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「何だ何だ、うるせぇぞ……」
「忘れてたのよ!」
それはもう、壁にぶつけた衝撃で叩き壊さん勢いでリビングのドアを開け放ったウェイニーは、足を踏み鳴らした。後ろにいるシユも、突然の衝撃に唖然とするレーヴェンとクィディーも、それだけでは状況が把握できずに、ウェイニーがただ一人興奮しているだけとなっている。
それでもクィディーだけは鼻で笑って多めの一言を放った。
「何を忘れたってんだ」
「馬鹿ね、そんな小っちゃなものじゃないわ──レーヴェン!」
「……何だ」
逃げる素振りもなかったが逃がさないというようにウェイニーはレーヴェンを指差し、足音荒く歩み寄る。
「あの、あれ、何だっけ……」
「……どれだ」
「装飾よ! 話せるやつ、あれどうやればいいの?」
「! 忘れてたな……」
苦しそうに手ぶりを加えながら、ウェイニーは思いついたように薬指の指輪をレーヴェンの目の前に突き付けた。要領を得なかったウェイニーの言葉からようやく内容が見え、クィディーは溜め息を、レーヴェンも同じように危なかったというように言葉を漏らした。それでもウェイニーの後ろをついてきたシユは理解できずに首を傾げた。
「シユ、そのままでいいから手かして」
「は、はぁ……」
訳が分からないまま、シユは差し出されているウェイニーの手に右手を乗せるとそのままレーヴェンの前まで引っ張られる。近づけられる自身の中指の指輪と、レーヴェンの左手人差し指の指輪。不思議に思い眺めていれば、互いの石が淡く光り冷めていくように消える。
「多分、一回切れたんだろうな。これで大丈夫なはずだ」
「今のは……?」
「あたしたちのツールみたいなものよ、装飾を通じてちょっと話せるの」
「ただ遠く離れすぎてたり長く使わないと繋がりが切れるんだよな……」
全く困った、とレーヴェンは脱力したように溜め息を吐く。シユは実感こそないが指輪を目の前に掲げてみて、自然と使用方法は分かったような気がしていた。機会があれば使ってみようと思えるくらいには。
「そこばっかりはいつも難点よねぇ」
「……どうやっても不安定なんだ、勘弁してくれ」
「普及してるツールの方がよっぽど楽ではあるな」
しみじみと改善するべき項目を挙げながら頷くウェイニーの前で、レーヴェンはもう何も見たくないというように顔を青くした。きっとどれだけ試行錯誤しても改善の策が浮かばなかったのだろう。
「よし、それじゃあ今度こそ帰りましょうか!」
言うだけ言い、やることはやり、ウェイニーは満足したようで仁王立ちで清々しい笑顔になっていた。もはやシユを帰すだけであるのにも関わらず、これから一緒に出かけようとするような意気込みさえ感じられる。
「じゃ、あんまり余計なこと考えずにね!」
「は、はい、ありがとうございました」
制止がなかったせいか、ウェイニーの賑やかな話は止まることを知らず。主に今日の中であった話ばかりではあったが、気が付けば夜野邸まであと少しというところまで来てしまっていた。それには流石のウェイニーも行き過ぎたと思ったのか、最後の念押しをして手を振ってくる。
シユも頭を下げたり手を振り返したりしながらそれに応えつつ、夜野邸まで帰ってきた。玄関を開ける前、半日だけだったというのに、まるで一日過ごしてきたかのような妙な充実感を得ながら大きく息を吐き出した。
「ただいま帰り──カイル……?」
何故か、途轍もない胸騒ぎがしたと思った。
中へ入った矢先、まるで待ち構えていたかのように階段の手すりに背を預けていたカイルがいたからだ。その瞳は怪し気に光っているが体を起こす動作が緩慢なことで、一層不気味な何かを漂わせていた。捕まってはいけないような。
「何か分かったか」
前回のように、ただ話をするだけに留まりそうもない。シユは一歩引いてしまいそうになるのを堪える。彼は彼なりに、思うところがある。言葉を交わしておきたいことがある。シユは顎で促すカイルについて行くことにした。
「今日は調子良かったみたいね、レーヴェン」
「いや、新しく造ってみたのが良かったらしい」
「だから最近籠ってたのね!?」
言いながらレーヴェンは服の中から小さなペンダントを取り出した。無色透明な楕円の石の周りには小さな丸い赤系の石が金のベースの上に巡らされている。急拵えにしては細部にまでこだわっていそうな、なかなかの一品。
ウェイニーは文句と一緒にテーブルを叩く。
「思い立ったら試しに造ってみたくもなるだろ……」
「よく分からないわ……」
「……お前が新しい射撃法思いついて実践してみたくなるのと同じだ」
「へぇ……」
それにおいては反省している、といった様子でレーヴェンは指を組んだ。どうしても、何か新しく思いついたら手をつけてみたくなるのは、ずっと変わらないと。
その気分が理解できないと怪訝に眉を寄せていたウェイニーは、レーヴェンが分かりやすくと出したものに対しては多少、眉間の皺は取り払われる。
「にしたって細工やりすぎでしょ、もうこの先使うことなんてなくなるかもしれないのよ?」
「……悪い、そこは凝りすぎた」
「ふっ……」
多少の凝り性など今更知ったことかと。会話を聞いていただけだったクィディーは思わず吹き出した。つられたウェイニーも口元を緩め、レーヴェンは決まり悪そうに目を逸らした。
「本当、シユ無理しないといいけど」
「あいつも多分そこは理解できてるはずだ、あれだけ釘を刺しておいたことだし……」
「でもそれこそきっかけなんて分からないじゃない、ある日突然ばーってこともあるでしょ?」
「まぁ、それもなくはないかもしれないな……」
ただ今日、シユが拒絶反応にも似た頭痛を起こしたこと。これまでにも記憶の鍵になりそうなことは見聞きしているはずであるのに、それだけに反応を示した。装飾、彼女に唯一残されたそれが。
「……」
レーヴェンの脳裏に、ある一つの紙切れが過った。
「ひとまず、具合は悪くないようで安心した」
変わらず、カイルの部屋での対談ではあった。だが、最初の一言が穏やかであるのがどうしても恐怖を煽るような。
何も知らないと言ったカイル。しかし、今の彼は何かを知っているような雰囲気を漂わせていた。
「お前、記憶は戻ってきたのか?」
「断片だけですが……」
「そうか」
正直に、けれど伏せるべきは伏せる。
シユは探られていることを感じながら気分を落ち着かせようと大きく息を吐いた。
「何か、新しく分かったか」
「私と彼らは、繋がりがあることは分かりました」
「──早いな……」
「カイル……?」
呟かれた一言は、あまりに小さすぎて聞き取ることは適わなかったが、危うげな空気が再び訪れたと思えた。シユは思わず喉を鳴らしてしまう。
「もし仮に、己が犠牲になることで救えるものがあったとする」
「……っ、はい」
「だがその救ったもの、人がその後を追ってきたらどうする?」
ぞくり、とした。核心を突かれたように波打った心臓も、背筋を駆け抜けた悪寒も。酷く、恐ろしいものを聞いたような。シユは何故こんなことを聞かれているのか理解できずに、しかし何かを答えようと開けた口も動かせずにただ震えた。
「やっぱり遅かれ早かれ、この真実を知ったらお前は嘆くことになるだろうな……」
「カイル、やはり貴方は……何かを知って……?」
「いいや、俺もついさっき聞いたばかりだ」
部屋の奥から向かってくるカイル。シユはドアの前に佇んだまま、後退っても逃げられる距離はたかが知れており、すぐに背中がドアに当たる。
この目は、いけない。シユは言いようのない恐ろしさに見舞われ、張り付けられたようにその目を見上げるしかなかった。
「誰の為でもある──許せ」
「カイ──っあ……!?」
軋むかと錯覚するほどに掴まれた手首、引き寄せられ鋭く尖った犬歯を見たが最後、シユは全身を襲った激しい痛みに眩暈を起こすしかなかった。反撃をする余裕などなく、ただ痛みに声にならない声で耐えるしかない。身体から何もかもが奪い取られていくような感覚、シユは力なく崩れ落ちた。




