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 いつの間にか、眠っていたのだと思った。

 いろいろと考えてみたかったことは沢山あったのだが、横になった途端に倦怠感も相まってすぐに眠ってしまったのだろう。

 シユは一度、体を起こしてみた。先程よりは楽に起きられることから、少しずつは回復してきているように感じる。それでもまだ万全とは言い難い。立つだけで倒れそうな感覚がするような。

 窓の外は若干陽が落ちてきたのか夕方のように見え、シユはこれだとしばらくは安静に過ごすしかなさそうだと思った。満足に生活もできそうにない。


「──あ! 起きてる……!」

「イユリ……?」


 ノックもなしに開いたドア、控えめに覗く頭に思わず出てしまったという声。一体今日のうちに何回こうして様子見をしていたのだろうか。はっとして口を押えるイユリに、シユも思わず笑いながら了承の声をかける。


「大丈夫ですよ」

「え、あ、いいの……?」


 シユが頷いてみせれば、イユリは目を丸くしながら普通に入ろうとして、止まる。シユの様子が良さそうだと見て取り、何かを思いついたような。


「やっぱりちょっと待ってて!」


 そこに配慮はなかったのか、ドアを勢いよく閉めて走り去って行ったイユリに、シユは呆気に取られてただドアを見つめるしかなかった。




 数分後、やや苦労した様子でドアを開け入ってきたイユリの手にはティーセットが用意されていた。しっかりと菓子も乗ったものだ。


「回復も手伝ってくれるように作ったんだって」

「シルフェイミが?」

「うん、クレイ兄さんも一緒だったみたい。具合が良いようなら食べてねって」

「至れり尽くせりで申し訳ないですね……」


 ベッドサイドのテーブルに一式を置き、手早く準備を済ませたイユリからカップを受け取ったシユは何となくそんなことを口走った。誰もが事情を知らない中の、一番の被害者でもあるにも関わらず、だ。


「もう、別にシユちゃんが悪いんじゃないのに。兄さんも何でこんなことしたのかな」

「私が記憶を取り戻すことに、不都合でもあるのでしょうか……」

「どうして?」


 未だにカイルとのやり取りは混乱で飛んでしまったのか、思い出すことはできないが、一番に思い当たるのはそれではないかと思われる。最初から記憶に関する話をするようになり、彼なりの注意を受けた、今回のことは話がねじれた延長線なのか。

 それに、ミスカラルドの意味深な言葉。関係がないとも思えないものだ。


「何か、良くないことになる、とか……」

「じゃあ兄さんはそれを知ってるってことになるよね?」

「何も知らないとは聞いていますが」

「嘘だそれ、絶対嘘だ」


 イユリは椅子の上で膝を抱え、そのままの体勢で紅茶を冷ましながら不満に眉を歪ませた。きっと兄は正しいと思って行動したとしても、やり方というものがあったのではないかと。


「まあその話はいいや、堂々巡りになっちゃうし」

「何か話したいことでもあったんですか?」

「そう、何かゆっくり話す機会があんまりなかったかもなーって」


 今につけ込んでごめんね。イユリは悪戯っ子のように笑うと、膝を戻して目を伏せ、カップを持つ手に力を入れる。


「それに、今なら聞いてもいいかもしれないって思ったからさ」

「……」


 それは前から気になっていたということか。それを聞いても良さそうな今まで待っていた。

 カップの中を見つめていたイユリが顔を上げ、質問が何かと待ち構えていたシユと目が合う。しかし、イユリは何かに気づいたようで、覗きこむように頭を動かし心配と悲しさが混ざったような顔をする。


「……痛そうだね」


 治りかけるには程遠く、傷ができたばかりにしては乾いているような。それでも傷の周りが赤く変色していることから十分痛そうに見える。

 シユは忘れていたとばかりにそこに手を当て、治癒を施した。最初に気が付いたときはそこまで気が回っていなかったと思い返しながら。


「やっぱりすごいなぁ……」


 その様子を黙って眺めていたイユリは今更のように感心して微笑んでいるが、その目の中は届かない寂しさも含んでいるような。

 シユは聞きたいことと関係があるのか、その反応さえ不思議に思い首を傾げる。


「最初から違うのかな、私はともかく皆とも」

「……きっと、持っているものが違うだけですよ」

「そう、かな?」


 きっとそうです。シユはいつかの受け売りではあるがそう返す。元から生きていた世界が違ったとしても、身体を巡るものが違うとしても、同じ地に立ってしまえばきっと何も変わらない。些細なこととさえ、思える。シユは目を閉じて小さく笑ってみせる。


「ふふ、やっぱりそういうところもすごいなって思うけど、シユちゃんって意外と抜けてたりもするのかな」

「ど、どういうことでしょう……?」

「本当はね、結構前から気になってたんだ。その、左手の内側の……」


 指を差してくるイユリに従うように、シユは左の手の平が見えるように上に向け、チェーンとチャームがその中に落ちてくる。自分で見てみる分には、気になる点はないように見えるが、何が気になるというのだろうか。


「ほら、一個飾りが抜けてるの。他は同じ間隔でついてるのになって」

「……本当ですね」

「やっぱり気づいてなかったんだね、どこかで落としちゃった?」


 したり顔と面白そうに笑い声を上げたイユリは、部屋を見渡してみてから首を傾げる。

 言われてみれば。シユは気が付かなかったことが逆に変に思えてきた。親指の指輪からすぐ、つけられていそうな場所にチャームはなかった。しかし、これでいいと、この状態が当然だと思う自分もいる。


「落としては、いないと思います」

「そっか、でも何か面白いね。他はちゃんとついてるのに」

「これでいいとも思っているのですが……」


 ふと、レーヴェンの片耳につけられていたピアスが思い浮かぶ。随分と色は濃いが、紫色。そして装飾につけるチャームの形でもあった。

 手こそ取らないが装飾を観察してくるイユリのために、シユはそれとなく手を裏返したりしてみる。本当に、抜けているあの場所以外は綺麗に等間隔でチャームが並んでいるばかりだった。


「何かありそうだね」

「そうかもしれませんね」


 やや挑戦的でもある悪い笑みで覗きこんでくるイユリに誘われるように、シユは切ない笑みを浮かべる。


 会話は一度途切れ、次に続くものがなくても、二人は一言二言交わしながら手元にあるものを飲んだり食べたりして少しの時間を過ごす。それぞれ、一つずつ食べ終わるころに自然と会話は再開された。


「シユちゃんのは本当に魔法って感じがするよね」

「イユリから見ると違うように見えるのですか?」

「違うっていうか、何だろうな……」


 膝に乗せたティーカップを落とさないように腕を組んで考え込むイユリ。今まで見てきた家族が使っていたものと、シユの使うものの違いを思い浮かべて言葉を探す。


「兄さんたちはただ魔力の塊を出しちゃってる感じなのかな、シユちゃんはちゃんと何かに換えてるというか……」

「……」

「お父さんは……よく分からないけど、良いか悪いかで言ったら悪い感じのものかな。形を崩しちゃうとか……?」


 そればっかりじゃないけど、とイユリは悩んだ様子で自分の見て取り感じたことを挙げていく。シユはあまり変わったところはないと思っていたため、こうした外から見た感想などを聞けるのは新鮮だと思えた。

 そこでイユリは思い出したように手を打つ。


「あ! でもお母さんはシユちゃんと似てるかも」

「そうなんですか? あまり見ませんが」

「使う機会が少ないからかな、ちょっとした傷とか治ったり癒しとかもくれるよ」


 小さい頃はお世話になったなぁ、と遠い目をしながらイユリはカップを両手で包んで口元まで持っていく。シユはその手の魔法は割と困難とされていることを知っているため、こちらではどうなのかとも思う。


「こちらではそのあたりの魔法はどうなんですか? 難易度といいますか……」

「んー、割と喧嘩っ早い人ばっかりらしいんだよね……一握りだって聞いたことがあるような、やっぱり難しいみたいだけど」

「人柄でもありましたか」


 それを知ったとして今更何が変わるわけでもないが、シユは一つ収穫を得たとした。

 手元を見下ろしたカップの中、もう残りも少なく、イユリも飲み干したようで立ち上がる。


「さて、シユちゃんはまた休んでおこうか。付き合ってくれてありがとう」

「はい、私もありがとうございました。シルフェイミにもよろしくお願いしますね」

「うん、早く元気にならないとね!」


 シユは笑いながら返事をして最後の紅茶を飲み干し、イユリに預けた。部屋を出て行こうとするイユリは軽くなった盆を膝で支えながら手を振ってきたため、シユもそれに応える。

 もう一度布団に潜る前、シユはチャームの抜けた場所を見つめてみた。何かはあるはず、そんな漠然とした思いを抱きながら床に就く。軽い頭痛を覚えながら。

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