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 治りはじめで無理をするのが一番危ない。

 シユは朝から散々言い聞かされて今はひとまずベッドの上にいた。湯気の立つマグカップを両手で包み、窓から外を眺める。歩き回るくらいはしてもいいのではないか、そう思えるくらいには回復していると感じる。

 まだ熱いくらいのホットミルクを啜り、溜め息を一つ。思えば時間の縛りもなく過ごすのは随分久しぶりかもしれない。ただ、完全に一人で過ごさなければならないのは初めてでもあるため、少々退屈になる時間は増えることだろう。環境も異なる。


「……」


 庭くらいなら歩いても問題ないと思いたい。それに、あの広く綺麗な場所をゆっくり見渡しながら歩いてみたいとも常々思っていたからだ。この状態で実行することはあまり褒められたものではないが。

 それでも午前の間は大人しくしておいた方が後々困らないと考え、シユはホットミルクの熱で手を温めながらも、冷めきらないうちに飲み干すことにした。




 家の中よりは冷えている空気。こうしてシユは着込んで暖かくしてから庭に出てきていた。まずは家の中を歩いた調子を見てからではあったが。

 いつまでも寝ているわけにもいかない、体も動かした方がいい、そんな最もらしい理由をつけてまで出てきたシユ。調子を悪くする前には戻ることがシルフェイミが許した条件だった。


 未だにまばらな芝生が目に入る度に笑みがこぼれる。多少入り組んだ生垣の間を歩き、たまにその中の一つの葉に手を伸ばしてみたりする。寒い時期のため彩り豊かな光景ではないが、逆にそれが落ち着けるのかもしれない。

 それとは別に菜園や温室などもあるため、そこまで足を伸ばしてみる。菜園も手入れがされ植えられているものは元気よく育っているように見える。中には実をつけているものも。ここは眺めているだけがちょうどいいはず、シユは温室へと向かった。

 温室は温室で管理はしっかりとされているらしい。ここはハーブや花が多く並べられている。何となくではあるが使用目的は分かるような、シユは似ている草花が目に入ることからそう感じた。


「きっと、もう……」


 枯れてしまったかな。

 シユは自分が管理していたり、思い出せる限りの菜園の様子などを思い呟いた。まだ町にいた頃にも小さなものは管理していたが、それは後を頼んだためどこかでは役に立ってくれていることだろう。しかしもう一つ、こんな屋敷の裏側のようなところで大きな菜園を見ていたような気もする。日替わりで数人と騒がしく手入れをしていたような。


「……っ」


 懐かしいと感じたと同時、ちくりと痛んだ胸に続いて軽い眩暈を起こしかけたシユはそろそろ戻ろうとした。まだそこまでではないが、庭で倒れたりしたら何を言われるか分かったものじゃない。シユはそれを思い可笑しくなってしまい口元を緩める。


「シユ……?」


 玄関扉に手をかけた瞬間、後ろからの呼び声にシユは振り返った。そして目を見開く。

 ミニスカートにロングコートのポケットに手を突っ込み、膝も頬も鼻も赤くした、その顔は間が抜けている。


「ウェイ、ニー……?」

「わぁ、やっぱり! あれ、でも今日どうしたの、お休み?」

「ウェイニーも、どうしたんですか?」

「暇だから歩いてたの──もしかして調子悪い……?」


 シユだと分かるや否や、ウェイニーは一瞬で表情を輝かせて突き進んできた。しかし普通ならいるはずのない時間に遭遇したことから、その顔は不安に歪む。


「どうやら大量に魔力を抜かれてしまったみたいで……まだ調子が戻っていないんです」

「何それ……あ、それじゃああたしの魔力持って行ってよ! シユは直接でも問題ないものね」

「いいのですか?」


 もちろん、ウェイニーは手を差し出してきながら満面の笑みで応えてくれる。むしろどうして断らなければいけないのか、というくらいの迷いのない笑顔だった。

 シユはやはり彼らも魔力事情を理解していることから少しの不安は過ったが、知っていて当然の事実なため深くは考えないことにする。そして、その申し出を有難く受け取ることにした。


「では、お願いできますか?」

「ええ!」


 手を握り返したシユにもう一度笑いかけてから、ウェイニーは目を瞑り魔力をシユへと渡していく。その影響でもあるのか、ローズピンクの靄が薄く現れ、コートの裾や毛先が軽く浮き上がる。

 シユは不足しすぎていた魔力が補われていくのを感じながら遠慮がちに声をかけた。


「あの、ありがとうございます……これくらいでも……」

「あら、まだちょっとじゃない、まだ持って行っても平気よ?」

「いえ、ウェイニーの負担になるのでは?」

「平気だってば」


 そうは言いながら、ウェイニーはシユの調子が戻ってきたのを見て取り、手を離した。心配しながらも不満をぶつけそうな表情でもあったが。実際、彼女はまだ余裕だったからだ。


「もしかして中に入ろうとしてた? 引き留めちゃってごめんね」

「いえ、むしろありがとうございました……少し、上がって行きますか?」

「いいの!?」

「私の部屋であれば問題ないと思います」


 わぁ、と手を合わせて目を輝かせたウェイニーにシユまでつられてしまい笑みをこぼした。シルフェイミに確認してみれば遠慮して外で話し込まれるよりはずっといいとのこと。快く承諾してくれた。






 何故、こうも自分は扉一枚隔てた向こう側の話を盗み聞く機会が多いのかと、彼は思った。それこそ最初の時も、数日前も同じことだが。ならば声が聞こえた時点でもそこを立ち去れば良いというものだが、最初に耳に入ってきた単語にもよる。思わず足を止めてしまう程の会話が聞こえてしまったら、それが日常に迫る深刻なものであるのなら尚更のこと。そうして得た情報を繋げた先は、悲劇にも喜劇にも成り得るだろう。

 そして、その渦中にいる彼女には申し訳ないことをしたが、そうした方が手っ取り早かった。何より、彼と一対一で話をしておかなければならないと、彼は、カイルは思っていたからだ。できれば、この後も何も起きなければいいと。


「シユなら今日は来てないぞ」

「お前、は……」


 正門を出ようとした足を一瞬だけ止めた彼に、カイルは声をかけた。特に驚いた様子もなく、白い髪を揺らして振り返ったレーヴェンはそこでやや驚き、次いで眉間に皺を寄せる。


「体調でも崩したのか?」

「話がある」

「……」


 聞き返しても返事はないまま険悪な雰囲気が漂い始める。それでも避けては通れない道であることは重々理解しているため、レーヴェンは早くも歩き出したカイルの後を追った。

 学校からはいくらか離れた、生徒もまばらになった通学路。そこで止まる。


「あいつのことを分かってやってるのか」

「当たり前だ」


 顔から徐々に振り返ったカイルを正面から見据え、レーヴェンは迷わずに答える。今更そんなことを聞かれて揺らぐなどあり得ないこと。


「お前たちに何があったかは知らない、が、ここまで来なければならなかった大事を思い出させるのか? あいつの決断はどうなる」

「それはお前には関係な──……いや、ないわけないか」

「そのことを分かっていながら、何故シユのことは考えない」


 食ってかかろうとしたレーヴェンは思い留まり首を振った。関係がないなどと、言えるはずのないことを。今、シユがいるのは彼らのところなのだから。

 しかし、続いてぶつけられた言葉に対しては取り繕うことなどできもせずに、鋭い目を向けるしかなくなった。


「考えない? 考えてるに決まってるだろ」

「失われた記憶を思い出すことがか? 辛いだけのものを」

「仕方ないんだ、そうしてからじゃないと意味がない」


 分かっている、分かっているからこそ、こちら側だって辛い。レーヴェンは拳を震わせ歯を食いしばる。カイルの言いたいことはよく分かるからこそ。


「お前たちの自己満足なんじゃないだろうな?」

「……ああ、きっと行き着く先はそれしかない。でも全部思い出してもらわないとかけられない言葉ってものがあるだろ」

「何から何まで知った上での行動なんだな」


 両者、己の道を譲ることなどしない。事の上辺だけでも知ってしまったカイルは止めたいと思い、かける言葉のためにレーヴェンは進み続ける。過去に彼らが見たもの、誰もが息をのんだ果てのない旅を終わらせるために。


「俺のしたことは全て無駄でも、あいつのしたことを無駄になんかさせない」

「……よく分かった」


 きっと、彼女は自分が感じた“あの”思いに苛まれることだろう。胸に穴が開くと錯覚するほどの、息もできなくなりそうな苦しさを。けれど誰もが持つ同じ思いで救ってみせると決意してここまで来た。

 カイルはそれこそ本当に、想像もつかない重大なものが彼らの上にのしかかっていると感じ、これ以上は何も聞かない方がいいと話を切った。逆に自分が揺らいでしまいそうだと。

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