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街を歩いて、尾行されていることに気づいたから人気のないところにて迎え撃った。
戦えていた二人でも焦りの色を見せていて、傷つけられてしまうと分かってしまったから手を出した。臆病で力の加減ができなくて、躊躇ってしまった結果。戦うべき相手でも、人を殺した。跡形もない消滅。
その時一緒にいたのが、貴方たちだった。
「それは……」
「ごめんなさい、本当に。けれど確かな記憶として認識してしまっているんです」
苦しそうに首を振るシユ。失われた記憶、その中で共に行動していた彼ら、人を殺した自分。
大きく変化しているシユの状況に、彼らは目を見開き驚くも焦りの感情が出てきてしまう。それでも目の前の問題、答えは出してあげたいと。毎回そのことを思い悩んで塞いでしまう彼女には。
「装飾とこの夢、で……私と皆さんに何か繋がりがあるのではないかと……」
「……そっか」
「でも私には……」
その記憶がない。
シユは続く言葉を発することはなかったが、彼らはそれを分かっていた。シユに会う、その前から。
身体一つで世界を渡り、記憶を失くした。残っている記憶では説明のつかなものを所持しているも、それをよく理解している。そして今回の夢、あれだけの魔法を駆使しての戦闘など、この世界ではできるはずもない。以前なら否定していたが、彼らも世界を渡ってきたのではないかと、シユは思うまでになっていた。
お互い、代償にも似た外からの干渉を受けて。
「記憶の夢、か……」
「あ、の……それは……!」
俯きがちに呟かれたレーヴェンの確認のような独り言に、シユははっとして訂正しようとするも上手い言い訳が出てこない。ならば、本当のことを言ってしまったほうが話をするのにも楽になれるのでは。
焦りから表情を歪ませるシユを見たウェイニーは顔を上げ、二人と顔を見合わせた。言ってしまう、という合図のようにも見えたそれに、彼らは頷きあう。
「ねぇ、シユ、そんな顔しないで」
「ウェイニー?」
「あたしたちね、貴女に記憶がないことを知ってるの」
「え……?」
シユに体を傾けるように手をついたウェイニーはしっかりとその目を見て事実を語った。申し訳なさそうに微笑みながら。
「黙っていてごめんなさい、知っていたの、最初から」
「最初、から……」
「でも何も変わることはないわ、今までと一緒」
知っている。最初から。
シユの中で様々な可能性が広がっていく。自分を追ってきたことは間違いないと、ここまでの大事を成してしまった。思い出したいつかのカイルの言葉。“お前の失くした記憶に用があるはずだ”そこでシユは打ち消すように首を振った。
彼らに対してそんな悪い方向へと考えることをやめたかった。
「知っていたとはいえ、言ってみると疑わしいことこの上ないな」
「仕方ないじゃない、そんなの」
「それが分かってるだけでも違うってものだろ」
空気が、一瞬にして緩んだと感じた。
とても重要で、とても深刻な話であったはずが、クィディーの何気ない一言を皮切りに一気に緊張感を奪い去る。
「それでも今お前といることが重要だからな」
「何おいしいところ持って行ってるのよ」
「知るか……」
ウェイニーにからかわれる前、レーヴェンが見せた一瞬の笑顔にシユは面食らってしまった。穏やかだがしっかりとした笑みの奥、泣きそうな切なさを垣間見たような気がしたから。
それも戻される話題にシユは頭も心も切り替えた。
「で、人を殺しちゃったか、だったっけ……?」
「は、はい……」
「こんな力が普通にあるし、割と起こり得るものなのよ……あたしは小さい頃からずっと人を殺して生きてきたからそんなの──って、まぁそんなことが聞きたいんじゃないわよね」
膝に置いた手、色のまばらなネイルチャームを照明に反射させるように動かしていたウェイニーは、上手く説明できないもどかしさにシユを向いて困ったような笑みを浮かべた。
「当事者二人に聞いてみたらいいんじゃないかしら」
「……投げたな」
ある程度は察しのつくことだったか。言いつつレーヴェンは途中で口を挟もうと思っていたためにちょうど良かったと続きを受け持つことにする。
残酷でも、いずれは知ることになるであろう事実。
「誤魔化しても後が辛くなるだけだからな」
「……」
「そうだ、あの場でお前は一人殺している」
「……そう、ですよね」
聞いたところで今更だと。確かな記憶と認識しているとはいえ、ただの夢だったらいい。そう考えてしまっていたことを他人の判断に委ねるなど。しかし、それがもう変えようのない事実となった今、目を背けてはいけないことだというのは当然のこと。
例えそれが過去のものだとしても。
「その事柄に善いも悪いもないが一つだけ、言えることはある」
彼女が持つ罪の意識は消えることなどない。ただ、乗り越えるための言葉はかけることができる。人知れず、レーヴェンが散々してきたことだった。
「お前は、仲間を守るためにしかその力を振るわなかった」
「仲間を、守る……」
その仲間は、きっと。シユは自身の装飾と彼らの装飾とを見比べ、その顔にも目を遣った。目の前の事実と騒ぐ心で混乱してしまう。
「そうだ、装飾!」
「は、はい……?」
「聞きたいって言ってたものね」
思い出したようであり元気なウェイニーの声に、シユの思考は掻き消えた。突然のことにそれだけに気が向いてしまったような。
「何が聞きたかったの?」
「……とても、大切なもの、だというのに……何故持っているのか分からなくなってしまって」
「まずそこから説明した方がいいのかしら……?」
とんだ矛盾もいいところだ。持っていることすら不思議なものが大切とは。これでは抱えた謎を解く鍵全てが失くした記憶の中にしかないと言っているようなものだ。
ウェイニーは一度首を傾げてから二人に目配せをする。
「あの、私……この装飾のことを知らないはずなのに扱えているんです、それもどうしてか考え、て──っ」
「お、落ち着いて……! 身体にも悪いわ!」
顔色悪く髪を握り潰すように頭を抱えるシユに隣にいたウェイニーはおろか、クィディーとレーヴェンも立ち上がりそうになる。
彼女は着実に記憶を取り戻し、自身も取り戻しつつあると。しかし困惑もしている。これだけ早いともなると、いずれ彼女への負担も大きくなってしまうことかもしれない。それでもシユは知りたがっている。
「……ごめんなさい、この前もこんなことになったんです」
「なら、聞かない方が……」
「いえ、もし皆さんが私を追ってきたのだとして……繋がりを忘れたままなんて、そんなの失礼です……! もし、もしそこまでしてしまっていたとしたら──!」
ウェイニーは耐え切れなくなったというようにシユに飛びついた。固く、固く抱きしめる。溢れそうになる涙を堪える顔を隠すように。
「ありがとう、シユ。……この装飾はね」
「この装飾は俺たち独自のものだ」
やんわりとシユから離れたウェイニーがわざと言葉を切り、そのあとを繰り返すようにレーヴェンが引き継いだ。
「俺が造り、管理している。他にはない代物だ」
「では……」
「そう、繋がりだなんて小さな言葉で片づけていいものじゃないわ」
あたしたちは同じ場所にいる仲間よ。
ウェイニーは綺麗に微笑んだ。




