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「別に狙って来たわけじゃないのよ、本当に。本当よ?」
「分かっていますよ、ウェイニーだって驚いていたんですよね?」
「ええ、でも良かったわ……」
ちょっとでも手助けできたんだから。
止まらない質問と他愛のないお喋りが終わった、玄関先。度々出していたことをまたも持ち出してきたウェイニー。シユが笑って聞いていたことから信じてもらえていないと思っているのだろう、最後の一押しをしたようだ。もちろん、シユは本当に偶然なのを分かっている。
「うん、顔色も随分良くなったし、安心ね」
「ウェイニーのおかげですね」
「シユが元気じゃなくちゃ、毎日様子見られないのがねぇ……」
残念であり、不貞腐れてもいるようなウェイニーの表情。腕を組んで大いに悩んでいるような様子。とてももどかしそうな。
「ま、ゆっくり休みなさいね! それじゃ」
「はい、お気を付けて」
「──あ!」
手を振りながら帰ろうと後ろを向いたウェイニーの先、帰ってきたらしいイユリが思いきり指を差していた。一体どちらに対してなのか、完全に状況を飲み込めていないように見える。その後ろには兄弟たちの姿もあった。
足止めを食らったように動きを止めたウェイニーもすぐに笑顔を見せると、イユリに小さく手を振りながら横を通り過ぎて行く。兄弟たちを過ぎるときも同様、臆することなく敷地の外まで歩いて行った。
そしてシユに向かい最後に大きく手を振る。
「……」
去って行くウェイニーの横顔、振り返した手を下ろしながら、シユは一瞬でもあった視線のやり取りに胸を痛めた。
通り過ぎるウェイニーを見定めるように目で追ったカイルを。シユからは後ろ姿しか見ることはできなかったが、おそらく彼女も同じ目を返したことだろう。
「そういやお前、最近あの白髪の奴とよくいるよな」
帰宅直後、案の定イユリの心配から始まる怒りも含まれた確認事項は気が済むまで続いた。それにはシルフェイミが間に入ることで落ち着き、イユリも渋々納得したようだ。
何より、シユの顔色が格段に良くなり調子も良く見えることが一番効いたらしい。ウェイニーのことを挟みつつ理由を説明すれば驚きを隠せないでいたが、そこらへんの事情は理解が早くてシユ自身も助かった。
そして今は、それが落ち着いた夕食の時間。シユはたった今、思い出したかのようなアシュウにフォークで差されているところだった。言い表し方は未だに変わっていないらしい。
「強そうだしどこの奴かと思ってさ、お前分かるか?」
「彼は──」
「そもそもあれはこっちの世の者じゃない」
「あ?」
シユが返答に詰まったと同時、カイルが答えを被せてきた。ほんの一瞬、手が止まった。彼はやはり何か、一端を知っていたと。
最初にこのような話を持ち掛けてから、シユだけが彼らのことを知っていったのだ。誰にも話してはいない。であれば、カイルはどこかで聞き及んだのだろうか。
そんなシユを他所に話は進められる。
「こっちの世の者じゃないって、同類だろ? 馬鹿じゃねぇの」
「……そういうことじゃない」
深く話を考えようとしないアシュウに、カイルは溜め息混じりに声を低くした。完全にカイルの話を聞こうとしているアシュウをいいことに、シユはそれに耳を傾ける。
「あれは人間だ」
「はあ?」
「やっぱりカイル兄さん知ってるんじゃない」
「……」
わけがわからない、アシュウはそんな感情を隠すことなどせずに、思いきり顔に出す。イユリも拗ねたようにではあるが不満をあらわに顔を歪めた。
その顔を見遣るも、カイルは事実を述べるための無表情を崩さない。
「シユと同じ感じなのか、それじゃあ」
「でも俺たちみたいなのはいないって言ってただろ?」
「どうなんだよ、シユ」
クレイの切り出しからして、話が振られるのを感じたシユは思っていること、予測でもできていることを挙げてみようとした。話を振られなかったから言わなかっただけであった報告も兼ねて。
「彼らは濁していましたが、元はきっと同じだと思います」
「それじゃああれは……」
「おそらく私と同じ、影響を受けたのか……あるいは代償ではないかと……」
記憶の夢から確かな証拠として頭に残る光景たち。深い関係を邪魔するようなかたちで纏わりつく何か。そんなことができる存在がいるとするなら、それは。その存在は確かに分かっているはずだが、考えを巡らせようとすれば頭にもやがかかったように思考がはっきりしなくなる。
シユは完全に手を止めた。
「何か、大変そうだな……お前……」
「そうでもないですよ」
気を遣ったわけでもなく、シユは心からそう思って笑顔を見せた。言葉ではそう言っていても、感情がついてきていないようなアシュウに可笑しくなってしまったのもあるが。
それに、必要もないのに起こすようなことでもないと思っていたから。
「一度やり合ってみたら面白いかもな」
「そんなことだろうと思った……」
最初の疑問からは大きく外れた最後の一言。シユと同じものだと聞いたからこそ、また自分たちとは違う力を扱うのを見てみたいと思ったのだろう。溜め息混じりに呟いたラシュウに、シユも仕方なさそうに笑うしかなかった。
「ねぇレーヴェン、機嫌悪いの?」
「……いや」
彼がソファーで寝転がっているという、滅多にすることのない姿に、ウェイニーは上から覗きこんで声をかける。目元を腕で覆っていること、口元が引き結ばれていることから、具合ではなく機嫌が悪いのだと察した。
「お前は機嫌良さそうだな」
「ふふん、シユと会ってきたからね!」
のそりと起き上がったレーヴェンは、いつも以上にすっきりとしている顔のウェイニーにそう返す。すると得意気に鼻を鳴らし、仁王立ちで背中を反らしてみせたウェイニー。
レーヴェンは怪訝に眉を顰めた。
「押しかけたのか?」
「偶然よ! 嘘じゃないからね?」
「ああ、いや、そうだな……」
思わず出たレーヴェンの言葉に、ウェイニーはソファーの背もたれを叩いて反論する。言ってしまってから気づいたのか、レーヴェンは髪をかき上げるように頭に手を遣った。今日シユがいなかったことは報告していなかったと。
ウェイニーはレーヴェンへと顔を近づけ首を傾げる。珍しく心配した顔で。
「ねぇ、本当に大丈夫?」
「……」
「今日のシユと関係あったりするのかしら……」
そんなウェイニーと目が合ったレーヴェンはあからさまにも目を逸らした。かなりの近距離だったため、目が合わない方がおかしいが。その近距離で小さく呟き、目を伏せ逸らしたウェイニーを盗み見たレーヴェン。互いに知らないところで、どんな収穫があったのか。
「シユはどうだったんだ」
「理由は分からないけど魔力を抜かれたって言ってたわ。大分具合悪そうだったし」
「……そのままになんかしてないだろうな?」
「当たり前よ! あたしの魔力渡してきたわ」
ならいい、とレーヴェンは目を閉じた。それの原因、元凶を考えるとするなら。きっとあいつしかいないと。レーヴェンは視線を落としながら左耳のピアスに触れた。
「自己満足、か……」
「あいつに何か言われたの?」
第三者いまでそう言われるのなら、本当にこの行為はそれでしかないのだろう。かつて向こうを発つ時、仲間にも似たようなことを言われたのを思い出す。それでも、彼の熱意に賛同した仲間たちの想いも託されて飛び出してきたあの地を。
「お前も分かってるだろ、全部自己満足でしかないって」
「ええそうね、でもあんただけじゃないわ。あたしだって便乗したのも、同じことだわ」
ウェイニーは回り込んでレーヴェンの隣に腰を下ろした。
まるで子供の喧嘩のようだと思える。彼女が行ったことを、自分たちも行った。ただその大きさが違うだけ。
ウェイニーはレーヴェンへと手を伸ばし、頬を思い切り叩くように挟み込んだ。当然、彼は呆気に取られて目を丸くする。
「しっかりしてよ? 今度こそあの子を救けるって啖呵切ったのはあんたなんだからね?」
「ああ」
「横から言われたくらいで何よ、大事なのはあの子でしょ?」
ひりひりと痛む頬、冷静に言い聞かせようとするも涙目になっていくウェイニーを目の前に、レーヴェンは自分自身にも可笑しくなり眉を歪めて笑ってしまう。
「何が悪いって言ったら、皆悪いわ。あの子を引きずり込んだり関わったあたしたちも、あたしたちを選んだ……あの子だって……」
「そうだな……」
離した手をソファーにつき俯いたウェイニーを見ていただけのレーヴェンももちろん、同じ考えを持っていた。何がどう転んでも、運命や命運という言葉だけで片付けられてしまうそれを。
しかし、ウェイニーは眉を吊り上げた顔を見せた。それはもう割と悪い顔で。
「でも負けてなんかいられないわ。あの野郎が全部分かってるとしても、目にもの見せてやろうじゃない」
「ああ、分かってる」
つられたか、レーヴェンも悪い顔で笑ってみせれば、ウェイニーはその頭に手刀を落とす。調子が戻って良し、と歯を見せて無邪気に笑う。
その会話を陰で聞いていたクィディーは満足そうに口元を引き上げた。




