪いんだろ!?」


 誰よりも早く朝食に手をつけたラシュウは最初の一口を含みながら嫌味を。アシュウは朝の喧嘩を根に持っているのか、テーブルを叩く。


「お前らはまず喧嘩を控えめにしろ」


 まずこれは兄弟たちの、夜野家の日常だった。食事時でさえ主に双子のだが、喧嘩が絶えなかったり、兄たちがそれをたしなめなければならなかったり。それは決まってシユに被害が及んでからイユリの報告で始まる。これも体質だの何だのと、シユも諦めてはいたがイユリも性格からか“このこと”においては過保護になる。


 何分、この家族は構成が特殊だ。両親、兄弟共に、言うなれば“人ではないもの”になる。日々魔力を摂取して生きる者たち。方法は様々であるが、主に自然から摂取したり、量に差はあれど人の体内に流れているものをもらったりしているという。

 吸血鬼なるものと混同されてしまうことが多々あるらしいが、“あんなのと一緒にするな、あれほど酷くはない”というのが彼らの思っているところらしい。

 さらに兄弟に言わせれば、魔力の質はイユリはとても味が良く、シユは濃密なため糧にするにはもってこい、とのこと。それを知ってか、イユリはますますシユに被害が及ぶことが我慢ならないらしい。ただの喧嘩のためだけに。

 その喧嘩こそ、彼らが持っている魔力を盛大に使うという、とんでもない喧嘩。そうして、無駄に消費し、疲れた分を手っ取り早くシユで“補給”するなどと。最悪にして迷惑にも程がある。


「シユちゃんに痛い思いさせるなら兄さんたちのこと嫌いになります!」

「う……」

「……」


 そして末であり妹のイユリ。彼女は普通の人間である。捨てられていたところをミスカラルドに拾われ、今に至る。幼少の頃こそ、人間にしては体内に流れている魔力の量が多めという体質的な問題で兄弟たちにいじめられていたが、今では兄弟総じてイユリに甘い。


 これが夜野一家。ただ一人、シユを除いては。






 保護されている、という点においてはシユはイユリと似通っているところがあるのかもしれない。彼らはシユを家族同然に受け入れてくれたがシユはそうともいかず、ただ世話になっている、居候なだけ、という思いが拭えないでいた。

 ミスカラルドが見渡し、調和を図ったどこかの住人。何故ここまですることになってしまったのか、何があったのか、シユはまるで覚えていなかった。記憶の欠落、喪失、はたまた代償か。

 なんてありきたりな話。けれどそれがシユの現実だった。


「……シユちゃん大丈夫? やっぱり具合悪くなっちゃった?」

「大丈夫ですよ、今は落ち着いています」

「お前の場合、魔力を抜かれるのは調子を狂わされるものと同じだろうしな……無理はするなよ」

「分かっていますよ」


 カイルの言う通り、シユの場合は“補給”と称され体内から強制的に魔力を抜かれると、全身に痛みを伴い巡りを乱される。その影響で体調も悪くなる。ここに来て初めての症状でもあったため、シユがこの行為を嫌いになる理由としては十分だった。


「言ってくだされば必要分お渡しできるのですが……」

「あれだけ消費すると疲れるんだよ……待ってられねぇ」

「シユを気遣えないのか、全く」


 やれやれと首を振るクレイ。

 一応、夜野家で出される料理には特殊な食材が使われている。特殊、とは言ってもこの夜野邸で育てられた食材だが、生きる糧である魔力が含まれている。

 邸宅を建てる際ミスカラルドが住みやすい土地を探した結果、魔力の流れが集まるこの土地が見つかったということだった。自然から摂取するというものを体現している。


「私にもこの食事は有難いものですから、平気ですよ」

「本人が言うなら文句は言えないけど……」

「……ただもう少し回数は減らしてもらえると助かります」


 困ったように笑ってしまったことがシユは自分で分かった。

 ぐ、と喉を詰まらせたようなアシュウを鼻で笑ったラシュウ。それ見たことか、と言わんばかりにアシュウを見る兄妹たち。アシュウは紅茶を流し込んで一息吐くと席を立った。


「ぜ、善処ってやつはしてやるよ……」

「お前にできるのかよ」

「うるせぇ」


 さらに追い打ちをかけたラシュウ。制服にも関わらず、袖で豪快に口を拭ったアシュウはダイニングを出て行った。

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